第二十六話:従うこと、従わないこと
急に暴れ始めたサイラスにアーシアは慌てて彼に駆け寄ろうとした。
しかしそれよりも早くウィルフレッドが彼に取り付き、その身体をベッドに縫い付ける。
「やはりな、私と同じ瞳の色だ。・・・いや、どちらかと言えばバルガス王に殺された私の父と同じ瞳の色だな」
サイラスの目が大きく見開かれた。
確かに黒い髪の向こうに見えるのは王族には珍しい薄い緑色の瞳だ。
母や弟と妹が持つ深い緑色でも、父や弟が持つ王家特有の水色の瞳でもない。
サイラス自身の頭を彩るのが明るい金色の髪だから、色が薄く見えるのだろうと周りに言われていたが・・・こうしてみると彼と自分の瞳の色はそっくりだ。
瞳の色を確認して満足したのか、彼はサイラスを開放しアーシアの元へと向かう。
「近々、王妃をここに連れてきた上で、サイラスにソルディスの居場所を話して貰うつもりだ。それまでに、私たちに協力するように指導してくれ」
ウィルフレッドはそれだけ言い残して、部屋を出た。
驚きを隠せないままアーシアはサイラスへと視線を動かした。
彼は開放された時のままの格好でただ呆然と天井を見詰めていた。その口元は幾度となく「うそだ、うそだ」と音もなく繰り返している。
それだけでこの王子が全く真実を教えられていなかったことが明確に判る。
「サイラス王子・・・あなたも、この城から出たほうがいいみたいですね」
アーシアは人の気配が遠ざかるのを確認してから、落ち着いた口調できっぱりと彼に進言した。
光姫の突然の言葉にサイラスはゆっくりと彼女へと視線を移す。
「出て行って、どうしろと?」
自分がディナラーデ卿の息子だと知ってしまった上で、弟たちの元へ戻ることなど出来ない。いくらあの優しい弟が知らない振りをしてくれても、あの子から王座を奪った男の息子であることはしこりとなって残るはずだ。
あの弟の下にもどれないなら、自分はここを出ても行く場所などない。
だからといって、急に自分の父親だと名乗りを上げた男に協力する気はもとよりない。
いっそ、あの捕まった瞬間に・・・いや、王都まで辿りつく間に殺してもらえればよかった。そうすればソルディスに更なる苦悩を与えずに済んだ。
「あなたは、誰の臣下ですか?」
「いずれ、王となるソルディスの・・・」
何を決まりきったことを聞くのだろうか、サイラスは苦悩で淀んだ瞳のまま彼女に訝しんだ。
「そう、私と同じくソルディス王子の臣下のはず。ならば王子の下に行けなくても、王子の力となることを考えることが出来るはずです」
アーシアとてウィルフレッドの妹であるために今はこの城の中にいる。
だが、王城の中で助けるべき者・・・・ルアンリルを救出したらさっさと出て行くつもりだった。
「兄上がどのように計らうかは判りませんが、あなたにもある程度の行動の自由が与えられるはずです。ならばソルディス王子の有益な情報を得たり、人質となっている者を開放するぐらいできるでしょう」
サイラスの頭に浮かんだのは弟の恋人候補でもあるソルディスの教育係の顔だった。
次いで母親の顔も浮かんだが彼女を逃がすことが本当にソルディスの有益になるのかを考え、浮かんだビジョンを消した。
「従う振りをして、手はずを組むこともできる?」
サイラスの言葉にアーシアはにっこりと笑う。その屈託のない笑いが曲者だとサイラスは改めて実感した。
「逆らうことばかりが脳でもなし、従うことだけが道ではない」
現在、アーシアは所々で逆らいつつも兄の命令を許諾している愚かな姫を演じている。
「有名な軍略家の言葉ですね。僕もそれに従いましょう」
取りあえずはショックを受けて立ち直れない王子を、やがてはソルディスに対抗意識を燃やしている様に演じる、誰にも悟られないようにそのすべてをやり遂げなければならない。
しかしそれが弟を助けるための力となるならば、やり遂げるだけの意志はある。
サイラスは改めて自分の中で強く誓いを立てると、しっかりとした瞳で未来を見据えた。
サイラス、恐慌に陥ってます。最初つけたタイトルは『恐慌する王子』でした。
アーシアはもともと軍略を得意とする少女なので、著名な兵法書等はすべて読み終えています。
もちろん、サイラスは王子教育の一環としてこの手の本は大量に読まされています。