第二十七話:牢の中の魔術師
ルアンリルは僅かに見える空を見上げながらいろいろと考えていた。
囚われてからの日数は一応覚えている。最初のうちは頻繁にあった尋問がここ最近ではめっきり回数が減っているのは、他の情報源を見つけたからだろうか。
それとも王子の位置が知れたのか・・・
アーシアはルアンリルから情報を引き出す振りをして逆に情報を差し入れてくれた。
彼女自身が王城に軟禁されている状態なので得る情報は少ないようだが、それでも何も知らないよりはずっとましだった。
何よりも王子たちがまだ見つかっていないという情報はルアンリルにとって一番有益なものであった。
そのお陰でこんな牢獄に閉じ込められていても希望を失わずに済んでいる。
がしゃ・・・・・・
隣の部屋の男が寝返りを打ったのか、枷が床にすれる音がした。
そういえば、余り隣の住人のことなど気にしたことはなかった。自分と同じく魔術師の入る牢に入れられているのだから、聖司族の一員だろう。
だが精霊族とは違うオーラに思える。彼は入ったときから尋問もされず、ただずぅっと眠っているだけだ。
食事の時だけは音がするから生きているのだろうが、他は終始眠っている。
「隣の人、聞こえますか・・・・・・?」
興味をもったルアンリルが小さい声で隣に問い掛けてみた。
途端に寝息が止み、男がこちらへ近づいてくる気配がした。
「私は、ルアンリル・フィーナ・エディンと言います。あなたは・・・」
「ケイシュン・ロンファ」
問い掛ける声に重ねて、男の声が名乗った。その名前に彼女は驚いた。
「龍族の方でしたか・・・」
龍族はロシキスの竜とは違い、常に人型を取り、能力を出すときだけ本来の龍の姿に戻る。翼を持たず、思念だけで巨体をうねらせて浮かぶその姿は雄大だ。ロンファの姓を持つのは確か龍族でも族長クラスの力を持つ者のはずだ。
(それにしても・・・・)
「なんで、空を飛んで逃げなかったのかって思ってるだろう?」
ルアンリルの心を読んでいるかの用に的確にケイシュンはルアンリルに訊ねてくる。
確かにそれが不思議だったので、ルアンリルも「ええ」と短く肯定した。
「パーティがかったるくて、バルガス王に適当に挨拶してから休憩室で眠ってたんだよ・・・そして次に目が覚めたときにはこんな所だった・・・俺、バルガス王に何かしたかね」
どうやらこの男は寝ていた所をそのまま捕縛された上、説明もされずにここに繋がれているらしい。
内乱も知らないような口ぶりに、彼女は思わず呆れてしまった。
「ウィルフレッド・ディナラーデが反乱により王城を制圧・・・バルガス王並びに諸王子たちは現在逃走中です」
ケイシュンは言われた意味がわからずに何度か口の中で反芻すると、途端突拍子のない声をあげた。
「なんだぁ!・・・、いったい、なんだってんだ・・・」
自分が眠っている間にどうやら世界は滅茶苦茶に変化していたらしい。
確かにそんなことになっていたら、王子側の最たる人物であるルアンリルや、どちらにもつかないだろう龍族の族長に近しい人物など捕まって当たり前だろう。
「でも、ディナラーデ卿ってたしか、聖長の・・・あんたの従兄じゃなかったか?」
ルアンリルは悔しそうに「そうです」と肯定する。その声を聞いてケイシュンは、何かを感じたのか「大変だな」とルアンリルを気遣ってくれた。
ガチャリ・・・
牢へと繋がる通路の扉が開く音がした。
また、アーシアが来たのだろうかと思ったルアンリルはそこに現れた人物に愕然とした。
「久しぶりだね、ルアンリル・・・」
それはあの時別れた王子の顔だった。
なぜ、サイラス・ジェラルドがここにいるのか。
そして彼がここにいるということは他の王子たちも捕まったということなのか・・・。
しかしそこでルアンリルは首を傾げた。
彼は手かせも何も嵌められては居ない。虜囚としての証がどこにも見当たらないのだ。
「驚いているようだね・・・あいにくとクラウスも、ソルディスも、僕を見捨ててどこかへ逃げてしまった。僕だけ捕まるように彼らが仕組んだんだ」
「な・・・・っ」
笑っているのに、ぜんぜん笑っていない顔。どこか薄ら寒いその表情にルアンリルは言葉を飲み込む。
どうして彼がこんな表情をしているのだろう。それに、彼らがサイラスを見捨てたとはどういうことなのだろうか。
呆然と見上げてくるルアンリルの牢の前でしゃがんだサイラスはルアンリルの整った顔を自分の方に向け衝撃的な言葉を紡いだ。
「どうやら僕だけがバルガス王の子供でないとバレたらしい。内乱を起こした首謀者の子供など、いらないってことかな?」
自分の知らないその事実にルアンリルはただただ目の前の王子の顔を凝視するしかできなかった。
久々にルアンリルの登場です。サイラスの性格が一部壊れていますがあまり気にしないで下さい。
ロシキスの竜と聖司族の龍は別の生き物です。
竜は「エルマー●竜」の物語や「P●ff」の歌に出てくる西洋風の背中に羽の生えたトカゲみたいな生物。
龍は「まんが日本昔ば●し」のオープニングで龍の子太郎が乗っているのや、「ドラゴ●ボール」のシ●ンロンみたいな東洋風の長い身体の龍です。
竜は最高位のものしか人型に変身することができず、常にとかげのでっかいののままですが、龍は普段の生活は人型で過ごし、強大な魔法を使う時のみどどんっと大きな身体(聖体)になります。