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第十章「幸福と真なる言葉」

††1††

 

 

 ウルスラと過ごすようになってから、かなりの月日が経った。少しだけ休んでいく、とエヴァーライフは言ったが、もう既に三度目の秋を迎えていた。

 森全体が橙色、黄色、金色に染まり、いつでも曇っている小屋のガラス窓からでも綺麗な光景を見て取る事が出来た。 

 同じ場所に一年以上も留まるなんて事は、今までに一度たりとも有りはしない。それだけこの廃屋が心地よかったのだ。

 

「ただいま。」

「おかえり、エヴァーライフ!」

 今日の収穫で一杯になった麻袋を床に置いて、エヴァーライフは流れてくる汗を拭い取った。ウルスラと共に住むようになってからの彼の仕事は、専ら食料の調達。踏み外した床や壊れたドアなんかを修理するのも、彼の仕事だった。

 最初はなかなか慣れなかった食料の調達も、今では麻袋を一杯にする事が出来るようになっていた。元々野宿で慣れているところも有ったが、ウルスラの手ほどきのお陰だろう。

 近くの川で、草を編んで作った網を使って魚を取り、森にはちょっとした仕掛けを作って野兎などを狩る。野草の採取ももう手馴れたものだ。

 魚や兎を捌くのも、今ではすっかりお手の物。

「今日は結構収穫できたよ。」

「へぇー、どれどれ、見せて。」

 置かれた麻袋を覗き込み、嬉しそうな声と共に飛び上がるウルスラ。

 エヴァーライフが採ってきたものを調理するのが彼女の仕事。料理、洗濯、その他家事全般はウルスラがこなしている。エヴァーライフも料理が出来ないわけではないのだが、やはりウルスラの作るものとはは全く比べ物にならない。

「それじゃあ、もう夕飯作っちゃう?」

 まだちょっと早いけど、と付け加える。秋の太陽は早く沈むが、未だ外は明るい。木々の合間から差し込む夕焼けが色とりどりの木の葉を照らしている。

 見慣れた風景ではあったが、この森には飽きが来なかった。

「いや、僕はウルスラに合わせるよ。ウルスラが食べる時に、僕も一緒に食べる。」

 お腹は確かに減っているのだが、自分の分とウルスラの分、二度料理させるのは悪いと思って。

「ん〜、別に気を回さなくても良いんだけどなぁ……まぁ、そこがエヴァーライフの良いとこなんだけどね。」

 エヴァーライフの意図を察したか、ウルスラがうんうんと頷く。しかし、納得したような表情から一転、今度は悪戯な表情に変わる。

「それじゃ、私はエヴァーライフが食べたくなったら食べるわ。その時に料理を作って、一緒に食べる。」

「おいおい。」

 予想外のカウンターを受け、エヴァーライフは渋い顔。ウルスラには、なかなか勝てない。

 

 ウルスラの腹が空くまで待つのも良いが、そうなると今日中には無理になりそうだ。意味無く張り合う時の彼女は、頑として譲ろうとしないから。

 早めに折れる方が頭が良い方法だということは、この長い年月の中で了解している。

「分かった、それじゃあ夕飯作ってくれるかな。」

「任せといて。今日も美味しい料理、一杯作ったげるから!」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべなら、ぱたぱたと調理場へ駆けていくウルスラ。そんな彼女の後姿を眺めながら、やれやれ、と溜め息をつくエヴァーライフ。

 しかし、彼はこんな彼女とのやり取りに、怒りも呆れも無く、むしろ妙な充実感を感じるのだった。

 

 

 

††2††

 

 

「どう、美味しい?いつもより手をかけて作ったんだけど。」

 いつもよりちょっとだけ早い夕食。袋一杯に詰まったあれだけのものを全部使ってあるわけではなく、幾つかは保存用に乾燥させたりしてある。それでも、いつもの食事よりも豪勢な料理が食卓に並んでいた。

「うん、美味しいよ。」

「いつもよりも?」

 毎度毎度、料理の出来を確かめてくる。エヴァーライフが正直に「美味しい」「不味い」と感想を言うためだろう。料理の腕を上げたいから、という理由なんだそうだ。

「いつもと同じ。」

 エヴァーライフがつっけんどんに答える。ウルスラの両頬が膨れた。今年でもう二三を数えるというのに、彼女はよく子供っぽい表情をする。

「どういうことよ。」

「どういうことも何も。」

 いかにも、疲れてるんだ、といった調子のエヴァーライフ。

「いつもより腕によりをかけたのに?」

「うん。」

 さらに頬を膨らませる。

「結構酷いね。こういうときはお世辞の一つでも……」

 言うものじゃない?と言おうとしたウルスラの言葉が止まった。

 エヴァーライフの肩が小刻みに揺れている。

 訝しげに首を傾げてみると、次の瞬間エヴァーライフはアッハッハと笑い出した。

「今度は僕の勝ちかな。さっきはしてやられたからね。」

 夕飯前のやりとりの報復。そういうことかと気付いたウルスラが、顔を真っ赤にした。うなる右手。

 パァン、と鋭い音が、ようやく暗くなり始めた森に響く。

「ちょっ、手を上げるのは反則だぞ!」

 打たれた左の頬を押さえながら、涙目でエヴァーライフが言う。ウルスラの平手打ちの跡がくっきりと残っていた。

 手首のスナップ抜群の平手を繰り出したウルスラは、気を悪くしたか、ぷいっとそっぽを向いて「馬鹿!」とだけ。目が座っている。

「全く、どれだけ経っても子供みたいな奴だな。」

「エヴァーライフが老けてるだけよ。」

 自分だけに聞こえるくらいの声でぼそり、と洩らしたはずが、しっかり聞こえていたらしい。彼女の地獄耳には感服する。

「いや、でもさ。」

「何よ。」

「今日の夕飯は、特別美味しいよ、うん。これは本当。意地悪して悪かった。」

 どうもウルスラには勝てないなと呆れつつ、折れるエヴァーライフ。いつにも増して手の込んだ料理だし、味も良いのは本当の事なんだけど。結局自分が負けているのがなんだか滑稽で、呆れもしたが。

「本当に?」

「本当だよ、いつもより美味しい。」

「それじゃ許してあげる。これからは素直にそう言ってよね、もう!」

 元々ウルスラだって怒ってはいなかったのだろう。わざと頬を膨らませながらも、にやけ笑いが表面に浮かんでいる。

 今日の食卓も、いつも通りだが充実したものだった。

 

 時に、エヴァーライフは思う。

 ひょっとしたら、ここが僕の居るべき場所なんじゃないかと。

 失った記憶を探すよりも、ここで暮らす方がずっと楽しいのではないか、と。不死の為の悲しみは、やはりいつか訪れるものと知っていても。

 そう、思うことが出来た。

 

 

 

††3††

 

 

 食事も終わり、夜も更けた。

 エヴァーライフとウルスラは、同じ部屋で睡眠を取る。というか、三部屋しかないこの庵に、エヴァーライフの寝る場所はここしかないのだ。ウルスラはベッドで、エヴァーライフは床で。流石に同じベッドに寝るわけにもいかない。

 しかし、いつもなら就寝している時間に、エヴァーライフとウルスラは、床に座って見詰め合っていた。ウルスラが突然、話が有ると持ちかけてきたのだ。

 窓から微かに入る月明かりが、真っ暗な室内を淡く照らしてた。

 

「で、話って何?」

 話が有ると言った割には、ウルスラは話しだそうとしなかった。怯えのようなものが空気から伝わってくる。

 寝ようかと言ってから、長いこと静寂が経っている。

「あの、さ。」

 静寂の中から聞こえてきた、か細い声。話を促すのも何だと思い、彼女の次の言葉を待つ。

 いつもなら何でもすぱすぱと言ってしまえる彼女にしては珍しい。何を戸惑っているのか。

「ずっと訊こうと思ってたんだけど、もう随分、私と一緒に暮らしてるよね?」

「そうだな。」

「それで、エヴァーライフは……もう、いいの?」

「……何が?」

「自分の記憶を探さなくて。」

 もう三年間もここで暮らしている。それを、自分が引き止めた所為だと思っているのか。

 

 ウルスラも、エヴァーライフの不死の苦しみは、この長い年月の間に解っている。深入りはすまいと質問は避けてきたが、それでも彼の心の痛みは、一端だけかも知れないけれど理解できる。共に暮らしてきた間で、ウルスラも少しは変わった。性格は変わらぬままとしても、やはり歳相応の変化をした。でも、エヴァーライフは出会った頃と何ら変わりはない。

 その不死の秘密を明かす事が出来るかもしれない、彼の十六歳以前の記憶。それを探す事はやはり大切な事だと思うし、必要な事だと思う。知る事が出来れば、少しくらいは痛みが和らぐかもしれない。何か打開策が見付かるかもしれない。

 そう思ったからこそ、日々不安でしょうがなかった。

 

「そうだな……」

 エヴァーライフも考える。ウルスラの持つ不安もお見通しだ。

 しかし、適当な事を言ってあしらう事だけはしたくなかった。嘘をつきたくはない。

 

 ややあって。

 

「僕は、ここに居て、ウルスラと過ごすのが楽しい。失った記憶を探すよりも、ウルスラと色々な思い出を創っていく方が良いんじゃないかって、そう思えるようになった。確かに自分の不死の秘密を探す事は、自分にとって良い事になるのかもしれない。このままずっと暮らしていれば、確実に僕より先に君は逝く。だけど……」

 言いかけて、エヴァーライフは言葉を切った。

 自分が今言おうとしていた事は、時が止まった自分の体の事を考えれば、後々になってひどく後悔を残すものに成り得ると思ったから。

 この言葉を言えば、確実にこの先辛い思いをすることになる。


 だけど……

 

「僕はウルスラと一緒に居たいと思った。僕は、ウルスラが好きだ。」

 

 正直に言った。

 言う事に躊躇いはあったけど、自然と言う事が出来た。不思議な感覚だった。

 

 人を好きになる。

 人を愛する。

 そんなことは初めてだったけど、それでも自然に言う事が出来る言葉。

 どこか照れくさいけれど、言った後の満足感は、抱いていた不安を凌駕した。

 

「だから、もういいんだ、探さなくて。探せる時に探せば、それで良いんじゃないかと思うよ。」

「……ほんとにもう、よくそれだけ恥ずかしい事をペラペラと言えるものね。」

 暗くてよく見えないが、きっと彼女は笑っている。そして、泣いている。声が震えていたから。

「僕は正直に言ったつもりだけど?」

「うん、分かってる。……ありがとう、エヴァーライフ。」

 

 幸せというものを感じた事は、幾らでもある。

 食事が美味しかったり、人から優しくされたりしたら、やはり幸福感を感じた。

 でも、今の気持ちはそれらとは質が違う。

 

 シアワセ。

 

 自分の答えに対する彼女の「ありがとう」の言葉に、エヴァーライフは其れを感じていた。

約一ヶ月ぶりの更新になってしまいました^^;


まとめて書いている小説を書きながらと、新たな小説の構想を練りつつだったので、書き上げるのに随分と時間が……(汗)


こんな調子ですが、頑張っていきたいと思います。どうか温かい目で〜(そればっか;)

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