知らなかったこと
それからしばらくして、父から騎士を辞めて嫁に行けという手紙が来た。
あたしをこういうふうに育てたのはあなただろう。
それに、辞めるなんて言ったら、みんなから引き留められるに違いない。
騎士に嫁いだ姉からも、「騎士を辞めないなら縁を切る」という手紙が来た。
義兄の部署に突撃し、どういうことかと詰め寄ったら、「お前の振るまいが恥ずかしい」と罵られた。
「何が? どこが? 淑女らしくないってこと?」
あたしが大声を出すので、人が集まってきた。まあ、いい。
誰が見ても非があるのは義兄の方だから。
「違う。男とか女とかいう話じゃない。人として、どうかと思う。
お前と親戚だなんて恥ずかしい」
「お義兄さんまで、オトコオンナとか言うわけ? それって、あたしのせいじゃなくて父親のせいだって――」
「お前、新人いびりで有名なんだぞ。なんで女性の髪を切るんだよ」
義兄は額に手を当てて、そう嘆いた。
「はあ? 騎士のくせに『お嬢様』の理論を持ち込むから、考え違いを矯正してあげようとしてるんじゃない」
「お前こそ、性格を矯正してもらえ」
「ただの騎士と、王女殿下の護衛騎士。どっちが偉いと思っているの?」
「何を勘違いしているんだ? 思い上がるな」
「もう、いい。こっちから縁を切ってやる!」
義兄と喧嘩した翌日、姉からも絶縁すると手紙が来た。
しばらくして、実家からは「勝手にしろ」と実家に置いてあった荷物が送られてきた。
どうして、一生懸命に働いているあたしを認めてくれないの?
味噌っかすの王女が、大国に嫁ぐことになった。あたしも専属護衛として付いていかなければならないだろうか?
この国の男たちは当てにならないから、大国で相手を探すのもいいかもしれない。
「え、あなたなんか連れて行かないわよ」
輿入れが決まってから、妙に強気になった王女が蔑むように言った。
「でも、専属の護衛がいた方が安心ですよね?」
普通の王族にはこんな口をきかないけれど、あたしはこの王女を軽んじていた。
「あなた、わたくしの専属じゃないわよ。普通の騎士は三、四年で異動するでしょ?」
襲撃者に護衛の癖を研究されて、対策を立てられないための工夫だ。
「はい。例外は、特別な信頼関係を築いて専属になった場合だけです」
あたしはこの王女について、もう八年だ。
そう、もうすぐ二十代が終わってしまう。結婚もせず若い日々を捧げた分、利益を回収しなければ。大国の王宮への移住なら、満足できる。
「あなたは引き取り手がいないから、異動から外されていたのよ。
女性騎士が少ないからクビになっていないだけ。それで、わたくしに押しつけられていたの。
側妃腹で権力がないわたくしへの嫌がらせの一種よ」
そ、そんな。嘘でしょう? 腰の剣に腕が当たり、カチャと音を立てた。
王女が眉をひそめる。
「わたくしだって選べるなら、男好きで主を馬鹿にするような女騎士なんてごめんだわ」
確かに、少し軽く見ていたけれど……バレていたという気まずさよりも、憤りが前面に出た。
男好きだなんて、失礼な!
「彼らとは、厚い友情で結ばれているだけで……そんな不埒な関係ではありません!」
「ああ、『男友達みたいなもの』なんでしたっけ?」
王女が鼻で笑った。
「それ、『この台詞が出たら不貞を疑え』という本に出てくるわよ。恥ずかしいから言うのはやめたほうがいいわ。
騎士科で講演したのだって、反面教師として呼ばれたのよ」
王女は、嘆かわしいとため息を吐いた。
そして、しばらくあたしの顔を見たくないと、室内と扉の外の護衛を交代させられた。
あたしは、廊下で立っていた。
ときどき通り過ぎる人たちの視線が、急に恐ろしいものに思えてきた。
子どもの頃の、「オトコオンナ」とはやし立てられた情景が頭に浮かび、思わず頭を振る。
あたしは休日に本屋へ走った。
あの、学生時代にヴァランタンとの婚約を解消した――被害者面をしていたエロイーズ伯爵令嬢が著者だった。子爵令息のヴァランタンを蹴って、侯爵令息を婿にしたらしい。
「女性と肩を組み『こいつは男友達みたいなものだから』という男性は、信用してはならない。
そんなのは言い訳だ。そんな戯れ言を聞かされた婚約者にも、『男みたいなもの』と言われた女性にも失礼極まりないからだ」
そんな一文が目に飛び込んできた。
じゃあ、この本に描かれた悪役は……あたし?
そんな馬鹿な。
あたしは、ただ仲間を大切にしていただけなのに。




