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第三話:王女の神馬

 突然現れた白い異形の馬の存在に踊子たちも驚いてこちらを見ていた。

 だがその馬はシェリルファーナとソルディス以外の人間が近づこうとすると低くうなり、威嚇する。

「神の馬は穢れが嫌いだっていうからねぇ」

 グランテの言葉にサイラスの肩が揺れた。彼女は目を眇めて彼を見ると、少しだけ同情するような表情をした。

 しかし彼に気がつかれる前にいつもの人の食えない表情に戻す。

「あんたたち、折角綺麗な顔と服を着ているんだからあの汚い男達の血をいつまでもつけてんじゃないよ」

 見るとたしかに、ソルディスの全身は最後に殺した男の血にまみれていたし、サイラスの格好も所々泥や血の後がついていた。

 すでに他の男たちは上半身裸になり、豊富な水で自分についた血を流している。

「じゃあ、遠慮なく水を頂戴します」

 替えの服を持ち水を浴びに行くと、男達は顔を紅くしてもごもごと何かを言い始める。だが、二人が男だということを思い出すと一つの咳払いでごまかした。

 先に水を浴びてさっぱりとしたクラウスはすたすたと妹がいる場所へと近づく。周りは唸られるのかと思っていたが、予想に反して馬は彼に向かい深深と頭を下げた。

「クラウス兄様、この子ルシェラーラ・シェリンって言うんだって」

 『光輝ルシェラーラシェリン』とは上手くつけられた名前だ。

 彼は変なところで感心しながら目の前に垂れた馬の鬣の部分を優しく撫でる。

「妹を助けてくれて、ありがとう」

 クラウスが礼を言うとルシェラーラは一つ嘶きをあげた。

「それでね、この子。私といっしょにいるって言うの」

 シェリルファーナの無邪気な言葉にクラウスは頭を痛める。

 ただでなくとも目立つ一段にこれ以上目立つモノを入れることは得策とは言わない。

 グランテを見ると、彼女は肩を竦めてこちらの状況を静観している。兄弟内の問題は兄弟内で解決しろということなのだろう。

 暫く逡巡しているとクラウス達の元へと水浴びを終えたソルディスが近づいてきた。

「翼を仕舞い、その身体の色を茶色に変えれるならいいよ」

 無理難題とも取れるソルディスの言葉にルシェラーラは不満そうに咽喉を鳴らす。

 しかし、その視線が動きそうもないと解かると仕方なさそうに首を下ろして、優雅な白い翼をしまった。それと同時に光り輝くほど白い馬体が毛艶のいい茶色へと変化した。

「シェリル、君の馬だ」

 ソルディスが身体を変化させたルシェラーラを指差すと、シェリルファーナは満面の笑みでソルディスに「ありがとう、兄様」と抱きついた。

 ほのぼのとした兄妹の姿に回りは明るい笑みを見せていたが、グランテだけが険しい顔をしていた。

「ちょっと・・・いいかい?」

「なあに。グランマ」

 この王子は笑っていないと雰囲気が変わる。王のテラスで見た彼とこの冷たい彼とを一緒の人物だとわかる人間など少ないだろう。

 だからこそ、ちゃんとしなければならなかった。

「あんたたちはいつまで本名で過ごすつもりだい?

 もうすぐ隊列は森をでる。そうすれば暫く町の中を進むこととなる。そんな中で名前を使ったらディナラーデ卿に居場所を教えるようなもんだよ」

 グランテの忠告にソルディスはぽんっと手を打った。確かに王家特有である名前を使えば一発で出自など知れてしまうだろう。

「あ、俺、すでに偽名と通行証持ってる」

 クラウスはそういうと常に身につけている袋の中から小さな書類を取り出した。

「グレイ・エイシェス?また、とんでもなくありきたりな名前を付けたもんだ」

 通行証に記された名前にグランテは鼻を鳴らした。

 ただこの通行証はかなり役に立つ代物だ。これだけで戦が始まる前から一般人であることを示すことが出来る。そしてその兄弟も一般市民であると証明させるには十分な内容だった。

「それじゃ、僕はサディアとでも名乗るよ。サディア・エイシェス、響きも悪くない」

 サイラスは昔読んだ英雄記の主人公の名前を言った。

 その物語の主人公は様々な困難に立ち向かいながらも人々を困窮から救うのだが、最後に権力者の命令で『精霊の神殿』を破壊しなければなくなりその呪いで死んでいくという悲劇の人物だった。

 他人のために穢れ、それゆえに呪いで死んだ主人公が可愛そうでシェリルファーナはあまりその話が好きではなかった。

「僕は、ソリュード・・・知り合いの名前だ。ソリュード・エイシェス」

「ちょっと、それ・・・」

 ソルディスの名前に難色を示したのは以外にもグランテだった。

 しかし彼は視線だけで女座長が何かを言うのを静止させる。

「じゃあ、私は・・・」

「シェリルはシェリルのままでいいよ。それで普通の名前だ」

 長い名前で呼ばなければ『シェリル』は一般的な女の子の名前だった。クラウスのその発言にサイラスとソルディスまで肯いている。

「ルシェラとか、ルーフィとか考えてたのに・・・」

 ぽつりと呟くシェリルファーナの姿に全員が噴出した。明るい雰囲気になったところでグランテは号令をかけた。

「さあ、今日中に野営の出来る場所まで移動するよ」

 こんな襲ってくださいとばかりの場所はさっさと去るに越したことはない。

 その言葉を聞いた一座の面々は急いで出立の用意をすると、馬車を進ませ始めた。




 馬車の音が遠くなった所で男は身を起こした。

 森の中でソルディスの矢に射貫かれた後、仲間の死体の影に隠れてすべての内容を聞いていた。

(俺にも、ツキが回ってきたぜ)

 仲間が全部死んだことなどどうでもいい。元々流れの山賊がとりあえずの形で集まっただけの烏合の衆だ。

 それにしてもあの一座の中に王子たちがいると解かった時、本当に興奮した。

 ディナラーデ卿側の人間たちは必死になってソルディス王子たちを探している。もしこの情報を彼らに齎せばたっぷりの謝礼が貰える事は間違いない。

 彼は山腹にくくりつけてある無傷の馬の所まで行こうとして男は足を止めた。木々の向こうに人影があった。

(やつらか?)

 一座は全部去ったと思ったのに、生き残りをすべて排除するために人でも残しておいたのかと思った。

 しかしその人影が13歳ぐらいの子供で、更に言えば明らかに一般階級の人間であることがわかり、男は考えを替える。

(ちょうどいい、王都までの路銀を少し稼ぐか)

 自分ひとりではこの森を抜けるのは無理だ。だが遠回りしていくにも路銀はあまり足りていなかった。

 もちろん仲間の死体から財布を頂くつもりではいたが、金はあることにこしたことはない。

「小僧、金をだせっ!」

 少年は突如として現れた男に目を丸くした。

 それから自分の抱いていた荷物を大地に置くと、自らの胸にかかった守護符に手をかけ何かを祈る。

 その首飾りの美しさに男は目を奪われると更に口角を奇妙に持ち上げた。

「よおし、持ち金を全部地面に置け。ついでにその綺麗な装飾品も外せ」

 しかし少年が荷物を置いたのは男に与えるためではなかった。少年は自分の腰に携えた剣を抜き放つと静かな動きで男の間合いに飛び込み、その胴を叩ききった。そのまま驚く男を地面に転がすと、その咽喉も切る。

 飛び散る血が、少年の顔や服を濡らすのを彼は不快な感じてすばやく拭った。

「おつかいの途中で、邪魔しないくださいね」

 少年は変に丁寧な口調でそう告げると、荷物を持ち上げた。もう一度、自分が殺した男を確認し、静かに頭を下げた少年は顔色一つ変える事無くその場を去っていった。

シェリルファーナは世間知らずですから少し人の機微に疎いです。逆にソルディスは過敏なぐらいに反応します。

最後に出てきた少年はまだまだ先にしかでてきませんが、物語の鍵を1本以上持っています。

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