第二十四話:光姫と呪われた王子
サイラスは朦朧とした意識の中、兵達に抱えられるようにしながら一つの部屋へと連れてこられた。
監獄か?と思い顔を上げるとそこは綺麗に装飾された部屋で中には一人の少女が立っていた。
「ディナラーデ卿からの指示でこちらに・・・」
兵たちの説明している声が遠くに聞こえている。
彼女は彼の状態に顔をしかめるとベッドへとサイラスを運ぶように指示をした。
兵たちは彼女の指示どおりにサイラスを運ぶと、丁寧に礼をして部屋を後にした。
「すぐに食事が運ばれます、それまでに果物でも食べますか?」
彼女はそういうと机の上に盛られていた果物籠の中からバナナを選んでサイラスに見せる。
ごくりっと唾を飲み込んだ彼に、少女はにこやかに笑うとその皮を剥き、食べやすい大きさに千切ってサイラスの口に入れてくれた。
ゆっくりと噛んで嚥下するとすぐにまた新しい欠片が口に入れられる。2口食べたところで温かいお茶が出され、それで咽喉を潤すとまた欠片を口に入れられた。
「少しは元気になられました?」
バナナを一本食べ終えたところで、少女はサイラスに問い掛けた。
「あ、はい」
その時になって彼は初めて少女の頭を彩る髪の毛に気付いた。
それは彼の大切な弟と同じ色で−−−その事実に彼の目つきが途端に険しくなった。
「あなたは、誰ですか?」
「ウィルフレッド・ディナラーデの妹、アルフレッド・アーシアです」
突然敵意を剥き出しにしてきた少年に彼女は驚きながらも、きちんと名乗る。
だがその言葉に彼は更に警戒の色を濃くした。
「僕はサイラス・ジェラルド・・・あなたが王位を奪おうとしているソルディスの兄です」
二人は互いの名前のみを知っていた。
王に無理矢理愛妾にされた光姫と王の寵愛をうけつつも陰で『道具』とも称される王子。
少年の素性を知った光姫はすぅっと目を細めて、背筋を伸ばした状態で彼に宣言する。
「私は、王位など欲しくはない・・・私が望むのはソルディス王子が王座に就かれる事のみ。貴方の方こそソルディス王子の対抗馬と言われていたようですけど?」
アーシアの言葉にサイラスはぎっと彼女の顔を睨んだ。
「それこそっ僕はソルディスが王位に就くのを心から望んでるっ!!」
体力がないのに立ち上がろうとした王子はすぐに寝台に倒れた。やはりバナナ一本では体力が戻りきらないらしい。
だが、その様子を見ていたアーシアは小さく噴出してベッドに倒れこんでいる王子に布団を被せてやる。
「つまり、あなたも私もソルディス王子に王位に就いて欲しいのですね」
先ほどのサイラスの叫びから彼の真意を読み取ったアーシアは穏やかな笑みを浮かべて見せた。
それに反応してサイラスも彼女に問い掛ける。
「弟を知っているのですか?」
彼の率直な問いに彼女は「ええ」と笑ってみせる。
「王位について私を自由にしてくれると約束してくださいました。それが私にとり、最大の心の支えだったのです」
胸に手を置き、ソルディスの言葉を思い出している彼女はその容姿には似合わぬほど大人びて見えた。
「俺も弟がいなければとっくに自我が崩壊していた。あいつだけが僕の王なんです」
自分とは違う形ではあるもののバルガスに傷つけられ、ソルディスに救われたという点で彼らは同類だった。
そして今はソルディスを王位につけるという同じ願望を持つ同士だ。
「王子は。無事ですか?」
声を潜めて控えの間にいる侍女に聞こえないように問い掛けた彼女に彼は「もちろん」と笑ってみせる。
その言葉にアーシアはほぅっと胸を撫で下ろした。
「お食事の用意を運び入れたいのですが、よろしいでしょうか」
短いノックのあと、訊かれた言葉に彼女は「どうぞ」と返す。
それと同時にドアが開かれ、複数の食事が運び込まれてきた。ウィルフレッドの指示が徹底したその食事は確かに消化にいいものばかりだ。
「まずは体力を戻さないと、助けに行くこともできませんよ」
アーシアの言葉に彼は「そうですね」とあっさりと肯定し、差し出された食事を次々に平らげ始めた。
彼はわりと食が細いほうなのだが、さすがに断食に近い状態に置かれていた身体はエネルギーを欲しがった。
だがある程度食べきると、さすがに体が苦しくなりそこで食事は終了となった。
「後は睡眠・・・ですわね。私は私の寝台がありますので、王子はこちらで休んでください」
母よりも母らしい優しい対応に、サイラスは「ありがとう」と心からの礼を言うと深い眠りに身をゆだねた。
サイラスとアーシアの出会いです。やはり二人とも相手を警戒することから始めています。
ただ目的は一緒の二人ですので、これから仲良くなれるでしょう。
また二人ともに恋人・思い人がいるので絶対に恋愛には走りません。
まだ王都の中にはルアンリルを始め、物語の中枢に関わってくる人が監禁・軟禁されています。
それをどうやって王都から脱出させるのかがこの章のテーマです。