第四章 亡国の跡地~Vision in the Mist~ 2話
真っ白な視界の中、僕は、途切れ途切れに見える彼女を目指して、進む。
すると、急に霧が晴れて、視界が広がった。
・・・霧を抜けたのか?
「・・・・・しつこい。霧の中なんて追いかけてこないかと思ったのに。」
女性の声が聞こえて、そっちを見ると、彼女が不満そうにこっちを見ていた。
褐色の肌に、銀色の髪。―――間違いない。彼女だ。
「・・・・まさか、この霧は君が?」
彼女はこくり、とうなづいた。
「・・・まさか。だって、魔法で天候を操るなんて・・・」
そんなこと、妖精だってできるはずがない。
出来るとするならば・・・
「頭のいいロビンさんなら、分かると思う。」
「・・・言霊、ということなのか?」
「そう。これは私が言霊で作った霧。」
「・・・・何が、目的なんだ?君は何者なんだ?」
彼女は、何らかの目的で霧を作った。
彼女のことは信じたい。でも・・・・・。
・・・私情を挟まずに、まずは、そこを聞き出さないと・・・
「・・・・私は、カルラ。目的は・・・・そのうちわかると思う。」
「・・・・君は、どうして・・・僕を助けたんだ?」
彼女は不思議そうに僕を見た。
「覚えていたの・・・?
やっぱり、記憶を消しておけば良かった・・・・。
あのときは・・・・貴方を助けるのが、私の「役目」だったから。その通りにしただけ。」
役目?役目って何だろう?
彼女は、誰かに命令されて動いているのか?
・・・・それは、今も?
―――ますます、謎が深まるばかりだ。
「・・・・記憶を消さなかったのは、ある意味正解かもしれないね。
僕が本気になれば、魔法の一発くらいぶち込んでいる所だよ。」
「言霊使いに対して戦おうって?無謀だよ。」
彼女の言い方は、はっきり、僕を見下しているようだった。
・・・・まあ、確かに普通にやったら、言霊使い相手にして魔法で勝てる気はしないけどね。
「・・・・随分、僕のことを知っているんだね。」
「・・・・・・・・。少し、しゃべりすぎた・・・。
冷静に見ているんだね。」
彼女はそう言って、黙り込む。
―――そうかな。あまり冷静ではないと思う。
ずっと、思っていた人が目の前に現れて、それが敵かもしれないなんて、冷静でいられるはずがない。
それでも、頭の中では、この場を切り抜ける事を考えている。
・・・ありがたいんだか、そうじゃないんだか・・・よく分からない性格だと思う。
いっそ、感情的になれた方が良かったのかも。
そうしたら・・・・・少しは楽になれるのかな。
「・・・・私から話すことなんてない。
この時点で、全てを話してしまったら・・・・怒られるから・・・・。」
彼女の表情は、恐怖で歪んでいた。
彼女の意思はどうであれ・・・・・「主人」には逆らえないみたいだ。
「・・・・・それで、どうするつもり?」
「・・・・・・貴方をここで殺すわけにはいかない・・・・。まだ・・・・命令されてないから・・・・。
でも・・・・・ここで、私が話しているのもよくないから・・・・。通り抜ける。」
彼女はそう言って、まっすぐ僕を見た。
・・・つまり、ここで僕がどんなカードを切っても、少なくとも命の保証はある、ということか。
たとえ、魔法の腕で負けていたとしても、カードの切り方次第では、僕が有利になる、というわけだ。
「・・・僕は、ずっと、君のことを探していたんだ。ずっと、君にお礼が言いたくて・・・・」
「・・・そう。」
彼女の顔には、何も浮かんでない。
感情が、まだ、浮かんで来てない。
・・・彼女にとって、僕は、どうでもいい存在なのだろうか。
それでもいい。まずは、勝負してみるだけだ。
「一目惚れだったんだ。」
彼女の肩がピクリと動き、目は、大きく見開いて僕を見る。
そんな彼女の髪をすいてみる。
サラサラとした手触りと、いい香りがした。
「愛している、カルラ。」
僕は、そう言って、彼女の耳元で囁いた。
彼女の顔が、みるみると、赤くなっていく。
「な、何を・・・・。」
彼女の大きくて、深い緑の瞳が、僕を見る。
そんな彼女の細い腕を掴み、彼女の目を真っ直ぐ見て、こう、言った。
「僕は、本気だけど?」
「・・・・・っ。」
彼女は、顔を赤くして、困惑したように僕を見る。
そんな彼女が可愛らしくて、彼女の額に優しくキスをした。
「は、離してっ!」
残念。言霊を使われてしまったか。
何か強力な力で、僕は、彼女の手を離してしまった。
「・・・・・やっばり、記憶を消しておけば良かった。」
真っ赤な顔でそう睨まれても、何の説得力もないんだけどな。
―――こうして見ていると、普通の女の子みたいだ。
クスクスと笑っていると、ますます彼女の顔が不機嫌そうになる。
「・・・・何?」
「いや、意外と純情だな、と思ってさ。」
「なっ・・・・」
ああ、本当に可愛らしい。
こんなことでいちいち照れて・・・慌てて・・・・本当に愛おしい。
「ふ、ふざけているのっ!?」
「ふざけてなんかいないよ。本気って言ったじゃん。」
「・・・・そう。」
彼女は、急に目を伏せて、悲しげに顔をゆがませた。
―――僕のことをどう思ったのか、知らないけど、彼女は迷っている。
僕の勘違いでなければ、自分の気持ちと、「主人」を天秤にかけている。
―――やはり、彼女は普通の女の子だ。
敵なんかじゃない。純粋で、可愛らしい、普通の女の子だ。
―――だけど、そんな彼女を操っている奴がいる。
そいつに僕は、激しい怒りを感じた。
もし、そいうがここにいたら、一発ぶん殴ってやる所だ。
そして、彼女の手を引いて、一緒に逃げているだろう―――
でも、今はそれはできない。
まだ、彼女の後ろにいる人物が分からないのだから。
「・・・・やっぱり、ロビンさんに関わるべきじゃなかった。」
彼女は、僕に背を向けて、そう言った。
どんな顔をしているのか、僕からは、見えない。
「・・・・こんな想定外のことが起こるなんて・・・知らなかったもの。」
想定外・・・そうだね、僕にとっても、彼女にとっても、この状況は想定外だろう。
・・・こんな形で僕も再会したくなかったよ。
「・・・・さよなら。
追いかけないで。追いかけたら、貴方を殺すしかないから・・・・。」
カルラは、何かを堪えるようにそう言って、歩きはじめた。
彼女の声は、震えていた。
彼女の天秤は、「主人」に傾いたのだ。
ここで、彼女を追ったら、たぶん、間違いなく、彼女は僕を殺すだろう。
・・・・・・そんなこと、彼女にはさせたくない。
彼女の中は、まだ純粋で、真っ白だ。
そんな彼女を、これ以上汚したくない。
―――きっと、次に会う時は、彼女は僕を殺そうとするだろうな。
なんとなく、そんな予感がする。
―――まったく、本当に。運命というのは残酷なものだ。
彼女が敵と分かっていたとしても、簡単に恋心を捨てることなんて出来ない。
むしろ・・・・。
―――できれば、この先、彼女と会う機会がなければいい。
どんなに祈っても、それは叶わないかもしれないけれど、この瞬間だけは、祈らせて欲しい。
僕は、彼女を殺したくはないから。
彼女も、これ以上誰も殺して欲しくないから。
END