第十六話:さらわれた王女
いつもの通り野営地を見失わないようにロープを手繰りながら水を汲みに行ったルミエールは、河の端で水を汲み終えたところで自分以外の誰かの存在に気づいた。
白い闇のような霧は近づく彼らの姿を寸前まで覆い隠していたため、気づくのに遅れたのだ。
彼女は急いで立ち上がったが、次の行動を考えあぐねた。
縄をたぐって元の位置に戻れば、フェルスリュートが助けてくれるだろう。
だが、それは自分が命に代えても守らなくてはならない義妹と弟を危険に晒すことに成りかねない。
それならば、と彼女は気配とは反対の方向へ河を伝って逃げ始めた。
(ディナラーデ卿の追っ手?・・・それとも山賊・・・?)
どちらにしろ、足音は動物のものではない。人のものだ。
時々、物陰で相手をやり過ごしながら彼女はどんどんと姉弟のいる宿営地から離れていった。
フェルスリュートは霧が運んできた風の中にいやな気配を読み取った。
見渡すとルミエール姫は水を汲みに行った所から帰ってきてはいない。
いやな予感を覚え、彼は縄に残った彼女の星の記憶から彼女の状況を遠視する。
「まずい・・・」
彼女が男たちに追われている姿が克明に彼の脳裏に入ってきた。
そしてその兵を率いているのが誰なのかも、彼には読み取れる。
「どうした、フェルスリュート」
縄を握りながら顔面蒼白にした彼にレティアは何事かと駆け寄ってきた。ヘンリーも自分の役目である焚火の世話を放りだして彼を見上げる。
「レティア姫。ルシルヴィリアを、早く・・・来たら、今首からかかっている護符の気配を追って俺を見つけるように彼女に言うんだ」
突然の彼の言葉に目を白黒させているヘンリーを他所に、言葉の中から異変を察知したレティアは彼に追いすがる。
「何が、起きた」
「水を汲みに行った彼女が、追われている」
その言葉にレティアは手桶を持って森へと入っていった姉の姿を思い出す。
いつもどおり過ぎる光景に気を止めてることもしなかった。まさかこんな近くに追っ手がきているとは思いもしなかった。
「ディナラーデ卿の・・・?」
「いや、これは・・・バルガス王だ」
舌打ちしながら答えた彼にレティアも驚愕した。
あの王がロシキスの王女を見つけたらどうするのか、考えるだに恐ろしい。
まだ13歳と幼い彼女のこれからをあんな男に踏みにじられることなど許されない。
「俺は今から、彼女を、王たちを追う。ヘンリー王子はすぐに旅立てる準備を・・・」
フェルスリュートは手短に指示を出し、ロープから読み取った場所に向かい駆け出した。
ルミエールは上がりそうになる息を必死に押さえながら霧に包まれた森を必死に逃げ回った。
最初に聞こえていた川のせせらぐ音も今はもい聞こえない。
「きゃぁっ!」
転ぶ時にあげてしまった悲鳴を聞き付けて足音が向かってきた。
急いで立ち上がろうとするが、足を捻った様で痛みで巧く立ち上がれない。
がさり・・・
茂みを掻き分ける音。
彼女が視線を上げると自分よりもずっと大きな男が現われた。
更に後ろから何人もの男達が姿を現す。彼らの目には好色な色が浮かんでいた。
恐怖に後じさる彼女の肩を後ろから伸びて来た腕がつかんだ。
「これは、これは・・・ロシキスに入るための切符が手に入ったぞ」
声も出せぬ程に怯えているルミエールの目に写ったのは男達と同じような好色な笑みを浮かべたバルガスの顔だった。
フェルスリュートは川まで出ると小さく呪文を唱えた。僅かな光が灯り、彼の瞳が澄んだ水色へと変化する。
普段は自分に課している封印が解かれた瞳には多くの星の情報が彼の中に流れ込んで来た。
(こっちか・・・)
星の位置からしてルミエールはすでにバルガスに捕らえられている。
急がなければ、『あの子』を救う星が、傷つけられてしまう。
彼は手を前に出すと、自分の周りにいる数々の精霊に向かい、叫んだ。
「時守の里を守る、森の精霊、時の精霊に我が名『星見』を持って命令を下す。『狂王』たちの周りに惑いの霧を、そして俺の周りの霧を消し彼らの所へ導け!」
その命令に精霊たちの顔が不安そうに歪むのが見えた。
だが『時見』の次に上位の魂を持つ者の命令を無視することなどできなかった。
命令はすぐに実行され、彼の前の霧が王のいる方向に向かい消えてゆく。
フェルスリュートは「ありがとう」と一言礼をいい、霧の晴れた道を彼女の元に向かい駆けていった。
恐怖の性欲魔人、バルガス王の登場。
フェルスリュートは相変わらず美味しい所総取りしています。彼はすべての人間の事情を知っているので、いろいろと画策しています。
まだしばらく主人公のいない話が続きます。