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第九話:サイラスの捕縛

 ソルディスが再び目を覚ましたとき、すでに馬車の検閲は始まっていた。

 馬車の外で寝ていた用心棒たちはまず最初に捜索の対象外にされ、次に踊子たちの衣装箱やその他の荷物などの中身を改めている。

「占い師の方も目を覚ましたようですな」

 起き上がって、ずきずきする腹部を撫でながらソルディスはグランテの馬車から降りる。

 そこには王の間の鏡の向こうで見たオーランドが値踏みするようにこちらを見ていた。

「うちの一座の目玉の娘だよ。その子が望んだから、この男を拾ったんだからね」

 確かに見た目は美しい少女だ。笑いもせず、冷たい視線で見つめてくる姿は人形のようにも見える。

 王都からの通行証を発行した役人の添付書きには『時守の里の民に尊敬されている方ゆえ、丁重に扱うように』と記されていた。

 どうやらサイラス王子がいう通り、この一座には彼の他には王族はいないみたいだ。オーランドは肩透かしをくったように、詰まらなそうな表情を露にした。

 一方、ソルディスは注意深く一座の様子を確認していた。

 クラウスはまだ起きていないようだ。眠る前に用心棒たちにしこたま酒を飲まされていたのだからしかたないだろう。シェリルファーナも見つかってはいない。

 ただ自分たちの馬車の前にはすでにラフな格好をしたサイラスが縄を打たれている。

 ソルディスは無表情のままサイラスに近づくと、縛られている腕の部分をさする。捕まる時に少し暴行を受けたのだろう、服の所々に血や汚れがついている。

「大丈夫、そんなに痛くないから」

 そんなはずがない。

 そう思いながらルディスは小さく風の精霊を呼んだ。いつもなら気まぐれにしか出てこない彼らが、今日は珍しく彼の声にすぐに答えた。

 ソルディスは出てきた彼らにサイラスの傷の治療をお願いしてから、立ち上がった。

 静かな感情を写さない瞳がサイラスと自分のやり取りをニヤニヤした顔つきで見ていたオーランドに冷たい視線を送った後、重い足をなんとか引き摺ってグランテの傍へと行く。

「サイラス王子の美貌は力の強い占い師の心さえ捕まえるというところですか」

 下卑た笑いを浮かべるオーランドをソルディスはぎっと睨みつける。それすらも綺麗な少女と思っている彼には心地よい視線であった。

「さあ、王子・・・帰って、あなたがお父上とどこで別れたのか教えていただきますよ」

 すべての馬車の調査を終えたオーランドはにやりと笑うと部下へと指示し、サイラスを無理矢理立たせる。集っていた風の精霊たちが嫌がって霧散するが、どういう気まぐれなのかすぐに集まりまた傷の治療を続けた。

 それだけがソルディスにとって唯一の救いだった。

「あなたも王都にきますか?これだけ可愛いお嬢さんが傍にいたら王子も喋りやすくなるかもしれませんしね」

 オーランドが伸ばそうとした手を、グランテは綺麗に払った。手を払われたことで、顔を紅くした彼に彼女は更に追い討ちをかけた。

「ディナラーデ卿は魔術師だと聞いたけど・・・時守の実力者にそんなことをしろとあんたに命令するぐらい間抜けな人物なのかい?」

 城で待つ彼がそんなことを絶対に望まないことは誰もが知っている。

 自分の楽しみにこの少女を連れて行こうかと思ったが、そうすることで自分の立場を更に悪くすることは避けたい。

「単なる、冗談ですよ・・・それでは」

 オーランドは勿体無いという視線でソルディスを一度見た後、自分たちの馬車に縛り上げたサイラスを放り込み去っていった。




 馬車の姿が見えなくなったところでソルディスはへたり込んだ。大地についた手がわなわなと悔しさに震えている。

 何も出来ない自分。いつだって守ろうと思っている相手に守られる。

 サイラスだって、ルアンリルだって自分に巻き込まれ囚われていく。

「ソルディス・・・」

 いつの間に目を覚ましたのかクラウスが彼の傍に立っていた。

 彼も一部始終を見ていたのだろう。飛び出そうとするのを止めるために押さえつけられた後が腕に残っていた。

「・・・ごめん、なさい」

「なんで、謝る・・・俺だって何もできなかった」

 こんなに悔しくて、悲しくても、泣く事のできない弟の姿が痛ましくて、クラウスはそれを回りから隠すように抱きしめた。それでも彼は泣くことなく、ただただ拳を大地に叩き付ける。

「お兄様っ!」

 ようやく衣装入れから出してもらえたのだろう、目にいっぱい涙をためたシェリルファーナが兄二人の傍まで走ってきた。

「サイラス、お兄様が・・・捕らえられたって・・・本当に?」

 どこか責めるような口調の妹にクラウスは「ああ」と小さく答える。

「どうして、一人で・・・なんで、私たちも傍にいたのに・・・どうして兄さまだけがっ!」


ぱんっ!


 軽い音が一座の中に響いた。叩いたのはグランテだった。

「誰が一番辛いのか、ちゃんと考えてから言葉を発するんだね、王女さま」

 その言葉に彼女は目を見開く。

 自分は安全な場所にいれられ、すべてが終わるまで眠っていた。

 だけど兄たちは・・・クラウスの腕に残った屈強な男によって押さえつけられた後、ソルディスの嗚咽も涙もない泣き叫ぶ姿。

「私はサイラス王子に『弟たちをよろしく』と頼まれた。その言葉どおりに、あんたたちを時守の里へそして大将軍・ガイフィード様の近くまで連れて行く。それが自分の犠牲だけで一座の他の人間をも守ってくれた彼へのお礼だ」

 まだ幼さを残している少年王子たちに彼女はそう言うと静かに自分の馬車へと戻っていった。

 ソルディスは暫くの沈黙の後、自分の身体についた土を払うと自分たちの馬車へと戻る。

 残されたクラウスは、同じく残されたシェリルファーナの肩をぽんと叩いた。と、同時に堰を切ったように彼女の目から大粒の涙が流れ出す。

「サイラス兄様は勝手よ・・・一人で・・・でも、そうしないと・・・ソルディス兄様は、絶対に無事に大将軍の元に届けないと・・・」

「ああ」

 震える肩を抱きしめながら、クラウスも静かに肯く。

 自分たちが守らなければいけないのはソルディス。そしてそれを為すことがサイラスが自分たちに望むこと。

「ごめんなさい・・・もう・・・なかないから・・・・いまだけ・・・」

「ああ」

 ぎゅぅっとしがみついてくる妹にクラウスは相槌で返しながら、自分も静かに決意の涙を流した。

サイラスの捕縛は最初から決まっていたのですがいつの時点でどのようにすべきか大分迷いました。一座と別れた後にすべきかどうか考えたんですが、時系列の調整で今回になりました。



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