Case2 独裁者、宣告される
そんでもって、今日。
その未来人の言う話では、俺は将来独裁者になる、らしい。
「本当はそんな事止めさせたいんだけどさ、正太郎が独裁者になるのは歴史の決定事項なんだよね」
三合炊いた飯をそいつは一人でたいらげやがった。どんな胃袋してんだ。
相変わらず、服装は露出の高いビキニとガウン。何を考えてるのかわからない。俺の服はきついらしい。主に胸元が。あと、ズボンははきたくないらしい。
うっかり気を抜くと、胸元に目が行ってしまいそうだ。踏ん張れ、俺の理性。
「決定事項って、どういうことだ」
「なんていうのかな、歴史の必然、みたいな。どんなに未来からタイムマシンで過去に言って歴史を操作しようとしても、かえられないことがあるんだよね」
未来人――レイラは「できる君」とやらを操作した。
スイッチも入れてないのに、勝手にテレビが起動した。画面に映っているのは歴史の年表。社会の教科書とかに乗っているやつだ。
「他にもそういう人を上げるとしたら、正太郎以外だったら――例えば、ヒトラー。彼の行動は全て、歴史の必然だった」
ヒトラーってのがどんな人間か、具体的な人格はわからないが、やった事は知っている。
「アメリカ大統領だったケネディとかもそうだよ。ケネディって暗殺されたでしょ? でも、その時の銃弾の軌道はおかしな方向に捻じ曲がってた」
「ああ、それは俺もどっかで聞いたことあるな。何度も弾丸が曲がったとしか言いようのない命中の仕方だったってやつだよな……それも必然とか言うつもりなのか? 」
「もちろん。今の世界に残っているあの弾丸の軌道は、タイムマシンであの時代に行った人間が色んなことをやって、弾丸が到達しないようにと妨害した結果なんだよね。超能力とかで。結果は失敗。何をやっても弾丸はケネディの頭部をぶち抜いて」
「おい、待て。超能力者ってなんだ」
この女、さらっととんでもない事を言いやがったぞ。
「未来じゃ普通なんだよ。超能力者」
もう未来って言えばなんでもありだな。
「で、正太郎が独裁者になるのはそれと同じように決定事項なんだよね。特異点、だったかな。だったら、悪い独裁者じゃなくて良い独裁者になってもらおうっていう、結論に至ったんだ」
「どこから突っ込んだらいいのかわからん」
「ホントの事だってば」
「そんな事があってたまるか」
俺は席を立ち、通学鞄を手に取った。
「どこ行くの?」
「学校だよ、学校。俺はな、独裁者なんか絶対にならないし、歴史の必然なんてのも関係ないし、もしも未来人が存在してたとして、そんなのも俺は一ミクロンたりとも関わりたくないんだよ。俺はな、高校生なんだ。朝日が昇ったら飯を食って学校に言って、クラスメートたちと面白おかしく毎日を過ごし、先生には適度に媚売って内申点もらって、放課後はバイトの先輩の自慢を聞きつつも愛想笑いを浮かべ、店長の理不尽な要望を聞きつつも心の奥底では舌打ちして、夜になったらドラマを見てニュースを見てNHKのドキュメンタリー見て泣いて、そんでメシ食って風呂入って寝るんだ。俺は忙しいんだ。青春を謳歌しなくちゃいけないんだよ。お前みたいな気が違ってるような奴と関わってる暇なんてな、俺にはこれっぽっちも」
「別にいいじゃん、そんなの」
レイラが寄ってくる。あからさまに腕で胸元を寄せ上げながら。
「ねえ……そんなことより、私といいこと、しない?」
上目遣いで俺を見てくる。さっきまでは全く見せなかった、実も蓋もない言い方をするなら、滅茶苦茶にエロイ表情と声で言い寄ってくる。色々とヤバイ。主に俺が。
レイラは立派にむちむちしているくせに、要所要所はしっかり引き締まっていいる。身長は低い。百六十センチもないだろう。俺は百七十センチ。常に俺を見上げる形になる。その顔はどちらかと言えば童顔で、なんていうか、いろいろとミスマッチが……俺のストライクゾーンが狙い打ちに……。
「うるせぇ、ふざけんのも大概にしやがれ!」
俺は感情をごまかす為に怒鳴り散らし、半ば走るように家を出て、鍵を閉めた。
くそ、あの野郎、遊んでやがる。絶対にそうだ。だってそうにきまってる。あの表情、エロイだけじゃなくて、楽しんでいるみたいだった。
つうか、昨日から一体なんなんだ?
悪い夢でも見てるとしか思えない。実際、全部幻覚なのかもしれない。最近、食生活が乱れつつあるのが原因だろうか。いや、そうであってほしい。今日はちゃんと野菜を食べよう。ビタミンを取ろう。牛乳を飲んでカルシウムも取ろう。魚も食おう。インスタント食品は控えよう。一刻も早くこんな妄想からおさらばしたい。
エレベーターに乗って、一階へのボタンを押す。このマンションは十三階建てだ。俺の住んでいる部屋は八階。そこそこに景色がいいから、俺は気に入っている。
「はぁ……ありえねぇ」
「そうそう。ありえないよね。まさか乗ってくれないなんて」
目の前に、ドアから頭だけ生えているレイラがいた。
「……」
「あそこはさあ、もう少し気の利いた切り返しをすべきだと思うの。怒鳴り散らして逃げるなんてサイテー。女の子のこと何にもわかってないでしょ? 私だって、ちょっと恥ずかしかったんだから」
擬音を使うんだったら、にょきにょきか。とりあえず、レイラが這うようにして、エレベーターのドアから生えてくる。片手には例のコンパクト。もう、好きにしろって感じだ。
「ねえ、聞いてんの?」
「え、あーはいはい、聞いてますよ」
「冷たすぎでしょ。私、まだふぃふてぃーんの乙女なのに」
こいつ、下手すりゃ中三? さすが未来の中学生はモノが違う……いや、そこに驚いている場合じゃねぇ。
「ていうかさ、何なのお前。ついて来る気なの?」
「あたりまえじゃん」
なんでこいつは、一々自身ありげに話すのだろう。しかも、俺は年上なんだろう? もう少し、なんというか、尊敬とは言わないまでも、少しくらいの遠慮はあってもいいんじゃないだろうか。
それに、ついて来られるのは色々と厄介なんだ。
「なんで? 嫌なの?」
「……格好が目立つんだよ」
ビキ二の水着にガウンを羽織っているだけ。そんなのが街中を歩いていたら、視線を釘付けにするのは考えなくてもわかる。一緒にいれば俺まで変人の仲間入りだ。
まあ、その辺は建前であって。ぶっちゃけてしまえば、俺はこいつについてきて欲しくなかった。俺の楽しい楽しい高校生活を壊して欲しくなかった。
「そうかなあ。未来だったら普通だけどね」
「馬鹿にするのもいい加減にしろって」
「嘘じゃないって。現代の人間が内気すぎるんだよ」
誰かこいつをどうにかしてくれ。
そんなこんな話している間に、エレベーターは一階へと到着した。自動的にドアが開く。
するとそこには。
「お前が藤崎正太郎だな」
俺の目の前には、サブマシンガンを構える黒服の男がいた。