第十八話:呪いを与える者
バルガス王の元に辿り着いたフェルスリュートは霧にまぎれて、見張り役の数人の咽喉笛を切った。
最初の一人だけ、注意をそらすために声をあげさせたが、他の兵士は誰一人として声をあげることもさせずに絶命してもらう。
彼は一度目を閉じて、星の位置を再度確認する。
どれだけ視界が奪われ様と、彼の目にはしっかりと人の配置が見える。足元も見えない霧の森の中を足音を消して歩き、フェルスリュートは救出すべきルミエールの元に近づいた。
そのまま姿を現さずにルミエールを連れ去り、安全を確保してからここにいる者を始末しようと思ったからだ。
しかし彼の狙いを読んだようにバルガスがルミエールに手を伸ばしたことによりフェルスリュートは行動を変更した。
彼は持っていた血塗れた剣をバルガスの咽喉元につきたて、ルミエールを掴もうとしていた手を止めさせた。
「チェックメイトだ、バルガス・エンテファルス」
自分でも驚くほど冷たい声がフェルスリュートの口から出た。
あまりの恐怖と驚愕のためにルミエールの精神の絃が切れ、その場にくず折れる。
彼は片手で剣を構えながらも倒れる彼女の身体を抱きとめた。視線は彼らから一時たりとも離そうとはしない。
「その剣の意匠。ガイフィードの手の者か」
厄介な奴が・・・とバルガスは内心悪態を着く。
ディナラーデ卿よりも深い確執のある相手の部下だ。
今は辺境地であるロシキスとの国境の警備をせよと命じ、いずれは国を他国に売ったものとして名誉を奪った上で処刑しようと思っている相手である。
その手の者が自分に剣を向けている。これは明確な反乱の意思の現れだ。
「若い剣士よ、それは奴の命令か?」
バルガスが問うと彼は目つきを鋭くし、更に切っ先を押し付けてきた。
瞳には許さないとでもいうような強い炎が灯っていた。
「俺はあんたに呪いをかける手駒だよ・・・・」
自分が導いている彼らには見せない冷たい氷のような表情。バルガスを睨みつけてくる目はどこか憎悪の対象であるソルディスに似ていた。
フェルスリュートはやっと間近で見ることのかなった諸悪の根源たる王の姿に、王女を投げ捨ててでも殺害したい衝動を必死に押さえながら一歩後ろへと下がる。
とにかく自分の腕の中で意識を失っている彼女を無事にレティア達の元へと届けなければならない。自分の護符を持つ3人ならば・・・そのうえ聖竜とも呼ばれるロシキスの国竜・ルシルヴィリアを連れた彼らならば、自分がついていかなくてもこの先にある『里』へと入ることは可能だ。
フェルスリュートはあたり一面に散っているバルガスの手の者の星を覚え、その星に罪の烙印を添付する。
気づかれないうちにそれを終わらせると、彼は更に2、3歩下がり彼の傍にいた精霊たちに心の中で命令を下した。
(霧を・・・俺たちの姿を隠せ)
精霊達は彼の意思に従い、フェルスリュートの姿を隠すために深い霧を彼の前に発生させた。
それと同時に彼は身を翻すと、王女の身体を抱えあげてレティア達の星がある位置に向かって走り始める。
『兄さんと・・・・が会うのはまずいよ、兄さんは死にたいの?』
(あれ・・・・?)
こんな時には不似合いな悲しい瞳を持った弟の言葉が頭に浮かんだ。
そういえば彼は自分があの男に会うことをずっと嫌がっていた。
出会ってしまえば最後、フェルスリュートの未来がなくなってしまう、と。
『もし出会ったら【一人】で逃げて・・・』
様々なキーワードを持つあの子の言葉が、今の状況を示していることなど百も承知だった。
(だからって、棄てるわけにはいかないだろう?)
この場にいない少年に向かって彼は苦笑して見せた。
自分よりもずっとずっと深い傷を負いながらもずっとフェルスリュートのことを心配してくれていた異母弟。自分と同じ名前の一つをもつ彼に思いを馳せる。
彼はバルガス王たちと一定の距離を保ってから、抱えていた少女を下ろした。
「時の精霊、里へ連絡を・・・もうすぐロシキスの王子王女たちがそちらへ行く。迎え入れろ、これは俺からの命令だ、と」
フェルスリュートの言葉に精霊たちは礼をして森の奥へと消えていく。
彼は一つ息を吐き、涙を浮かべながら眠っている少女の意識を取り戻させるために彼女に近づいた。
フェルスリュート本領発揮です。思い切り精霊を操ってます。
彼の一人目の『弟』の言葉も出てきました。
名前はまだまだ出しませんが、もう誰なのかのわかる程度にヒントは出してあります。