Case8 悪魔、魔力開放する
「お前、その格好一体どうしたんだよ……」
一応、聞いておく。どうせとんでもない回答が帰ってくるんだろうけどな。
一体次は何だ?人体実験の弊害か?俺、実は狼男だったんだ、なのか?
「ん、ああ、これか。俺って実はな、悪魔と人間のハーフだったんだ」
おっと、これは予想の斜め上を突き抜けてくれましたね。藤崎さん思いもしませんでしたよ。
「俺の父ちゃんってのがケルベロスなんだけどよ、あ、ちなみにケルベロスてあの三つ首の地獄の番犬ね。その父ちゃんがさ、ある日気まぐれで人間界にやってきたの。人間の姿に変化して。そんで、俺の母ちゃんに一目ぼれして、そのまま結婚。信じられる?どこのヤンキーかっつう話だよな。しかもさ、父ちゃんさ、地獄の番犬と一家庭の亭主掛け持ちしてんの。毎日必ず晩飯は食いに帰ってくるんだぜ」
「ごめん、天城。俺、お前が何を言っているかよくわからない」
大概の事には驚かないつもりいでいたが、悪魔って。人間とのハーフって。さすがにビックリだわ。許容範囲超えてるわ。
「貴様……この俺が耐え切れない攻撃を繰出すとは、何者だ?」
ゆらりと高槻が起き上がる。二メートルもの巨体は、この学校には大きすぎる。筋肉野郎はわざわざ猫背にしていると言うのに、頭は天井スレスレの位置にある。少しでも跳ねたら、頭を打つ事は確実だ。
「ケルベロスの息子。天城劾。こいよ、アンタ。ダチをやった代償は高くつくぜ?」
「何挑発してんだよ。天城、逃げろ。こいつはヤバイから」
「大丈夫大丈夫。俺、最強だぶらっ!」
余裕をぶっこく天城の顔面を、巨大な拳が捉えた。
「天城ーーーーーィ!」
ゴルフボールみたいに天城の身体が吹っ飛んでいく。ちなみにゆかりとステラは全くそれに気がついていない。二人の世界にはいってしまっている。サミュエルは半分笑い状態だった。
なんてやつだ。この筋肉。
「邪魔が入ったな、特異点。さあ、続きをやるぞ!」
「ほら、だから逃げようって言ったのにー!」
俺だって、ちょっとそんな気がしてきたさ。
天城の尊い犠牲のお陰でやっと気づいた。ごめんよ、天城。俺がもっと早く決断していれば、あんな事にはならずに済んだのに。
「いやあ、効いた効いた。ごめんよ、オッサン。俺、アンタの事ちょっと見くびってたわ」
あ、生きてた。
よろよろと片足を引きずりながら天城が帰ってきた。それにしてもボロボロだな。今の一撃でだよな?
「ほう、俺が一発殴って死ななかったのは、七十三人ぶりだぞ」
……こいつ、普段どこで何してるんだ?てか、俺も危うくそのカウント進めそうだったよな?
「ま、こちとら悪魔の血が入ってるんでね。こんなので死んだら、地獄の父ちゃんに合わせる顔がないんだよ」
天城、なんかカッコいいこと言っているが、お前は大丈夫なのか?素直に逃げた方がいいんじゃないのか?こいつ、誰も勝てないぞ。
レイラが俺の袖を引いていた。逃げよう、というアピールだ。俺だってそうしたくなってきた。あっちで人外バトルを繰り広げているゆかりなら、こいつからも頑張って逃げ切れそうだし。でも、今そんなことしたらこの脳筋が地の果てまで追ってきそうで、怖い。
「オッサン。俺の本気、見せてやるよ」
「ほう、それは楽しみだ」
天城は一言、いくぜ、と呟き、その右手に刻まれた紋章を掲げた。
「魔力、開放!!」
天城の右手の紋章から、黒いオーラが流れ出た。それは次第に天城を包み込んでいく。天城の目の色が赤いものへと変わる。
全身の怪我もみるみるうちに治っていく。ほう、さすが魔力開放しただけあるな。素人目にもわかりやすいすごさだ。
両手の爪が伸び、歯が尖り、さらに獣っぽくなっていく。
「ほう……俺の僧帽筋が高ぶっているッ……」
僧帽筋ってどこだよ。そんな筋肉、初めて聞いた。
「待たせたな、オッサン。これが俺の本気だよ。きやがれ。ぶちのめしてやるぜ」
「そうだな。まずは特異点の前に、貴様を我が筋肉の餌食にしてやろう!」
悪魔と筋肉オバケがバトルを開始した。もう、なんなんだよ、この空間。
高槻がその巨体からは想像もつかない素早さで拳を連発するのに対し、天城は真っ黒いオーラを纏った手で、その全てを受け止めていた。そのたびに衝撃波によって周囲の窓が割れ、蛍光灯が割れ、さらには教室のドアが真っ二つに裂ける。
もう一方の戦いと言えば、なんかステラはサイコキネシスだけじゃなくて火炎放射やビームまで撃ち始める始末だし、ゆかりはゆかりで、なんかどす黒い雰囲気を纏った刀を手に握っている。今、その刀で炎を切った。炎を切るって、どんな刀だ。妖刀か?妖刀なんだな?
今度は高槻が攻撃に転じていた。どこからともなく取り出した拳銃を振りかざし、それを筋肉野郎にむけて連射している。筋肉野郎はそれを反射的にほぼ受け止め、そうできなかったものは筋肉を硬化させることで防御していた……もう、勝手にしやがれ。
「さあ、正太郎。今の内に」
「ああ……俺、もう疲れたよ……」
何かもう駄目だ。つっこむ気すら起きなくなってくる。精神の限界だ。やるせなさまでこみ上げてきた。
そんな俺の疲弊しきった精神を読み取れるくせに、テレパスのクソ野郎ってやつは。
「君、ちょっとごめんよ」
サミュエルが俺の目の前にテレポーテーションして現れる。虚を突かれたレイラをどかし、俺の手を握る。
――それじゃ、俺たちと来てもらうよ。
「え、ちょっと待っ」
意識が捻じ曲がる感覚が俺を襲う。