第三十二話:炎の柱
中庭に到達したルアンリルは自らの持つ剣を中庭の中心の大地に突き刺した。
そこを中心にして綺麗な円を持つ炎の魔法陣を描く。書いている間も口の中ではいくつかの呪文を唱えていた。
ケイシュンはそれをみながら、中庭に入ろうとする兵士たちを自らの剣で打ち倒していた。
脱皮の次期を追えた龍は常の状態よりも力も魔力も増大する。今の彼には普通の人間の揮う剣など赤子が振るうような重さしか感じない。すっと剣を横薙ぎするだけで、彼らは面白いように吹き飛ばされてしまう。
(これが伯父上が気をつけて力を揮えっていった理由・・・・・・)
次期族長として選ばれている自分の能力は普通の龍族の力よりも3倍は強い。
これは下手をすれば城そのものを破壊し、国を焦土と化す力にもなりかねない。
(まあ、変に暴走させれば自分自身の身体のほうが先に持たないだろうけど)
取りあえずは剣だけ使って敵を追い払う事に専念する。
魔法使いが来たら、先ほどから自分の身体に纏わりついている精霊のどれかを向かわせればいいだろう。
とにかく理力の魔法だけは使わないように心がけなければならない。
ルアンリルは魔法陣を書き上げたのか、今度は難しい呪文を組み合わせながら精霊たちに炎の力を増大させている。
現在、ルアンリルが発動させようとしているのは3つの魔法。普通優れた理力魔法を持つ魔術師でも2つ同時に呪文を動かすのは至難の業のはずだが、彼女はいとも簡単にその3つを完成させていく。
「炎、最高位の精霊サラーヴェセタ・・・我が名はルアンリル・フィーナ・エディン。炎の盟約を用いて命令を下す。我が力を与えた炎に加護を与えよ」
中庭の温度がぐっと上昇する。その不快感にケイシュンは少しだけ顔をしかめた。
ゴォォォォゥゥゥ
炎の剣を中心に大きな炎が中庭の木々を焼き尽くし始める。
炎は壁を滑め、天へと上り、火の粉容赦なく兵たちへと降らせた。
「聖長が逃げたぞっ!!」
伝令兵の声が本宮内に木霊する。
ルアンリルはにやり、と笑うと炎の中心にあった剣を抜いた。剣は炎の柱と同じ劫火を放ち、襲い来る敵を薙ぎ払うために待ち構えていた。
腰の引けている兵の間から魔法使いたちも出てくるが、荒れ狂う炎の柱とルアンリルとケイシュンの周りを飛び交う無数の精霊の姿に及び腰になっている。
「私達に喧嘩を売りたい魔術師はどなたですか?」
静かに笑う口元が力量の差を示していた。
稀代の族長の中でもずば抜けて高い能力をもつルアンリルと変体を終えたばかりの龍族の次期族長を相手にするにはここにいる魔術師だけでは無理があった。
そうしている間にも精霊たちは嵐を呼び寄せる。風の精霊はいたずらに炎の柱に力を与え、水の精霊は風の精霊と共に雷雲を城の上へと移動させる。
光の精霊は雷雲に秘められた光矢を容赦なく城へと降らせ始めた。
どぉん・・・・どぉん・・・・
遠くで雷が落ちる音がしている。黒い闇のような雲は龍族の青年が呼んだものだろうか。
サイラスとアーシアは中庭で起きている喧騒を他所に人気の少ない通路を走っていた。
クラウスの教えてくれた道はソルディスが使った道とは違い、いつ人に出くわすのかわからないものだ。サイラスは剥き身のままの剣を手に、アーシアの手を取り城を出る道を急いだ。
「大丈夫、ですか?」
時々、サイラスは自分が手を引いているアーシアに訊ねた。彼女は上がる息をなんとか押さえながら、大丈夫と笑ってみせる。
「もうすぐですから・・・」
サイラスは城から出る扉が見える位置で一端、足を止めた。
ルアンリルが起こしてくれた騒ぎのお陰で巡回が少なくなっている。門の前の見張りを確かめようと顔をだしたサイラスはそこに一番見たくはない人物の姿を見つけた。
「面白い道を知っているな・・・クラウス王子の入れ知恵か?」
その声にアーシアが目を見開いた。
まぎれもなくそれは、決別を決めた相手・・・兄・ウィルフレッドのものだった。
やっと炎の柱が建立されました。本当なら前話で立つはずだったのですが、ずれこみました。(仮タイトルだって、前の奴が『炎の柱』でした)
次回は暫くぶりにウィルフレッドが出ずっぱりです。
はて、主人公はいつになったら出てくることやら。