第十五話:霧の森からの連絡
時守の里のある森は、深い霧に包まれていた。
かつてこの場所で残虐に殺された時守の里で、彼らを守る立場の者が残った村民を守るために里の周り全体に霧の結界を張ったせいである。
「動き難いかもしれませんが、縄は絶対に外さないでくださいね」
互いにはぐれないように腰についた縄で繋がったレティア達はフェルスリュートの先導のもと深い森へと進んでいった。
肌に纏わりつくような湿気を含んだ空気は、それだけで気分がじめじめと暗くさせられる。子供たちはそれでも文句を言わずに、ずっとフェルスリュートの後をついてきていた。
「あと、1日ぐらいあるけば里につけますよ」
明確な日数が出たのはその日が初めてだった。
彼は精霊魔法でつけた焚火に炎をつけながら子供たちのリーダー的な存在となっているレティアに話し掛ける。
彼女はその言葉に笑いながら「それは助かる」と返した。
気丈な彼女でも、やはりこの深い霧と不快な湿気には辟易としているようだ。
「そこで、王女。お願いがある」
改めて願い出てきたフェルスリュートにレティアは不思議そうに視線を向けた。この短いたびの間でこんな風にお願いされたことなどなかった。
「なんだ?めずらしい」
レティアはそういうと義姉弟たちの行動を目端で確認しながら、彼との会話を続けた。
「国竜をここに呼びつけて欲しい。最終的には里からそれで王女と王子だけでも国に帰さなければならないから」
「・・・そうか」
彼女の視界の隅に、義姉・ルミエールの姿が見えた。
彼女はとりあえず長めのロープを樹木の幹に縛り付け、その縄の片端を持って出かけようとしていた。その手には手桶が握られているところから飲み水を近くのせせらぎの場所まで汲みにいったのだろう。
彼の案は、そんな健気な彼女をこの内乱中のリディアに置き去りにし、ロシキスの王位継承者たるヘンリーとレティアだけを逃がすもの。非道いといわれようが、それは普通の手段だった。
「・・・ここなら、大分、ロシキスにも近い・・・やってみよう」
もともとレティアもヘンリーだけは母国へと戻すことを考えていたのだ。
その案は本来自分から言い出さなければならなかった。
レティアはその厭な役目を自分から引き受けてくれたフェルスリュートに感謝しつつ、自分と繋がっている銀色竜に向かって呼びかけた。
──────竜王国・ロシキス 王都・ローサリア
ロシキス国王・ライアン・ゼントリーブは遥か彼方にあるリディアとの国境の方を眺めていた。
リディアの内乱に伴い、この国の中も慌しくなっている。特に無頼派の貴族達は、これを機に彼の国へと攻め入り王都を落としてこの世界の覇者となるべきだと唱えている。
「馬鹿らしい・・・」
リディアとロシキスの国境には大将軍と呼ばれるガイフィード卿の軍が駐留している。そしてその近隣には彼の部下たちが数万の兵を従えてそれぞれ控えている。
今まで自分たちがその部隊にどれだけのダメージを加えられ、そして退けられてきたのかを考えればそれが非現実的な案であることは明白だ。
「彼らが、王都にいるかまたはもっと南にいてくれれば俺も考えたが・・・」
それに、もう一つ王には心配事があった。
ソルディス王子の聖誕祭のために呼ばれた王子・王女がまだ戻ってきていないことだ。
王都から戻ってきた貴族達の話では彼らは早いうちに逃げ出したようではあるが、当人たちからの連絡はいまだ自分の元には届いていなかった。
異母弟の遺児・レティア・リストラルだけでもこの国に戻ってきてもらわなければ貴族だけではなく竜騎士たちを制する事ができなくなることも彼の懸念の中に含まれている。
バサッバサッ
大きい羽音が王城の上で響いた。見上げると美しい銀色の巨体を持つ国竜ルシルヴィリアが彼女専用のスペースへと降りてくる所だった。
「ルシルヴィリア殿、レティア姫から連絡が入ったのか?」
この竜と幼い義娘が魂で繋がっているのはこの国の者であるなら誰もが知っている。
彼女は城の中の狭いスペースでその翼を畳むと、王に向かって首を傾けた。
『ああ、どうやら時守の里の辺りまでは自力で逃げてきたらしい。徒歩ゆえ、連絡が取れる位置につくまで時間がかかったと言っている。ヘンリー王子もルミエール姫も共にいる』
神々しいまでに響く声が待ち望んだ情報を伝えた。喜びに輝く王の顔を見ながら、彼女は自分の『主』と連絡を取りつづけた。
『王女が呼んでいる。今から私はこの国を留守にするがよいか?』
その言葉にライアンは少しばかり躊躇した。
国を守護する竜がこの国を離れることなど建国以来ないことだ。
それゆえに先ほど伝えられた王子たちの様子に「本当に大丈夫なのか」と疑問も湧く。
だがその迷いをすぐに打ち消すと、彼は深々と彼女に頭を下げた。
「国を守るのは私の役目。ルシルヴィリア殿はレティア姫の安全の方を最優先に」
どれだけ武道に長けていようとも彼女はまだ13歳の少女なのだ。そんな子供が同じ年の少女と年少の王子を守りながら、内乱の国の中を抜けてくることがどれほど危険なのか彼には理解できた。
『すまぬな』
彼女は短くそういうと再び、翼を広げた。
それから一声大きな声で鳴くと、彼女たちがいる隣国へと向かって羽ばたいていった。
前半はレティアたち、後半は他国。主人公たちの影も形も出てきません。
時間としては前話の翌日なので、ソルディス達はまだあの村から出ていません。