第二十二話:竜王女達の決断
ルシルヴィリアは立ち込めてきた霧から逃げるように時守の里へと入った。
彼らが来るのを精霊たちから訊いていた里の村人たちは、現れた少年少女の姿に息を呑んだ。
「これは・・・」
「フェルスリュート・・・この護符をくれた人の血だ・・・バルガス王にやられた」
意識を失っているルミエールの容態を見た医者にレティアは悔しそうに報告する。
フェルスリュートが彼女に貸したシャツを開くと、無残にも破られたワンピースが目に入る。それを隠すように村の女たちがルミエールの身体に薄い布をかけた。
よくよくみるとルミエールの頬にも殴られた跡があった。
「・・・今から、王を殺してくる」
レティアは義姉の状態に再度深く怒りを燃やし、先ほどの場所まで戻ろうとした。
「駄目です・・・今、森は時と森の精霊により封鎖されました。いかな国竜だとしても入ることはかないません」
遠見とおぼしき少女が飛び立とうとするレティアの腕を掴んで必死に止める。
「上空から森に入らず出ることはできますが、森へ侵入すれば、敵とみなされます」
必死に現状を説明する村人たちに彼女はぎりりと、拳を握って怒鳴りだしたい衝動をこらえた。
「何があったんですか?」
彼らの行動に不安を感じたヘンリーの問いに村人は目を伏せる。
「あなたに護符を渡したもの・・・『星替』が亡くなりました」
「フェルスリュートが、死んだ・・・」
ある程度は予測していたことだった。
あれほどの血をだしている人間を敵の前に置いてきたのだ。これは当然の結果だ。
「おや・・・この子は・・・」
ルミエールを見ていた医師が驚いたように声をあげた。
レティアとヘンリーは何かあったのかと、医師の下へと駆けつける。
「記憶を、封印されているね」
「な・・・っ」
驚く二人に反応すらせずに医者はルミエールの頭の辺りをずっと観察している。
「かけたのは『星替』殿だ・・・これは私たちでは外すことができない」
その言葉に王子たちは愕然とした。
彼が何を考えて、ルミエールの記憶を封じたのかは判別できないが、これでは彼女をつれて帰国することが出来ない。
内乱が起きたリディア程ではないにしろ、ロシキスの王族も大変不安定な立場なのである。
王位継承権を持つ者や、竜騎士の資格をもつ者はそうでもないが、ルミエールみたいに王位継承権もなく、竜騎士でもない王子・王女の立場は微妙なのだ。
現王・ライアンが庶出なのも影響しているが、現在ロシキスの貴族はヘンリーとレティア、それぞれを次代王の候補として派閥を作り始めている。
現在、レティアが正式に王位継承権の放棄を申し出ているから丸くは収まっているのが実状だ。
そのレティア王女派が欲しているのがルミエールだ。
彼女を自分たちの派閥の貴族と結婚させることにより、レティアが王になってもならなくても己らの保身を図ろうとしている。
更にそれを阻止するためにヘンリー王子派までもがまだ幼い少女を無理矢理にでも手に入れようと画策している。
(だからこそ、義父上はソルディスに義姉上を嫁がせようとしていたのに」
ライアン王は国内の争い事の種となる自分の娘を、隣国に嫁がせることですべて丸く治めようとしていた。
幸いにもルミエールはすぐにソルディスを好きになったので、これはこれでいいのかもしれないとレティア達は考えていた。
だが、記憶を失ってしまっては元の木阿弥・・・いやそれ以上の危険である。
「レティア義姉上・・・ロシキスまでこの事を伝えに言ってくれないですか・・・そして僕と姉はしばらくこの里へ留まることを伝えてください」
幼いヘンリーの申し出にレティアはぐぅっと吐き出したい言葉を飲み込んだ。
確かにそれが一番最良の案だろう。彼女はこの森を飛び越えるための手段をもっているのだし、伝言して戻ってくることだって可能だ。
だからといってまだ年齢的に幼すぎる彼をこんな里に置いておくのもどうかと思う。
それに何より次代の王に対する教育をどうやって受けさせるべきか・・・
「父様も、きちんとわかってくださるはずです。教育は・・・義姉上が、教えてください」
きちんと何もかもを見据えている義弟の言葉に、レティアは「わかった」と短く答える。
それから村の長老と思しき人物に頭を下げた。
「義姉上と義弟をよろしくお願いします。私は一度、国へ戻りわが国の王に報告した後、すぐに戻ります」
「わかりました。護符と国竜さえあればいつでも入れるようにしておきましょう」
村長の快諾にレティアは更に深く頭を下げた後、国へと戻るために自分の竜の下へと向かった。
迷走編の第二章にあたる霧の森の章が無事終わりました。
これでしばらくはルミエールとヘンリーの出番はなくなります。
それにしても、レティアとヘンリーは何気にフェルスリュートが『星替』であることを左に受け流しています。