第二十八話:託された物
喉が渇くような衝撃が身体を襲った。
サイラスの言葉を咀嚼し、理解した所で、ルアンリルは喘ぐように彼に尋ねた。
「あなたが、ウィルフレッドの息子・・・?」
どういうことなのだろうか、と見上げてくるルアンリルの目に、サイラスはつい先日の自分を重ねた。自分もウィルフレッドから告げられた時、こんな顔をしたのだろうか。
「そうだよ・・・ルアンリル。僕は父に言われて、君に協力をしてもらうために来たんだ」
彼はそういうと、ルアンリルの後ろ髪を撫でる。弟へ託した長い黒髪はもうそこにはない。変わりに若草のような柔らかい感触が掌をくすぐる。
愛撫するような指の動きが後ろの首筋を撫で、ルアンリルはびくりと身体を震わせた。
「僕はこれから他人に遠慮するのをやめるよ。欲しいモノはためらわず手に入れる。取りあえず弟の恋人である君とか・・・」
ルアンリルの後頭部を撫でていた手がそのまま頭を固定する。
近付いて来るサイラスの顔をルアンリルは噛みつかんばかりに睨んでいる。彼はそんな彼女の表情に苦笑しながら、更に顔を近づけた。
そして唇が触れる手前で小さく呟いた。
「君の精霊が作る大きな火柱が見たかったな。こまですれば見せてくれれると思ったのに残念だ。いつかあの火柱を僕と叔母のアーシアのためにあげてくれないかい?」
「私の主はあくまでもソルディス王子です。あなたのための火柱はあげません。
あげるとしたら自分のためのものです。今の私は閉じ込められていて気分が悪いですからね、機会が出来ればすぐにでも城を焼く炎をあげますよ」
ルアンリルの言葉に彼は詰まらなさそうに立ち上がると控えていた衛兵と共に牢から出る階段へと向かう。
そこには大きな姿見があり、彼はそれを1、2秒眺めてからその場を去った。
ガシャンッ!
大きい音と共に牢の中に静寂が訪れた。
静かに聞き耳を立てていたケイシュンが心配そうに隣の牢の様子を窺っている。
「それにしても、サイラス王子がディナラーデ卿の息子とはねぇ・・・何か前に遠めで観察したときとは印象が違う気がするけど」
前にケイシュンが見たのは心が壊れそうになりながらも必死に耐えているガラス細工の王子だった。
しかし今の彼はどこか壊れてしまっていて、暗い雰囲気を作っていた。
「そうでもないですよ、サイラス王子はお優しい方です」
ルアンリルはそういうと自分の服の裾を引っ張り、先程サイラスが首筋を撫でながら忍び込ませた金属片を取り出す。
チャリチャリチャリ・・・
出てきたそれは複数の鍵だった。
その内容を一本一本確かめて、自分の枷と同じ番号の鍵が見つける。
それを何とか唇で拾い、四苦八苦しながら枷の鍵穴に差し込む。今度は歯を使って穴の中でまわすとかちゃっと鍵の開く音がした。
途端に切れていたはずの精霊との回線が繋がってゆくのが解かった。炎の精霊が嬉しそうにルアンリルの身体に纏わりついた。
足についている普通の枷も外した上で、床に散らばった鍵をすべて拾う。鍵の中で比較的大きなものを見繕い牢の鍵穴に刺すと、いとも簡単に牢は開いた。
ルアンリルは残りの鍵を持って隣の牢の前に立った。
「優しい方だからこそ、ああいう形でこれを届けてくれたんですよ」
ルアンリルの手にある鍵を見て、ケイシュンも彼の行動の意味がやっとわかったようだ。
そうなると彼の言葉の意味も違っていると考えるべきなようだ。
弟たちが自分を見捨てたというのは兄弟たちは無事に逃がしたという意味に、そして自分のために炎の柱を上げて欲しいというのは・・・
「今夜、盛大なパフォーマンスをして逃げますよ。たぶん、サイラス王子とアーシア姫もそれに乗じて城を出るのでしょう」
ルアンリルはそういうと枷用の鍵をケイシュンに見せる。彼は自分の腕に嵌るそれを外して貰おうと拘束された手を差し出した。
カチャリ・・・・と軽い音がしてケイシュンの枷も外れる。それと同時に何処からか現れた風と雨の精霊が彼に思い切り抱きついた。
ルアンリルは彼分の鍵をすべて渡してやった。
サイラスが二人分を持ってきたのは、どちらがルアンリルの鍵だか判らなかったためだろうが、いい取引材料になってくれると思ってもいた。
「それじゃ、俺はあんたと一緒にパフォーマンスをしてから一緒に空を逃げてやるよ」
全てのかせを外し終えたケイシュンの言葉に呼応して、彼の額を飾る三枚の鱗が光った。
題名の意味はそのまんま『託された鍵』です。
鍵はルアンリルとの謁見の後、アーシアが手に入れていたものです。
彼女だと知られずに渡すことができなかったので、サイラスが渡しました。
別にサイラスはルアンリルにその手の感情を持ったことはありません。すべてが演技です。