第二話:山賊たちとの一戦
クラウスから貰った木の実をそれぞれの馬車に乗せた一座は森の奥へと進み始めた。
辺りは獣の匂いが充満しており、小一時間もしないうちにその姿を確認することが出来る。だが獣たちは一座を眺めると鼻先を変え、すぐに姿を消してしまった。
「これほど楽にこの森を抜けれるなんて初めてだよ。ありがとよ」
出口が近づく頃、グランテは先頭をいく馬車から馬でクラウスの元まで来て感謝の意を述べた。
クラウスはそんなに感謝されることなのだろうかと思ったが、とりあえず「どういたしまして」と返す。
「それよりも、この先まで行くと今度は獣より人間が出てくる。そっちの方が厄介だ」
クラウスが一人で旅をする際、もっとも気をつけたのはそちらの方だった。
地元に根付き、統率の取れた山賊はまだよい。通行料みたいなものを払えば彼らの縄張り内での安全まで保障してくれるし、荷駄を荒らすような真似はしない。
まずいのは3〜5人の男たちが流しで行っている山賊達だ。彼らは森の獣を相手に疲弊している隊列に横からつっこみ荷物を奪うだけでなく、男は皆殺しにし、女は連れ去り、子供は奴隷商人に売り払う。
もちろんクラウスはこういう輩をすべて返り討ちにしてきたが、偶然に彼らの仕事の痕跡を目の当たりにすることも多かった。
「ああ、そうだね。おい野郎ども、剣の準備しな。王子たちも戦闘になったら踊り子たちと自分の身は守ってくれよ」
あくまでも自分の一座の踊子を優先にするグランテに王子たちは苦笑した。
先ほどから自分たちの隊列を監視するようについてくる人の気配がする。もうすぐがけ側の木々が途切れる場所がくる。そこを狙って駆け下りてくるのだろう。
剣を持つ男達の肩に力が入った。
クラウスは馬車の手綱をサイラスに任せると用心棒の男たちに馬を借りた。ソルディスが荷台に隠しておいた槍を手渡すと、彼はにやりと笑って隊列の前に出た。
突然現れた馬影に山賊たちは慌てて駆け下りてくる。
クラウスはにやりと笑うと、槍を振りかぶり激しい嘶きと共に駆け下りてくるその馬の足元に投げつけた。
勢いを持った槍は先頭で駆け下りてくる馬の足元に命中した。驚いた馬は身体を捩りもんどりうって転倒する。
それに巻き込まれる形で後ろの馬達も次々に暴れ始め、馬上の人間を振り落とした。
振り落とされた人間は斜面を転がりながらも近場の木を掴み、無防備なまま隊列に突っ込むのを静止している。
「お、案外、丈夫だな」
馬から振り落とされた男たちも次々に剣を抜き放ちこちらに近づいてくる。
「総勢18人か、大所帯だけど・・・流し、だな」
こういう時の勘が外れたことがないクラウスの言葉どおり、男達には微妙に統率感がなかった。
彼の言葉を受けて、用心棒たちも剣を抜き放つ。彼は誰よりも早く敵の一人の胸元に突っ込むと鋭い太刀筋で咽喉笛を切った。
「死にたい奴からかかってこいよ」
紅い血を浴びながら笑って見せたクラウスに血の気の多い男たちは我れ先にと切りかかる。
道を外れた場所では、上で馬を下りた男達が木々をつたい、馬車のほうへと降りてくる。
「弓、貸してっ!」
ソルディスはシェリルファーナの手からそれを受け取ると続々と降りてくる男たちに向かって矢を放った。
用心棒たちは、ソルディスの矢から逃れた山賊に太刀を揮い、隊列を守ろうとしている。
「きゃあっ!」
突然、後ろから響いた悲鳴に全員の意識が向く。
見ると血みどろになった男がシェリルファーナの腕を掴んでその咽喉元に刃を当てていた。どうやら用心棒が倒した一人が絶命しておらず、馬車の陰に隠れながら移動し一番力の弱そうな彼女を人質に取ったようだった。
「武器を棄てろっ」
その言葉に全員が視線を交わす。
「棄てろって言うのが聞こえねぇのか?」
「っっっ!!!」
自分の首元に感じる刃の冷たさに彼女の目に大粒の涙が浮かんだ。
ソルディスはふぅっと息を吐くと手にしていた弓を落とす。それに習うようにクラウスも剣を下に置いた。小さな女の子を死なせるのは偲びないと思ったのか用心棒とグランテまでもが武器を棄てた。
「よぉし、よくやった」
にやりと笑った男が残った4人の仲間に武器を拾わせるための指示を出す。
「・・・・・・??」
ソルディスはその男の向こうの空に見える白い物体に首を傾げた。それはものすごい速度でこちらに近づいてくると、その優雅な足で男の横っ面を蹴った。
無様に転んだ男の腕からシェリルファーナは慌てて逃げ出す。男も逃がすまいと腕を伸ばしたが、その腕が彼女に届く前に冷たい刃が自分の咽喉下に押し付けられた。
「僕の妹にその汚い手で触らないでくれるかな?」
冷たい口調とそれ以上に鋭い視線をソルディスに向けられた山賊は、まるで魔性の者でも見たように震えた。
彼は恐怖で動けなくなっている男の咽喉を、一瞬にして切り裂くと何事もなかったかのように立ち上がった。
振り返ると他の男たちもクラウス達の手によって切り捨てられていた。
ソルディスは剣についた血を払い、鞘に収めると先ほどから目の端に入る妹を助けてくれた存在を再び見た。
何者にも汚されていない白い体躯を持ち、その背に白い翼を持つその馬は穏やかな息を吐きながらシェリルファーナに懐いていた。
「天馬・・・神馬・・・?」
ソルディスの呟きに、馬車を止めたサイラスが「そうみたいだね」と返した。
二人が揃って妹の傍に近づこうとすると、その馬は近づいてくる彼らへと視線を向ける。
まずは、ソルディス・・・そしてサイラスへと視線を動かした馬は、うなるようにサイラスへの威嚇を開始した。
「やっぱり、神の馬には・・・呪われた者のことがわかるか」
誰にも聞き取れないように小さく呟いたサイラスは、踵を返すと遠巻きに見ているグランテのほうへと行く。
ソルディスは神馬と兄を見比べ、自分も同じように踵を返し兄の腕にしがみ付いた。小さい頃から自分が傷ついている時にしてくれる弟の優しい仕草にサイラスは小さく笑って見せた。
クラウスは剣の修行に一人で出かけてしまうぐらいに自由奔放で好戦的な部分も持っています。
もう少し話を続けようかと思いましたが、神馬の名前がまだ決めていないことに気づいて断念。次の更新は月曜日です。