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第四章「違う朝と違う自分」

††1††

 


 一夜あけた。

 臨死の縁から希望を見出した一日が過ぎた。

 たった一日だが、エヴァーライフは其れ以上の時が過ぎたように感じていた。

 色々な事が起きた。今まで長く生きてきた中でも指折り数えるくらいだ。一日で様々な進展が有ったことは。

 いや……生きながら死んでいたとでも言おうか。

 兎に角空虚な時ばかりを過ごしてきたからそう感じるだけかも知れない。

 

 薄いカーテンから差し込む朝日に起こされたエヴァーライフは、暖かいベッドの上で寝ていたことに一瞬戸惑い驚き、どこか安堵した。今までは大抵路地や木陰で野宿していた為だろう。

 暖炉は既に炊かれており、部屋は暖かかった。

 何だか懐かしさの様なものを感じつつ、それに捕らわれてなるかと急いで靴を履いた。

 翼の目がばれて、いつ何時追い出されるか分からない状況なのだし、懐かしさや暖かさを感じているとその時悲しさが増すと、本能的に感じたからだ。

 人から虐げられ恐れられる存在として生きてきた彼に習慣づけられた本能、とでも言うべきか。緩んだ包帯を急いで巻き直す。

 誰かに突然入室されてはたまらない。ウルスラ以外に、この秘密を知る者は居ない。自分から話す以外に知られてはいけない。

 

 コンコン、とノックの音が鳴った。

「エヴァーライフさん、起きてますか?」

 アンジェの声。

 急いで包帯を巻き終え、ドアを開けて答える。

 突然開けられて、すぐ前に居たアンジェは少しだけ驚いたようだった。

「朝食の準備が出来ました。ご主人様はもう食堂のほうに行かれています。」

 すぐに笑顔を取り戻しそう伝えた。

 しかし、どうも彼らと食事をとりたいと思えない。生理的に苦手なタイプというか……失礼ではあるのだけれど。

 少しだけ間を置いて、エヴァーライフは首を縦に振った。

 

「そういえば、ウルスラの様子はどうなんだ?」

 部屋を出たところで、待っていたアンジェに訊いた。起きているなら見舞いくらいには行こうかと思って。

「昨日よりは気分も良いみたいです。けど……まだ熱が下がらなくて……」 

 不安なのだろう。アンジェの眉が下がる。あまり容態は良くないらしい。

「そうか……」

 食事の後にでも看に行ってみようか、などと思いながらアンジェの後に着いていく。

 

 やがて長い廊下の先に、食堂への扉が見えてきた。

 

 

 

††2††

 

 

 多少待ちくたびれた様な苛立ちを見せていたダグラスだが、エヴァーライフが入室すると急遽笑顔を取り繕った。

 顔をしかめながら頬杖をついていた姿に多少の嫌悪感を感じつつも、表情に出さぬようにと堪える。

 そんな自分にどこか馬鹿馬鹿しさを感じたのに、逆に嘲笑したい気分ではあったが。

「おお、目が覚めましたか。ご気分はどうですかな?」

 決まり文句だ。金持ち特有の嫌らしさが漂う決まり文句。

「お陰様で、気持ちよく朝を迎えることが出来ました。」

 嘘も嘘、大嘘である。何でこんな下手な芝居をうたなきゃならないのかと思った。

 それは良かった、と髭を一つ撫でて、エヴァーライフを席へと案内する。焼きたてのパンとサラダ、ベーコンと暖かいスープが用意されていた。

 アンジェが作ったものなのだろうが、当の本人は食べることが出来ない……おかしな話だ。

 

「エヴァーライフ様は、今まで色々な土地を見て回っておられるのですか?」

 唐突にシルヴィアから訊かれた。

 土地どころか、もっと色々なもの……人の誕生から死まで見てきている。何故こうも他人の領域にずかずかと進入できるのか、こいつらは。

 

 思い出したくないことばかりなのに。

 

 多少腹が立ったが、首を縦に振って答えた。途端にシルヴィアの顔が輝く。

「素晴らしいですわ。もしよろしければ、娘に色々と聴かせてやって下さいませ。あの子は病弱で、なかなか外に出られないものですから……」

 過保護に扱ったが故に培われた体質だろうにと思う。

 余所様の事情に首を突っ込む事はしたくないから何も言わないが。そうですねと適当に相槌を打ちながら食事を口に運ぶ。

 美味しい料理なのだが、この嫌々ながらの感覚のために味わうことも出来ない。兎に角さっさとこの空間から抜け出してしまいたいというのが本音だった。

 

「……食事が終わったら、少し様子を見に行っても宜しいですか?」

 スープを運びながら訊いてみた。

 流石に勝手に屋内をうろうろするわけにもいくまい。

「ウルスラの……ですかな?」

「ええ。昨日は随分酷かった様ですし。」

 少し怪訝そうな表情のダグラス。考えていることは大体察しがつくが、とんだ誤解である。

「……ええ、構いませんよ。そのかわり、あまり無理はさせないように……」

「分かっています。」

 さらりと返す。ちょっとした報復の様なものも込めて。

 何か言いたげではあったが、ダグラスは何も言わずに引き下がった。

 それだけだったろうか、今日の朝食で助かったことと言えば。

 

 美味しい料理。

 暖かい部屋。

 実に何十年ぶりかと思えるほど久々ではあったが、これならいつもの孤独で冷たい食事と何ら変わり映えがないと思った。

 昨日振る舞われたシチューの方がずっと良かった、と。「再び」死を見直す気になったというのに。

 

 希望を見いだそうとしているのに出鼻をくじかれた気がして、エヴァーライフは落胆するのだった。

 

 

 

††3††

 

 

「アンジェ、お腹空いてないですか?」

 上半身だけ起こして、ウルスラは朝食をとっていた。

 昨日よりも随分体調は良かった。

 なるべく埃が立たぬように部屋の掃除をしているアンジェが心配で、なかなか食が進まない。

「ええ、私は大丈夫ですよ。」

 アンジェはそう言っているが、彼女のお腹はきゅう、と小さく鳴いている。ウルスラの眉がハの字になった。

「あ、あはは、大丈夫ですから、ほんとに。」

 少し顔を赤くしながら意味無く手をぱたぱたさせる。

「私はこんなに沢山食べきれませんし、アンジェも少し何か食べないと……」

 アンジェは少し渋っていたが、ウルスラの心配そうな顔を見て、小さく頷いた。

「……それじゃあ、少しだけ。」

 にっこりと笑って、パンを差し出すウルスラ。

 アンジェはそれを大切そうに受け取ると、急いでかじりついた。こんな所を両親に見られたら、また違う罰を受けてしまうだろう。

 

 しかし、すぐにアンジェは食べるのを止めた。

 ノックの音が飛び込んできたからだ。

 スカートのポケットの中にパンを急いで隠し、ドアを開ける。

「あ、エヴァーライフ様……」

 ドアの向こうに居たのは、ダグラスとシルヴィアではなくエヴァーライフだった。

 自分から他人に干渉したがらない雰囲気を持っている彼がウルスラを訪ねてきた事に少し驚いたが、厳しいご主人様でなかったのに安堵する。

 エヴァーライフはアンジェの顔をじっと見た後、ぴっと指をさした。

「そんな顔を見られたら、また罰を受けるよ。」

 一体何のことかと首を傾げたが、鏡を見てみて「あっ」と小さく声をあげた。

 見れば、口の端にバターがこびり付いている。急いで袖で拭った。

「エヴァーライフさん、おはようございます。」

 意外な来訪者に少しだけ戸惑いつつ、笑顔で挨拶をする。

 まさかこの少年が看に来てくれるとは思っていなかった。

 ふん、と鼻を鳴らしただけで挨拶を返してはくれなかったけれど、それでも何だか嬉しかった。

「なんだ、案外良さそうだな。彼女の言い方だと、もっと酷いかと思っていたけど。」

 アンジェを指さしながら言う。

「アンジェは、ちょっと大袈裟な所が有りますから。」

「そうみたいだな。」

 素っ気ない返事だが、なんだかこの少年が返事をしてくれる、ということが何故か嬉しい。少しずつ心を開いてくれているんじゃないかと、そんな気がして。

「……何で笑ってる。」

「あ、いえ、何でも……」

 怪訝そうに顔を覗き込んでくるエヴァーライフ。

 何故だか自然と笑みがこぼれるのだ。

 しかし、ちょっとだけ気恥ずかしくなり、顔を赤らめながら俯く。

 

「ところで、少し話したいことが有る。……二人で。」

 エヴァーライフの顔が、言葉と共に少しだけ暗くなった。その変化から、彼が何の話を切り出そうとしているのか、大凡察しがついた。

 ウルスラも、彼に色々と訊きたいことや話したいことが有る。むしろ、自分から切り出そうかと思っていた。

 

 あの、翼の目の事。

 不老不死の意味。

 そして──……

 

 彼が渇望していた『死』について。

 

「今はまだお父様もお母様も居ます。あともう少ししたら仕事に行きますから、その時に……」

「分かった。そのときになったら、また来るよ。」

 

 エヴァーライフも、ウルスラが何か訊こうとしているのは分かっている。

 

 話をして、互いの運命がどう変わるのか……

 少年はそれが、少しだけ楽しみだった。

更新遅いっす。スマソ;´д`)バリバリ戦闘系じゃないお話って、書き慣れないもんですから;頑張りますのでどうぞ良しなにm(_ _)m

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