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第三章「希望と恐怖と罪悪感」

††1††

 

 

 静かな夜。

 宵闇の衣に包まれたレステアの街は、街灯の灯りを残して光りを消そうとしていた。

 ぽつりぽつりと家々の明かりが消えていく。

 しかし、大きな屋敷からは怒号が轟いていた。

「アンジェ!何故ウルスラから目を離した!あれほど娘を危険な目にあわせるなと言ったはずだ!」

「す、すいません、ご主人様。」

 帰ってきたウルスラの父、ダグラスにこっぴどく叱責され、小さくなるアンジェ。

 顔を真っ赤にして怒るダグラスに目を向けることが出来ず、俯いたままでじっと耐える。

 

「全く、使えないメイドですわね。」

 冷たい目でアンジェを睨むウルスラの母、シルヴィア。

 二人は彼女を『ウルスラの唯一の友人』として見ていなかった。

 ただの召使い、ただの居候。そして、ただの目付け役。その程度にしか見ていなかった。

 

「今すぐウルスラを探して連れ帰ってくるんだ!罰はその後取らせる!」

「……はい……」

 泣き出したい気分だった。

 確かにウルスラから目を離したのが悪いのかも知れないが、彼女だってやらなければならないことが山ほど有る。苦しい言い訳だろうが、事実なのだ。

 勝手に外に飛び出したウルスラを恨みはしない。

 彼女が意味もなく外出することなど無いからだ。たとえ雪に触れたいだけで外に出たのであっても、それはそれで立派な理由なのだし。

 

 アンジェは上着も羽織らずに外に飛び出した。体が凍るような寒さに歯の根が合わなくなる。

すっかり冷えきった門を開いて街道に出た。

 足跡は既に雪に埋もれていて分からない。

 

 右か、それとも左か。

 町中を駆け回ってでも探さなければならないがこの寒さは酷だった。早く探すに越したことはない。

 とりあえず、左手に向かって走り出す。

 うまく勘が働いてくれることを祈りつつ。

 

 しかし、駆けだしてから数分もしないうちに、彼女はウルスラを発見する事が出来た。

 少年の背に負ぶさり、苦しそうな顔で荒く呼吸をしているウルスラを。血相を変えて駆け寄る。

「ウルスラ様、ウルスラ様!」

「今は話しかけるな。かなり弱ってる。」

 少年に言われ、慌てて口を閉じる。

「……こうなったのは僕のせいかもな。」

「あなたがウルスラ様を外に連れ出したのですか!?」

 少年の言葉に食ってかかる。

 もしそうなら、ウルスラには悪いが只ではおかないと思いつつ。しかし少年は首を横に振って答えた。

「そうじゃない……いや、それより早く屋敷に。凄い熱が出ている。」

 言われて、アンジェは慌てて少年を屋敷に連れていった。

 動転していて寒さなど忘れていた。

 

 自分はどんな仕打ちを受けても構わない。

 だから、ウルスラは無事であってくれとアンジェは祈っていた。

 

 

 

††2††

 

 

 どうして私だけみんなと違うんだろう?みんなは外で遊んでる。

 みんな元気に騒いでる。

 なのに、私はそれが出来ない。

 神様の悪戯でしょうか、それとも運命なのでしょうか。

 弱い体を持って生まれた私は、普通を求めたい。

 其れ以上は何も要らないから……

 

 体の芯が暑く、外面が寒い……不思議だけど何度も体験している感覚に、ウルスラは目を覚ました。

 高熱が出てる。頭がくらくらして、息が苦しい……

「良かった!目を覚まされたんですね!」

 すぐさま飛び込んできたのは、アンジェの半泣きの顔だった。

 それだけ見て、察しがついた。勝手に家を飛び出してしまい、困らせただろう。両親に叱られただろう、と。

「アンジェ……ごめんなさい……」

 力無い声で、喋るのも辛かった。

 アンジェがほっとしたような安堵の笑みで、涙で汚れた顔を輝かせる。

「私はいいんです、ウルスラ様さえ無事なら……ご飯一週間抜きでも大丈夫ですし。」

 また酷い罰を受けたものだとウルスラの眉根が寄る。アンジェは慌てて口を閉じた。

「ほんと……ごめんなさい……私が勝手な行動を取ったから……」

「わ、私は大丈夫ですって。お給料で何とかできますし、それに……ウルスラ様が、何時もみたいに助けてくれますし。」

 

 アンジェが食事抜きを受けたのは初めてのことではない。今までに何度も同じ目に遭っている。

 しかしその度にウルスラが食事をこっそり運んだりしてくれて、助けてくれている。

 アンジェの言葉を聞いて、ウルスラは力無くもにっこりと笑った。

「……悪かった。僕の所為で、迷惑をかけてしまった。」

 

 突然の言葉にはっとなる二人。

 部屋の隅に目をやると、少年……エヴァーライフが立っていた。

 ウルスラに安堵と歓喜の笑み。やはり辛そうではあるが、其れと分かる笑みが咲いた。

「エヴァーライフさん……良かった……」

「君の親には感謝されたよ。娘を助けてくれて有難う、ってね。でも、その所為で彼女は辛い罰を受けることになってしまった。」

 少年の顔は暗い。

 しかし、深淵の様に暗い雰囲気が、少しだけ和らいでいるように見えた。

「いいえ、そんなことは無いです。私はどっちみち、罰を受けることになっていたんですし……」

 慌ててアンジェが言う。

 また屋敷を飛び出されては適わない。

 ダグラス、シルヴィアの両人は、彼を娘の命の恩人といった待遇、態度でいたく気に入っている。今夜の寝床や明日の食事は勿論、行く所が無いなら住まわせても良いとすら言い出すだろう。

 そんな彼を、今外に出すわけにもいかない。

 

 それに、アンジェも心配だった。

 彼が何故わざわざ死にに行くような行動を取ったのか分かっていないが、何かしら理由が有っての事なのだろうと察していた。

「兎に角、大丈夫なんですから。心配しないでください。」

 笑顔のアンジェ。

 厳しい罰を受けて尚抜けるような笑顔を見せる彼女に少し戸惑い、驚きながらもエヴァーライフはそれ以上言うのを止めた。

「とりあえず、君は休んで。僕が言うのもおかしいけど、今はかなり弱ってる。熱がまた上がってもいけない。」

 エヴァーライフの言葉に微かに頷き、ウルスラは目を閉じた。

「……ありがとう。」

「気にするな。君をあのまま放っておいたら……」

「そうじゃなくて……でも……ありがとう……」

 

 ウルスラの真意を察してか、エヴァーライフは頷いただけで返した。

 間もなく、ウルスラは寝息を立て始める。

 

 安心したのか、少しだけ安らかな寝息を。

 

 

 

††3††

 

 

 ウルスラが眠りについてから、エヴァーライフは食堂へと案内された。

 ウルスラの両親が改めて礼を言いたいという事らしい。

「ご主人様、エヴァーライフ様を連れて参りました。」

 

 おずおずと言うアンジェの言葉に続いて、通せ、とだけ返ってきた。

 声の雰囲気から、まだ怒り冷めやらぬといった感じである。アンジェが小さくなった。

「怒る相手を間違えてる。悪いのは僕なのに……」

 自分にしか聞こえないような小さな声で呟き、食堂へと入る。アンジェは姿を隠すように扉の前から離れた。

 

「おお、よくぞ私の娘を助けて下さいました!」

 小太り気味で立派な髭を生やした男、ダグラスが大袈裟な身振りと共に歩み寄ってきた。

 さっきまでの怒りの声色は無く、満面の笑みである。

 次に彼はエヴァーライフの手を取って、一方的な堅い握手を交わす。

「本当に感謝いたしますわ。」

 銀の長い髪、綺麗な碧の瞳を持つ女性シルヴィアがにこにこと笑いながら優雅にお辞儀をした。

 ウルスラは母親に似たと一目で分かるが、纏っている雰囲気が全く違う。厳しい雰囲気、とでも言おうか。

「……僕は――」

「食事など如何ですかな?」

 言いかけて止められた。本当は僕が悪いのに、それを言おうとしたのに。

「いや、結構です。」

 さっきシチューを食べたばかりだ。流石にもう入らない。ダグラスは少しだけ顔を曇らせた。

「ふむ、残念ですな。食事を取りながら談話でもと思ったのですが……」

 何を話すのか、大体の予想はついていた。どうせ他愛のない話だろうが。

「それより、怪我をなさっておいでのようですわね。アンジェの気が回らない事はお許し下さい。直ぐに治療できるようにして差し上げますわ。」

 ぼろぼろに擦り切れた包帯を見やり、眉根を寄せるシルヴィア。

 少年にとって迷惑の種であるが、この場で邪険に振り払うことも出来ないだろう。しかし、大きな嘘をついて医者を呼ばれでもしたらたまらない。

 

 少し考えて。

 

「これは僕の傷跡を隠すものですから、気にしないで下さい。包帯は自分で取り替えます。」

 

 ウルスラとは違うタイプの人間、強く言ってはむしろ要らぬ疑いを招くタイプと見て、努めて丁寧な口調で言った。

 ――それに、あながち嘘ではない。

「そうですか……では、後で新しい包帯をお持ちしましょう。」

 この眼……翼の眼を見られて怪物呼ばわりされるのは構わないが、警備隊などに通報されてもかなわない。すんなりと煙に巻けた事に安堵する。

「それでは、今日は家に泊まっていって下され。部屋はアンジェに用意させます。」

 アンジェの名を出して、ダグラスは少々渋そうな顔をした。溺愛する娘を危険に晒したという風に思っているために根が深い様だ。

 エヴァーライフはそんな彼の顔を見て、罪悪感を感じていた。

 

 軽く一礼して、エヴァーライフは食堂を出た。

 ウルスラに興味を持った彼としても、泊めてもらえるのは有り難かった。一応、彼女の容態が良くなるまではこの家に通うか、泊めてもらうかするつもりではあったし。

 

 部屋を出た先には、アンジェが待っていた。

 少しだけ暗い表情を廊下に落としていたが、エヴァーライフが出てきたところで笑顔を作った。

「お部屋に案内しますね。」

「有り難う。」

 痛々しくも見えるその笑顔に罪悪感を深めつつも礼を言った。謝ったところで、さっきみたいに「気にしないで下さい」と張ることは分かっているし、喜びはしないだろうと思ったからだ。

 

 案内された部屋は今は使われていない一部屋だったが、ベッドやタンス、姿見などがきちんと配置されていた。

「この部屋は、元はウルスラ様のお爺様が使われていた部屋なんです。でも、家具は自由に使ってもらって結構だと旦那様が申されてました。」

「分かった。有り難う。」

 成る程、タンスの上にある小さな額縁に収まっている人物画は、そのウルスラの祖父のものなのだろう。ダグラスはどうも彼に似なかったらしい。

「それでは、私はこれで。」

 アンジェが部屋を出ようとして、途中で止まった。

 くるりと振り返って、にっこりと微笑む。

「……有り難うございました。」

 それだけ言って、彼女はドアを閉めた。

 

 

 エヴァーライフはアンジェの笑顔を見て、ダグラスとシルヴィアの笑顔を見て、深い罪悪感と嫌悪感の様なものを感じていた。

 感謝されるのが嫌だった。

 むしろ悪いのは自分なのに、と。

 姿見に自分を写し、包帯を取った。そこには嘲り引きつる自分の顔と、翼の目が写っている。

 自分のこの呪われた運命に、今の『ウルスラ』はどう影響するのか。

 期待と不安を抱きつつ、用意されていた新しい包帯を巻き付けた。

更新遅いですが、頑張っていきたいと思います。感想や励ましのメッセージなど送ってもらえると多少早くなるかも分かりません(ォィ

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