第二十九話:夜を待つ二人
ルアンリルとの接見を終えたサイラスは足早にアーシアのいる部屋へと戻った。
見張りがついているものの、彼の行動はさほど制限されていない。それ以上に不思議なのが、自分が尋問されないことだ。
現在、王都でソルディス達がどんな格好をし、何処に向かっているのか知っているのは自分だけだろう。
それなのに最初に簡易な質問をされただけで、『後は体力の回復を待ってから』だと後回しにされている。
これならば、オーランド卿の馬車にいた時の方が酷い目にあっていたと断言できる。
ここは城の中でもウィルフレッドが人の出入りを制限している所のようで侍従や侍女以外、誰とも擦れ違わない。
そしてここに軟禁されている3人はある意味、ウィルフレッドの家族とも呼べる近さの者たちばかりだ。
妹であるアーシア、息子であるサイラス・・・そしてかつて関係のあった王妃・ソフィア。
その名前を思い出して、サイラスは顔を顰めた。先日再会した母の驚愕する顔が頭を過ぎったからだ。
サイラスは拳を強く握り、豪華な壁紙で彩られた壁を殴る。
「自分勝手すぎる・・・だろう」
サイラスは密かに母のしたことに腹をたてていた。
それを表に出さなかったのはアーシアの助言があったお陰ともいえるだろう。
頼りになる叔母は、事ある毎に的確なアドバイスをくれる。王と結婚する前に身ごもり、厚かましくも王の子として生んだあの母とは大きく違う。
あの母が早く自分が王の子ではないと伝えていたら、こんな悲喜劇は起こらなかったはずだ。すべてを秘密にすることで自分の保身を図っている姿は到底美しくなかった。
(それでも・・・子供を守ろうとはしてくれる、か)
内乱が起こると同時に大事な息子も娘も連れずにさっさと逃げたあの男よりはマシなのだろう。
サイラスは早足でアーシアの部屋まで行くと、控えの間をそのまま通り過ぎ、彼女の部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
許可が下りるとすぐにサイラスは部屋に入り、丁寧に施錠した。振り返るとアーシアは丁度、お茶の準備をしているところだった。
「ただいま戻りました」
サイラスは彼女に促されるまま椅子に座ると、入れられたばかりの紅茶の馨しい匂いを堪能した。
お茶の準備を終えたアーシアはサイラスの向かいに座ると今先ほど逢ってきた従弟妹の様子を尋ねる。
「ルアンリルはどうしてました?」
「元気そうでした。僕がディナラーデ卿の子供だと告げたら驚いていました・・・」
当然の反応だと思う。当事者の自分もだが、内乱前の王城では誰もがサイラスを『バルガス王の寵児』だと思っていたのだから。
だがすぐに彼女は何かに気付いて、それを否定する言葉をあまり発しなかった。
「アーシア姫が手に入れた予備鍵もしっかりと渡しました」
どうやって秘密裏に渡したかはご夫人であるアーシアには内緒だ。常にそんな風に女性を誑し込んでいると思われるのはいやだからだ。
「準備はできていますの・・・?」
「ええ」
あの逃亡の途中で自分たち兄弟はこの城にいるときよりもずっと多くの会話を楽しんだ。
特にクラウスが常に下町に遊びに行っていたという話は、とても興味深かった。どの通路が見つかりにくいとかクラウスが故意に壊して作った通路などの話をサイラスはもちろん、ソルディスやシェリルファーナまで真剣に聴いていた。
人目のつかない夜の内に、数度に分けてそのいくつかの道を確認しにいった。
クラウスが利用していたのは城の中の侍従たちが利用する裏方用の通路らしく、本当に兵の目に付きにくくなっていた。これならばきちんと外に逃げられる。
後は夜でもまばゆい光を放つアーシアの髪だけだが、それはソルディスと同様光の放出を一時的に押さえる魔法を使えるということだった。
「火の柱と・・・もしかしたら、嵐まで巻き起こしてくれるかもしれません。服装には防水性の外套を着てください」
サイラスはそれだけ言うとクッキーを摘んで咀嚼し始めた。この王子の仕草はすべてが優雅だ。
アーシアが言葉の意味を取れずに見つめていると、彼はゆっくりと振り返り笑って見せた。
「ルアンリルの隣の牢に入っていたのは確か時期龍族の長ケイシュン・ロンファ殿だと思います。彼の分も鍵を残しておきましたので、上手くしたらルアンリルと一緒に暴れてくれるかもしれません」
ソルディスの誕生の宴で主役である彼が席を外してから現れた龍族の時期族長は適当に挨拶を済ませると休憩できるところを求めてすぐにどこかに行ってしまった。
付いてきていた彼のお目付け役に訊ねると彼は今『変体』・・・つまり蛇で言う脱皮の前の時期で日中18時間ぐらい眠っているのだそうだ。
それなのに、宴に引っ張り出された彼の唯一の抵抗がさっさと休憩室で眠ることだったようだ。
そして、彼は熟睡したまま牢へとつながれた・・・というところだろう。
ともかく、龍族は自由を愛する。開放してあげたら何がしか暴れてから自分たちの村へと戻るはずだ。
騒ぎは大きいほうがいい。そうすれば自分たちの方が見つからないし、注意が散漫するため騒ぎを起こした人間も捕まえにくい。
とにかく、決行の夜を二人はただ静かに待っていた。
意味深なタイトルですが実際はそれほど深くもないです。
別名、アーシアとサイラスののどかなお茶会でした。