第四章 亡国の跡地~Vision in the Mist~ 3話
わたしは、アレクサンダーさんを追って、山の上へと登ります。
山の頂上まで行くと、一気に霧が晴れて、石造りの街並みが見えて来ました。
「・・・・ここが、レインヘブン・・・・」
なぜでしょう、何だか、胸の中がぎゅっとして、悲しいような、暖かいような・・・不思議な気分です。
白い石の街の先には、大きなお城がありました。お城は、左右対称の作りになっていて、とても優雅で綺麗です。
―――このお城、懐かしい・・・。
わたし、ここを知っているような気がします。
ずっと、ずっと、昔から、この場所を知っている、そんな気がするんです。
そう、わたしは、ずっと、ここに帰って来たかったの。
ずっと、ずっと、ここに帰りたくて・・・・。
どうしてなんでしょう。何にも覚えてないのに、涙が出てくるんです。
「・・・・ま、・・・・さま。」
―――ああ、あの人が呼んでいる。
行かなくっちゃ。あのお城へ。あの人の元へ。
わたしは、街の中を歩き出しました。
どうしてなのでしょう。初めて歩く場所のはずなのに、身体が勝手に道を覚えているみたいです。
すいすいと迷うことなく、お城につきました。
あの人がいるのは、五階のバルコニー。
いつもわたしたちは、そこで会っていたんです。
そう、だから、あの人はそこにいるはずなんです。
わたしは、五階のバルコニーの扉を開きました。
「・・・待っていたぜ。ソフィア。」
そこにいたのは、「あの人」ではなく、少年でした。
7、8歳くらいの目つきの悪い少年が、そこにいました。
「ソフィア?ソフィアって・・・・誰、ですか?」
わたしの質問に、少年は眉を潜めます。
「ああ?お前、まだ戻ってきてねーのかよ?おっせーな。いつまで寝ているんだ?」
その言葉は、わたしに言っているようで・・・わたしには言ってないように思えます。
戻る?寝ている?・・・何?誰が?
その子に聞きたい事は、山程あったけど、何故か、その答えはわたし自身が知っているような気がします。
そう、それは、とても大切なこと・・・・
ドキン、ドキン・・・・胸が苦しくて、動悸が高まります。
ドキン、ドキン・・・・。
何でしょう。この、感じ・・・何かがおかしい・・・・
「ったく、しゃーねーな。俺が起こしてやるよ。」
少年はそう言って、ポケットからサバイバルナイフを出しました。
ニヤリと笑いながら、その刃をわたしに向けます―――
「えっ?」
「いい夢は見れたかい?そろそろ、本体に身体を渡してもらうぜ?」
ドキン、ドキン―――
動悸がさらに高鳴り、眩暈がしてきました。
頭の中が霞がかっていて、うまくモノを考えられません。
背中から鳥肌がぶわっとたって、悪寒がしてきました。
クスクス、クスクス・・・・どこからか、女の子の笑い声が聞こえます。
「な、なにっ!何なのよ!やめて!嫌!」
何かがおかしい。
そう、わたしの中の、何かが、変わろうとしています。
自発的ではなく、強制的に。
―――このままだと、死んじゃう。
わたしが、いなくなってしまう。
ダメ。ダメ。わたしが死んでしまったら―――
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない!
「いやああああああ!やめてええええええええ!」
わたしは、声の限り叫びました。
一瞬、少年が怯みます。
その隙に、わたしは、少年からナイフを奪って―――
気がついたら、彼のお腹を刺してました。
人の血の生暖かい感触が、手のひらに染み込みます。
少年は、目を見開いたまま、ずっと、生気のない顔でわたしを見て、やがて、崩れ落ちました。
「あ・・・・・・」
わたしの手にあるのは、血まみれの手とナイフ。
少年は、ピクリとも動きません。
「クスクス・・・・。あーあ。やっちゃったわね。」
どこかで、誰かの声が聞こえます。
「人の事殺すなんて、サイテーね。」
―――殺した?わたしが?彼を?
「あの時と同じ過ちを繰り返すなんて、人間って本当に愚かよね。」
―――あの時?
わたしは・・・・誰かを殺したことがある?
いつ?だれを?
―――アノヒトヲコロサナイデ!
突然、わたしの脳裏にそんな言葉が浮かんできました。
・・・これは、わたしの・・・・・記憶?
そう、ずっと、思い出したくないと、思い続けていた、記憶です。
「思い出したぁ?貴方はね、前にも人を殺したのよ。」
・・・違います。そんなこと、やってません。
それに、わたしは、何も覚えてないんです。
「嘘つき。本当は、全部覚えているくせにぃ。
あの時、復讐してやるって言っていたのは、どこのどなただったかなー?」
・・・・違います。わたしは、復讐なんて・・・・そんなこと・・・。
「いつまでいい子ぶってんの?全部、あんたが望んだことじゃない?」
・・・・わたしが、望んだ?
「あんたが望んだから、この世界はめちゃくちゃになっているのよ。」
・・・違います、わたしは―――
わたしの視界が、真っ暗闇に染まって行きます。
それは、冷たくて、暗い闇。
そう、まるで・・・わたしが初めてアレクサンダーさんを見る前のあの、恐ろしい夢のような・・・・
闇の向こうから、誰かが歩いてきました。
男なのか、女なのか、子供なのか、大人なのか、分かりません。
わたしからは、黒い影しか見えないんです。
「もう、満足したでしょ?貴方のこと、殺しにきたわよ。」
その影がニタッ、と笑うのを感じました。
―――殺される。
直感で、そう感じました。
逃げたいのに、身体はピクリと動いてくれません。
怖くて、泣きそうで、声をあげたいのに、わたしの身体は他人に乗っ取られたように、全然動かなくて。
その「影」が、わたしの目の前まできました。
「影」だった人の顔が、はっきりと見えるようになりました。
―――そう、それは、「わたし」だったのです。
黒いワンピースを着た自分が、あの、ノー村で見たナイフを持って、目の前に立ってました。
―――その姿を見た時、わたしは、全てを思い出しました。
そう、全ての元凶は・・・わたしだったんです。
ノー村を襲ったのも、アレクサンダーさんがあんな風になったのも・・・・・・。
わたしが「わたし」を止められなかったから――――
わたしが「表」に出てきて止められなかったから、起こったんです。
「・・・・どうして、今になって・・・思い出すのよ・・・・。
もう一度、やり直したいって思ったのに・・・・・」
「無理無理。いくらあんたが忘れた所で「あたし」がやったことは消えないよ。
だって、「あたし」は「貴方」だから。」
「それでも!「わたし」は、思い出すべきじゃなかった!!
だって、「貴方」を再び表に出してしまったら、世界が終わってしまうから!!」
そうです。わたしは、思い出してはいけなかったんです。
ずっと、ずっと、忘れていれば良かった。
そうすれば、この悪魔を止めることが出来たというのに・・・・。
「終わりを望んだのは、あんたじゃん。「あたし」は「貴方」の望みを叶えただけ。」
「違います!わたしは・・・・わたしはこんな事望んでなんかない!!
確かに、あの時はそう思ったかもしれないけど、今は違うんです。だから・・・・」
「無理無理。っていうか、もう、あんたは邪魔だから。必要ないから。眠っていていいわよ?」
「わたし」が、そう言って、綺麗に笑いました。
―――ああ、終わってしまう。わたしが殺されてしまう。
まだ、わたしは・・・たくさん、やり残したことがあるのに・・・・・
「じゃあね。」
「わたし」は、ナイフを振りかざし、わたしのお腹を刺しました。
わたしは、ゆっくりと崩れ落ちて、倒れました。
それが、わたしの最後でした。
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「はあー!やっと外に出られたー!」
あたしは、大きくノビをして、深呼吸をした。
久しぶりの外空気はとっても澄んでいて美味しい。
「・・・・ったく、こんな小芝居やらせんなよな。」
あの子がナイフで刺して、血を出して倒れていた少年が、頭をかきながら起き上がる。
普通の人間なら致命傷になるような傷のはずなんだけどねー。
ま、このくらい、あたしたちにとっては大したことないんだけど。
「感謝しているわ。セルジョ。
あんたの「芝居」がなければ、「あの子」は、思い出すことは無かったかもしれないもの。」
「この貸しは高いからな?」
「・・・・後で何か奢るわよ。」
さて、「あの女」のせいで、計画がかなり狂っている。
―――急がなくては。時が迫っている。
とりあえず、着替えたい。
「マグノリア」の趣味だか、何だか知らないけど、白いワンピースとか一番嫌いな服なのよね。
・・・まあ、でも、「勇者様」を殺すのが先かな。
邪魔な勇者はさっさと始末して、早く計画の準備を進めないと・・・・。
ふふっ、楽しみね。
いよいよ、はじまる。
―――絶望に彩られたこの世界の終焉が。
END