第一話:精霊の森へ
旅を始めて1週間が過ぎようとした頃、一座は鬱蒼と茂る木々を有する森の傍に辿り着いた。
森の名は『精霊の森』、リディア王国の中で最大の森であり、それ以上に特殊な能力を持つ森として有名であった。
「さて・・・この森を直線で進むか、迂回するかが問題だねぇ」
馬車道を有しているものの、どことなく薄暗く道の先も読めない森だ。何よりもこの森には人を食う獣や、山賊・・・そして人を惑わす精霊まで出ると聞いている。
だが目的地である時守の里に向かうにも、支援者になってくれるだろう大将軍・ガイフィードに逢いに行くにもこの道を通るのと通らないのでは有に10日の差が生ずる。
「僕たちの馬車だけなら、なんとか通れると思うけど・・・一座全体を守ることはできないし」
ソルディスはそういうと10以上の馬車で構成された一座を見渡す。
目に見える風景では先ほどから踊子の一人がクラウスの腕を抱きしめ、自分の胸を押し付けている。嫌がりながらも顔を紅くする姿が純朴に見えるのか、他の踊子たちは助けようともしていない。
「迂回したところで街道には要所要所で関所があるっていう。あんたやサイラス王子みたいに完璧に変装しているわけじゃないクラウス王子はばれる可能性が高いよ」
ただでなくてもクラウスは父親そっくりな顔立ちをしている。その闊達で明るく王子らしくない雰囲気のお陰でなんとか誤魔化せてはいるが、知っている人が見れば一発で王子だとばれるだろう。
「森の精霊魔法は使えるかい?」
グランテの問いにソルディスは「はて?」と考え込んだ。
炎と闇の精霊とは契約を交わしているが、森の精霊というものは見たことすらない。ちなみに水の精霊とは相性が悪く、風の精霊は契約を交わしたものの、気まぐれな彼らが力を貸してくれるかは未知の確率だ。
「たぶん・・・契約してないから無理だと思う」
ソルディスは今まで、ルアンリルが来る前から支持している『剣や魔法の師匠』が呼び出してくれた精霊と契約を交わすという方法を取ってきた。自分で契約をしていない属性の精霊を呼ぶなんてことができない。
「おい、どっちの道にするか決まったのか?」
なんとか自分で女性を振り切ってきたクラウスがグランテとソルディスの会議に加わる。
その後ろにはめったに馬車の中から出てこないサイラスもついてきていた。
「この危険な森を抜けるべきか、どうか・・・」
「ああ、ここ山賊出るからなぁ・・・」
サイラスの呟きにクラウスが小さく返す。
「獣や森の精霊もでるだろ?」
山賊限定で話すクラウスにグランテは呆れるように付け加えた。
だが彼はきょとんと彼女を見返すと、次に「ああ」といいながら手を打った。
「俺、この森の精霊の一番上の人と知り合いだから、獣は出てこないぞ」
会議をしていた3人だけではなく一座全員の瞳があっけらかんと発言したクラウスを凝視した。
「精霊と・・・契約?」
呻くように言うサイラスに「そういう感じかな?」とクラウスは肯いた。
「前に修行の旅に出たときにこの森の奥で野宿をしてたら急に現れてさ、なんか難しい話をした後に俺と俺の連れている人間には『この森の恩恵を受ける獣や精霊は一切襲わない』っていわれた」
『そういうことはさっさと言え』と思わないでもないが、彼がそれを余り特別なことと認識していなかったようなので3人はぐっと怒りを飲み込んだ。
「ちょっと待ってろよ」
クラウスはそういうと休憩している一座を残して近くの茂みを掻き分けて入っていく。
それから数分後、彼は手にいくつかの木の実を持って現れた。
「ほい、これを馬車に乗せておけば俺と旅をしているって分るらしいから・・・と言っても今回限りだと言ってる」
手に乗せられた木の実を見ながらグランテは顔を引きつらせた。とりあえず、これでまた当分の問題は消えた。
追手達もこの森を団体が通るとは思わないだろう。まして王子たち4人だけだったとしてもこの森を抜ける道を選ぶとは思うまい。
グランテはもう一度、手の中の木の実を見ながら、
「本当に、あの悪の塊みたいな男から面白い王子たちが生まれるもんだね」
と呆れ声で呟いた。
闇と炎の精霊と契約を交わしているソルディスと森の精霊と契約を無意識で交わしているクラウス。
使い物にならない父親から生まれた割になかなか使い勝手のいい王子たちです。