第二十一話:星替の死
フェルスリュートが剣を抜いたことで正気に戻ったバルガスは、ぎろりと彼を睨みつけた。
「とっさの嘘か・・・」
「あいにくと、嘘じゃない。気に食わないけど、俺はあんたの息子だ」
先ほど後ろから刺された部分が痛んだ。
背中の下部、腹の辺りの傷は大量の血を流しながら彼から生命を奪っていく。
「俺が死ねば、あんたは・・・2つの呪いを受ける・・・時守殺しと・・・子供殺し」
フェルスリュートの言葉に呼応して、惑いの霧がふたたび辺りを包み始める。
「嘘を!まだ突き通すつもりか」
自分の存在を認めようとは『父』に彼は侮蔑の視線を送る。
「アンナマリア・・・その名前を聞いてもわからない?」
フェルスリュートの口からでた母親の名前に彼は目を剥いて目の前の男を凝視する。
かつてバルガスが王子だった時分に、犯した女の名だ。
王座を棄てて消えた兄の変わりにバルガスを王にすべきかどうか、と有力貴族と聖司族の族長らが集まって協議している時、彼女の父親の後援を得るために浚い自分のものとした。
婚約者のいた彼女は父親の立場やいろんなことに挟まれ、結局発狂した。
そんな女が自分の子供を産んでいるとは思えなかった。
だが、こちらを見ている彼の顔立ちはどことなくクラウス・ガリューゼに似ている気がした。
では、何だというのだ?
これが自分の第一王子だというのなら、あの化物が自分の息子だというのか?
そんなおぞましい事など考えたくなかった。
「嘘ばかりをっ!」
バルガスは血塗れた手で今度は彼の身体を前から薙ぐ。
血が失われ、上手く動けないフェルスリュートはそれを交わすことができない。
赤い血が自分の胸の辺りから零れる。腕も、切られたのか・・・熱い。
「時を・・・殺・・せ・ば時の・・・呪いが・・・運命を・・・狂・・・せ・・・子・・・を殺・・せば・・・他・・・の子・・・に殺・・・れる」
フェルスリュートは最後の気力でバルガスを指差し、呪言のように彼へと告げる。
それを厭って、バルガスはもう一度、剣を振るった。
「嘘だっ・・・嘘を・・・」
すべてを否定する言葉を発しつづける自分の父親に、彼は諦めたように目を閉じた。
もし彼が何も望まなかったら、彼の運命は変わっていただろう。
光姫も森の精霊王も誰が王になろうと気にはしていなかったし、ソルディスはあれでいて肉親の情が厚いから父親の王位を邪魔する真似はしなかっただろう。
だが彼は自分が得るべき以上のものを望んでしまった。
そして悲劇は蔓延し、今、彼自身に帰ろうとしている。
霧が段々と満ちてきた。これは『時見』が張ったものよりも濃い霧だ。彼らを森の中に閉じ込め、里にも外にも出さないようにと張り巡らされていく。
その事に安心したのか、気力のみで立っていた彼の体がゆっくりと倒れる。
大地に、血が染み込むのが解かる・・・森が泣いている。嘆いている。
その声を聞きながら目を閉じると自分を心配する大切な人の顔が次々と瞼の裏に投影された。
父親違いの弟・・・助けてあげられなかった恋人・・・そのお腹に宿っているだろう子供・・・祖父・・・義父・・・たくさんの仲間たち・・・親友・・・そして、優しい異母弟の泣いている顔。
「ごめ・・・・ん・・・・リ・・・・ル・・・約・・・束・・・」
王女に託した伝言を最期に口にして、彼は静かに息を引き取った。
バルガスは息の根を止めたフェルスリュートの顔を見た。そして血塗れた自分の手を見た。
実の息子だと名乗る人物から掛けられた呪い・・・辺りは霧が満ち、自分につき従ってきた兵の姿も見えない。
彼は狂ったように笑うと、ふらふらと森の中へと消えていった。
突然訪れたその衝撃にソルディスは顔を上げた。
心の一部が枯れていく・・・そんな感覚が全身を襲う。
「あ、ああ・・・・」
胸を突き抜ける痛みは自分の大切な人の死が伝わってきているから。殺害したのは自分たちの父・・・彼はとうとうその手で『息子』を殺してしまった。
(死にたいの・・・って忠告したのに、一人で逃げろと・・・)
それなのに、彼は死という道を選んでしまった。
目頭が熱くなり、嗚咽が止まらない。初めて本気で父を殺したいほど憎いと思ってしまう。駄目だと思っても大切なものを殺された狂気が自分を支配する。
「兄様・・・?」
急に涙を流し始めたソルディスにシェリルファーナは驚いて声をかける。
この年の近い兄の泣き顔など生まれて初めて見た。
いつも、どんな時でもずぅっと笑っているそんな印象しかなかった。
「どうしたの?」
「なんでも、ないよ」
涙を流しながらそれでも笑う彼の姿が痛々しかった。慰めようと思ってもどんな言葉も出ては来ない。
「どうした?」
急にかけられた声にシェリルファーナは驚いて振り返る。
そこには昨日から兄と親しくなったスターリングが心配そうにこちらを見ていた。
「なんでも・・・」
「なくないだろ?」
とんとん、とソルディスの頭を撫でてやりながらスターリングは強く言い切った。
その態度は今さっき亡くしてしまった『異母兄』にどこか似ていて、涙が堰を切って流れ出した。
その時になってグランテとクラウスも異変を聞きつけてソルディスの元に訪れた。
スターリングの胸を借りて泣いている彼の姿に二人は衝撃を覚えた。
「グランテ・・・行き先の変更を・・・時守の里に向かっても意味が無くなった・・・数日、ここに逗留したら、そのままガイフィード将軍の元に向かう」
「ああ。わかったよ」
泣きながらもきちんと指示を出す彼にグランテはそれ以上訊かず、行き先の変更を一座の人間に伝えに行く。
驚いていたクラウスはすぐに我を取り戻すと、これ以上彼が隠している泣き顔を見ないようにしながらシェリルファーナを伴いその場を離れた。
フェルスリュートの最期です。今まで泣かなかったソルディスが泣いています。
元々フェルスリュートは『死』を前提に書いていたのですが、書いている途中で殺してもいいのか迷ってしまいました。
しかし結局『彼の死』がないと話が進まないのは明らかなので、仕方なくこういう形の最期となりました。