Case5 超能力者、来訪する
ああ、俺は夢を見ているんだろうか。
「この、よくもー!」
レイラの叫び声が三階のこの教室まで聞こえてくる。
今は授業中のはずで、けれど多分、学校のほぼ全ての生徒が校庭へと視線を向けているだろう。教師がそれをとがめる事もない。生徒たちと同じように、窓の外に釘付けになっているはずだ。
教室の中の全員が窓際にへばりつくようにして校庭を見下ろしていた。俺はその最前列でその光景を目の当たりにしている。
「えー……マジかよ……」
天城がげんなりとした表情で呟いた。じんじられない、と言うように。俺も同じ気持ちだよ。多少お前らよりは状況がわかるけど、でもやっぱり、何かがおかしいと思う。
「あれ、何なの?」
ゆかりが指差した先には、巨大な大砲を抱えるソースケがいた。連続で引き金が引かれ、数発のミサイルが飛んでいく。
その横ではレイラがコンパクトを構え、そしてそのコンパクトからビームを発射していた。
目標は校庭に突っ立っている三人。直撃すれば恐らく即死であろうその攻撃を、二人の未来人は躊躇いもなくぶっ放した。
おいおい、あいつら冗談だろ?
しかし攻撃は真っ直ぐに目標に向かっていく。
直撃。轟音。振動。校庭に土煙が舞い上がった。教室にざわめきが走る。
「おい、なんだよあれ」「テレビ撮影?」「バカ、そんなのあるわけないだろ」「だったらなんだよ」「イタズラなんじゃないの?」「火薬つかったのかなあ」「アレなんだよ。ロケットランチャーか?」「あれで人、生きてるのかよ」「あの女、うちの制服着てるぞ」
頭が痛い。訳がわからない。
いきなりやって来たかと思ったら、散々引っ掻き回してどっかに消えて。帰ってきたと思ったら校庭でドンパチやらかして。しかも、殺人まで……
「おい、あれ見ろよ!」
クラスの誰かが叫んだ。その声に反応して、教室中の一箇所に眼差しが向けられる。
空中に三人の人間が浮かんでいた。
え?
「人が、飛んでる?」
ゆかりが眉をひそめながら言う。その言葉を口にしたのは、誰かに否定してもらいたかったからだろうか。
だが、誰も否定できない。人は確かにそこに浮いている。
三人は競泳水着みたいなスーツを全身に纏っている。赤みの掛かった髪と薄い茶色の男が二人、金髪の女が一人。遠目からでも、顔立ちから何から、日本人ではないのがわかる。
それにしても、なんて格好なんだろう。身体にフィットしすぎている。黒と灰色の配色が入り混じったスーツは、正直まともな奴が着るものとは思えない。コスプレか何かなのだろうか。
いや、そもそもなんで、どうやってあいつらは宙に浮いているんだ? まさか、またあの未来人たちの関係者なのか?
その間にも、レイラとソースケが一斉射撃を行っている。無数のビームが三人に向かい、鉛の雨が重力に逆らって襲い掛かる。
だが、三人は何をするわけでもなく、ただそこにいた。ビームや鉛球が自ら避けていくのだ。
――未来じゃ普通なんだよ、超能力者。
レイラの言っていたことが思い出される。そういうことなのか? また、お前らの関係者なのか?
「勘弁してくれ……」
もううんざりだ。俺はもう、あいつらと関わりあいたくない。
そもそも、俺が独裁者だと? 俺は親父や教師をあいてにですら反抗した事がないんだぞ? その俺が、そんな俺が、どうして独裁者なんだよ。
三人の内の一人、赤みを帯びた髪の男が地面へ降下した。同時に、金髪の女と茶色い髪の男がどこかへ飛んでいく。
レイラとソースケがその二人に向かって引き金を引いた。しかしそれらは目標に命中する事はなく、自ら不自然に上空へと逸れていく。
二人は難なく攻撃をかわし、何処かへ消えていった。屋上の方に向かったみたいだが、ここからじゃ正確な位置はわからない。
「なあ、もしかして、学校の中に入ってきたのかな」
天城がそう言った直後、放送のチャイムがスピーカーから鳴り響いた。
「早川さんがいらっしゃいました。早川さんがいらっしゃいました」
若干震えた声のその放送は、学校に誰かは侵入したことを意味している。
学校で決められている、不審者が侵入したときの為の暗号的な放送。学生なら殆どが知っている。
「早川さんって、空を飛んでたあいつらのことだよな」「本当に飛んでたの?」「全部、作り物なんじゃねーの?」「よくできたグラフィックとか」「何のためにそんな事するんだよ」「だってビームとかなんてありえないし」「空飛べるわけないし」「でも、現に飛んでたけど」「ありえない」「夢じゃないよな」「集団幻覚?」
「みんな、とりあえず落ち着け!」
ざわめく教室を、教師が一括した。しかしその声は震えている。動揺しているのが丸わかりだ。
窓の外では、レイラとソースケが一人残った男に対して銃撃を浴びせていた。しかし男はその全てを弾き飛ばしている。超能力者だとするのなら、恐らくサイコキネシスと言うやつだろう。
外人の男は無言のまま二人に歩み寄る。手ぶらだ。その手を二人に向けて翳した。
そして瞬間、レイラの身体が吹っ飛んだ。ソースケは重火器の重みと踏ん張りでなんとか耐えたようだが、直後に一瞬で接近してきた男に顔面を蹴り飛ばされた。
ほぼ同時に、悲鳴が校舎の中に響いた。この階の一番端の教室からだ。
理由はすぐにわかった。やつらが、教室の扉を弾き飛ばしたからだ
「藤崎正太郎はここだな?」
金髪の女の方が言った。日本語だ。その口調は厳しい。
教室に二つの意味でどよめきが走る。金髪でボディライン丸見えのスーツを着た不審者がやってきたのだ。不審者かつ、金髪コスプレ外人。なんだこれは。
「オイオイ、ステラ。皆さん怖がっているじゃないか。少しは事情を説明したらどうだい?」
隣に立つ茶色い髪の男は、外国人とは思えないほど、流暢で軽快に、明るく日本語を話している。そいつの服もボディラインを強調している。一部、もっこりしている場所があるが、つっこんではいけない。
「黙れ。お前の力を使えばどれが目標なのかわかるだろう。早く教えろ」
「ステラ、君は何度言ったら」
「早く教えろといっている」
金髪の外人ねーちゃんが茶色が見の男に詰め寄った。喧嘩かよ。なら、どこか他所でやってくれ。
「ンー、そんなに起こるなって。可愛い顔が台無しじゃない。君もそう思うだろ?藤崎正太郎」
まただ。また、俺の名前を呼びやがった。あいつらは一体――
「何者なんだろうか。ってね」
茶色髪の男が、突然俺に向かってウインクをしてくる。いや、それよりも今あいつ、俺が思っていたことの続きを口に出しやがったぞ?超能力ってまさか、そんな。
「そのまさかだったりするかもね」
茶色髪が寄ってくる。金髪の、ステラと呼ばれた女性も一緒に。
生徒が散り散りになる。俺は動けなかった。身体が動かせなった。まるで、何かに押さえつけられているかのように。
「君が特異点かぁ。そんな風には見えないけどね」
「何でもいい。サミュエル、さっさとこいつを回収しろ。撤退するぞ。あまり目立ちすぎても仕方がない」
茶髪の男の手が俺へと伸びてくる。さっきから何言ってるんだよ。特異点って、あの、レイラが言っていたアレのことか?歴史の決定事項って奴。それに、回収?俺をか?一体、どこに連れて行くつもりだよ。
逃げようとしたが、身体は動かない。瞬きすらできなかった。金縛りにあっているかのようだ。
ヤバイ。なんだこれ。超能力って奴か?そしたら俺、つかまるしかないんじゃ。
「ショウから離れろ!」
俺と外人たちの間を、何か黒いものが通り抜けていった。それを目で追う。ああ、クナイか。なるほどね……は?クナイ?
えっ?