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第一章「生と死と」

††1††

 

 

 どうして僕は死ねないんだろう。

 どうして僕は死なないんだろう。

 今すぐにでも命の鎖を断ち切りたい。


 でも…


 僕は怖い。

 死ぬのが怖い。

 

 神よ、どうして僕を造ったのですか?

 もしもこれが神の悪戯ならば、僕はあなたを呪うでしょう。

 

 誰か、僕を殺してください。

 楽にしてください。

 

 これ以上、色々なものを背負うには……

 僕の肩では耐えきれないから……

 

 

 

 

††2††

 

 

 

 天使の白い羽根が舞い落ちる様に、雪が降っていた。

 レステアの街の石畳を、純白の絨毯が埋めていく。

 

 天使の贈り物、と彼女は呼んでいた。

 足を踏み出すのも勿体無いと思えるほどに敷き詰められた白銀。

 家々の窓から洩れる光に照らされて、きらきらと輝いて綺麗だった。

 大きな屋敷の門の前で、彼女は降り注ぐ雪を見つめていた。水色が少し混じった銀色の長い髪と白い肌が、雪に溶けて栄える。

 逆に黒の長衣とロングスカートがはっきりと映し出されて、画家が通れば絵に収めようとするほどに整った光景であった。

「ウルスラ様、家の中に入って下さいませ!風邪を召されます!」

 

 雪を見ていた少女…ウルスラが、言われて振り返った。

 屋敷の門が開け放たれ、中からメイドが飛び出してくる。

 歳の頃十八といった所か。

 そばかすと大きな丸眼鏡、栗色の長い髪をゆったりとした三つ編みにしている。

「大丈夫ですよ、アンジェ。今日は体調も良いですし…」

「そういう訳にはまいりません!ご両親が外出なさっている間に風邪を引かれては、私が叱られてしまいます!」

 

 アンジェに引っ張られ、渋々と屋敷に入るウルスラ。

 彼女は生まれつき、体が弱かった。今まで何度医者にかかったか分からない。

 アンジェが過剰なまでに心配するのはそのせいだろう。

「ごめんなさい、あなたに迷惑をかけてしまいますものね。」

 扉を閉めるアンジェの後ろ姿に、眉を寄せながら謝る。

 彼女はウルスラが心配でたまらなかったのだろう。

 まだ幼い頃からずっとこの屋敷に勤めてきた彼女は、ウルスラの最大の友人であり、家族の一員であった。体の弱いウルスラを何時も気にかけて……両親以上に心配してくれていた、と言っても過言ではない。

 アンジェは、ウルスラが雪が好きなのは兼ねてから知っていたが、やはり彼女の体の方が大切だった。

 雇われ、居候として働くメイドだから、という理由ではなく。

「ウルスラ様は、お体が弱いですから…あまり無理をされると、心配になります。でも、私は迷惑だなんてこれっぽっちも思いませんよ。」

 にっこり笑いながら、アンジェがウルスラの髪に降りた雪を払う。

 ウルスラも、アンジェの笑顔を見て笑った。

 

 

 部屋に戻っても、ウルスラは外を眺めていた。

 窓を開ければ冷たい風が入ってくる為、またアンジェを心配させるのも悪いので、閉めたまま。木製の揺り椅子に座って窓から外を眺める。

 屋敷の三階から見る銀世界は、かくも幻想的だった。

 

 遠くに連なる山々は少し霞んでいるが、雪に覆われて真っ白になっているのが分かる。

 街の姿に目をやれば、白銀で覆われた屋根や、少しだけ顔を覗かせた煙突から白い煙が上っているのが見えた。街灯の淡い光が雪に乱反射し、街を幻想に染めている。

 目の前の道では子供達が寒さをものともせずに走り回り、雪玉を投げたり雪だるまを作ったりして遊んでいる。

 

 いいなぁ、とウルスラは溜息をついた。

 外で元気良く遊ぶ、なんてことは体験したことがない。生を受けた時からの病弱な体に嫌気がさすことも有った。

 

 私も、友達と一緒に遊びたい……

 今居る友達はアンジェ一人だけだけど、二人ででも色んな事が出来るだろう。

 山に行ったり、河や海に行ったり、窓の外で遊ぶ子供達みたいに雪の中で遊ぶ事も出来る。

 

 暖炉の暖かさの中で椅子に腰掛け本を読むくらいしか、今の私に出来る事は無い。

 

 そう考えると、少し悲しくなった。

 

 

 そろそろ雪を眺めるのは止めて本でも読もうか。

 そう思って椅子から降りようと思った、その時だった。

 

 視界の隅に、雪の上に倒れている少年の影が映ったように見えた。

 急いで視線を戻す。

 少年の姿を探して……見間違いであってほしいと祈りつつ。

 しかし、路地に目をやったとき、ウルスラは青くなった。見間違いなんかじゃなかった。路地に少年が倒れている!

「大変!」

 

 椅子から立ち上がり、急いで部屋を出て階段を下る。更に一階へ。

 キッチンで夕飯の支度をしているアンジェの元へと走る。長いスカートが邪魔だった。

 

「アンジェ、大変なの!」

 

 キッチンのドアを勢いよく開け、ウルスラが悲鳴に近い声を上げた。

「どうしたんですか!?ウルスラ様!」

「外で、男の人が倒れています!早く助けてあげないと!」

 蒼白のウルスラを見て、アンジェは急いで火を消した。鍋に蓋をして、ウルスラに駆け寄る。

「どこですか!?私が行きますので!」

「説明している暇はありません!」

 アンジェの手を引っ張って、ウルスラは外へと駆けだした。

 ウルスラ様は部屋に……というアンジェの言葉は、尾を引いて消えていった……

 

 

 

††3††

 

  

 誰も居ない路地に入ったのは、人目を避ける為だった。

 少年は右目を覆うように包帯を巻いていた。包帯は黒く汚れて擦り切れていた。

 この目だけは、誰にも見られたくなかったのだ。

 しかし彼は今、体力の限界から倒れていた。

 もう十日もなにも食べていない。

 雨露等で渇きを潤す事は出来たが、からっぽの胃袋はもう限界だった。

 

 少年は笑った。嘲笑だった。

 僕は望んでいたじゃないか。死ぬことを。

 もうずっと死にたいと思っていたじゃないか。

 

 こんな最期でも良い。

 

 餓えと寒さで一人寂しく死のうが、さっさと呪縛から解き放たれるならそれで良い。

  

 

 今までずっと、汚れ続けてきた報いかな。

 

 少年はゆっくりと目を閉じた。

 死にたいと思いつつも死を恐れていたが、いざその時になればなんてことは無い。

 

 ゆっくりと、ただ迫ってくる望みの時を待つ……

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 突然の声に、少年はうっすらと目を開けた。

 視界がぼやけていてよく見えないが、銀の長い髪の少女が心配そうに覗き込んでいるのが分かる。

 

 天使が来たか……

 そう、錯覚した。再び目を閉じる。

 

「僕を……死なせ……て……」

 

 

 最後にそう呟く。

 目の前が真っ白になっていく。まるで、雪に覆われたこの街の様に。

 

 

「アンジェはそっちから抱えて。私はこっちから支えますから。」

 

 少年を抱え上げるウルスラ。結構重たかった。

「医者に運ばないと…この人、顔が真っ白になってますし、呼吸も浅くなって……」

「医者に運んでいる時間はありません。家にそのまま運びましょう。」

 四苦八苦しながらも、どうにか二人掛かりで抱え上げた。

「でも、ご主人様がなんと言うか……」

「お父様とお母様は、私が何とかします。早くしなきゃ……」

 

 アンジェは解っていた。

 ウルスラは芯が強く、言い出したら聞かない所がある。特に、こういった人助けの時は。

 意外と重く、両足を引きずる様にしながらも、二人は少年を運びだした。

 

 

 死ぬって何だろう。

 死ねば天使が舞い降りてきて、天国へと連れていってくれると誰かが言っていた。そして神から転生の命を受け、また新たな生を受けると。

 

 しかし彼の人は、永劫続く虚無へと落とされ、何も感じず、何も考えず、魂だけとなって漂うと言っていた。

 

 

 不確かな『死』の理論。しかし確実に有るのは、死に対する恐怖だけ。

 

 天国だろうが虚無だろうが、慣れ親しんだこの世界を離れるのは怖かった。

 

 たとえ、その命が汚れていようとも…

 

 

「うう…っ」


 小さな呻き声を上げ、少年は目を覚ました。

 視界は少しぼやけているが、屋内に居るということは分かる。

 

 ここは、天国か?

 

「あっ!目を覚まされたのですね!良かった!」

 

 突然、耳に少女の声が飛び込んできた。

 声が上がった方を見てみると、そこには愛らしい少女の姿があった。長い銀髪に見覚えがある。

 

 いつ見たんだっけ、あの銀は……

 

 動けそうなので、上半身だけ起こす。

 周りをよく見てみれば、天国なんかではないことが分かった。

 残念だったが、心のどこかでほっとしている。

「あっ!駄目です、まだ寝ていなくては!」

 少女がとてとてと駆け寄ってくる。

「いや、大丈夫。それより、ここは?」

「ここは私の家です。」

 にっこりと笑いながら少女が言った。

 路地で倒れていたのを見つかったか。

 包帯は取られていないようで、安心した。

「どうして僕を……」

 

 助けた、という言葉が、ドアをノックする音で止められた。

 どうぞと言われることも無く、メイドが入ってくる。手には皿を持っていた。

「やっと目を覚まされましたか。」

 

 メイドが、少女と同じく笑った。

 笑顔のまま、持っていた皿を少年に差し出す。

「何も食べていなかったのでしょう?私の特製シチューです。」

「アンジェの作るシチューは、とても美味しくて元気になりますよ。」

 まじまじと、メイド……アンジェの持つシチューを見つめる。湯気が上がっていて、良い匂い……意志とは関係無しに、お腹が鳴いた。

 皿を奪うにして取ると、がつがつと貪り食べた。

 無作法な所を見せてしまったがお構い無し。

 そんな少年の姿を見て、二人の少女はまた笑うのだった。

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