三話 元公爵令嬢、朝食を食べただけで泣かれる
「おはようございます、お母様、お父様」
ダイニングルームに入ってまず、畏まりすぎない程度に軽く挨拶をする。
それだけなのに、お母様とお父様は目を見開いて固まってしまった。
沈黙が流れる。私はなんだか気まずくなって、使用人に椅子を引いてもらってから静かに着席した。
そんな私の姿をみて、お母様が突然涙を流す。
……ど、どうして!? 私普通に挨拶して座っただけよね!?
ギョッとして何も言えずにいる私の様子には気付いていないようで、お母様が泣きながら嬉しそうに口を開いた。
「セシリア……あなた、挨拶ができるようになったかと思えば、音を立てずに椅子に座れるようになったのね……!」
そ、そんなことで!? 私は幼子だったのかしらね……!?
……いや、でも確かにこの身体が覚えているセシリアは、挨拶なんて絶対にしないし椅子に座るのだっていつも失敗していた。本当に伯爵令嬢なのかしら……?と目を覆いたくなるほどにはひどい所作だったものね……。
お父様もお母様に続いて、うんうんと頷きながら満足そうに私を見ている。
「家庭教師の教えがようやく実を結んだのだな。セシリア、立派になって……」
なってないなってない! まだ椅子に座っただけよ!?
いくらなんでも甘やかされすぎじゃないかしら!!
私が動揺していると、斜め前に座っている同い年くらいの男の子が不満気に声をかけてきた。
「……おい、俺のことは相変わらず無視かよ、セシリア」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと困惑……いえ、緊張していたの。おはよう、ギルバート」
「…………や、やけに素直だな……頭でも打ったのか?」
頭を打ったどころか、切り落とされましたけれども。そんなことを口に出したらいよいよ場の空気がおかしくなりそうな気がするので、笑みだけ返して黙っておく。
____彼は私の義理の弟、ギルバートだ。歳は私の一つ下で、この家の跡取りとしてセシリアが十歳の時にこの家に来た。……のだけれど、セシリアは一人っ子じゃなくなるのが気に入らなくて、散々意地悪をしたのよね……。
嫌味を言うのは日常茶飯事だったし、無視だって何度もしていた。そのうえギルバートは勉強を全然しないセシリアと違ってとても優秀だったから、そのことに嫉妬して靴にカエルを入れたこともあったわ……。
本当に、最悪な姉すぎる……!
で、でも、これからだって巻き返しはできるはずよ……! 私には前世……セラフィーナ時代に兄弟がいなかったからわからないけれど、せっかくの弟だもの、仲良くなりたいわ!
……どう考えても、先は長いのだけれどもね。
と、とりあえず、お母様には落ち着いていただいて朝食を開始しなければ……。
そう思って、未だに泣いているお母様に声をかける。
「お母様、落ち着いてくださいませ。お待たせしてしまった私が言うのも申し訳ないですが、全員そろったことですし朝食にしませんか?」
「うっ……ぐすっ……そうね、そうしましょう……」
よかった、なんとか始まった……。
ほっとしながら、スープを口に含む。うん、美味しいわ。
お母様が「あの子がご飯に文句を言わないなんて……」と感動している気がするけど、もう一旦スルーさせていただくわよ!
そして、焼き立てのパンを小さく手でちぎって口に運ぶ。外はパリパリ、中はふわふわで最高ね……!
「あ、あなた見て頂戴、セシリアが、セシリアが……!」
「あぁ、驚いたな……!! まさかパンを丸かじりしないなんて!!」
いやセシリア行儀悪すぎない?? よくこんな大きいパンを齧ってたわね……。
というか、お母様とお父様も怒っていいのよ……? どれだけ甘やかされてきたのよ、本当に……!
ギルバートも驚いているし……セシリアって悪女どころか躾されていない幼女と同じ扱いなのね……。
もう……なんというか本当に……前途多難だわ!!




