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二十七話 元公爵令嬢、初デートで動揺する

 ____王家の馬車は、外装だけじゃなく内装も、それはそれは素晴らしかった。


 まず、座席がこれ以上ないくらいにふっかふかなのである。

 そして派手すぎず、かといって決して地味ではない装飾が施されている。


 クッションも肌触りが素晴らしくて、リラックスできるどころかなんだか逆に緊張してしまった。


 どう考えても……その辺の伯爵令嬢である私には、不釣り合いな場所だわ……。


「……どこか、具合でも悪いのか?」


 馬車の中で縮こまっている私を心配した殿下が、優しく声を掛けてくれた。


「いえ、体調は全く問題ございませんわ。その……こんな素敵な馬車には初めて乗ったものですから、少し緊張してしまって……」


 ……こういうことは、取り繕わずに正直に話した方が好印象よね?


 実際私の言葉を聞いた殿下も、「なんだ、そんなことか」と言って安心したように笑ってくれた。


「……これから私と出掛けることが多くなれば、すぐに慣れるようになるだろう」




 …………なんだか今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけれど……敢えてスルーさせていただくわ。


 だって……王太子殿下と頻繁に出掛けるようになるって、つまりはそういうこと……だもの。


 ____まぁ、前世の私は王太子の婚約者でありながら、そんな機会は全くと言っていいほどなかったのだけれどもね!




 ……いえ、昔のことを考えても虚しくなるだけね。


 それよりも今日は、とにかく殿下に失礼がないように頑張らなくっちゃ!


 ***


「わぁ、大きな劇場ですね……!」

「国一番の劇場だからな。ここに来るのは初めてか?」


 馬車を降りると、目の前にとても立派な劇場がそびえ立っていた。

 なんだか荘厳で、外から眺めているだけでもワクワクしてしまう。


「今までは一緒に行く相手がいなかった……ではなくて! 行く勇気がなかったもので……」

「そうか。なら、これで一つ君の初めてを奪ったことになるな」

「で、殿下!? その言い方は語弊が生まれますわよ!?」


 私が必死になって言い返すと、殿下は「嘘は言っていないだろう?」と楽しそうに笑った。


 ____こんな顔も、できるのね。


 ……って、何うっかりときめこうとしているのよ、私ったら……!


 別に殿下とはそういうのじゃないし、これもデートじゃなく……そう、護衛! 護衛みたいなものだし!


 そもそも、前世で殿下と出掛ける機会があまりにも少なかったせいだわ!

 だから、異性と二人で出掛けるという行為に、ドキドキしているだけよ……!


 ……そんなことを考えながら百面相をしていると、殿下が軽く微笑みながら声をかけてきた。


「そのヒールでは、一人で歩くのは危ないだろう? 私の腕に掴まって歩くといい」

「そ、それは……」


 ____所謂、腕組みじゃありませんこと!?


 いえ、確かに舞踏会のエスコートだったり、婚約者同士で腕を組むことは普通だけれども……。


 私達、まだ出会ったばかりの同級生なのよ……!?


 それに、相手は王太子殿下だなんて、畏れ多いにも程があるわ……!


「い、いえ、私は大丈夫ですわ。こう見えて、ヒールで歩くことには慣れておりますの」

「……私の言い方が良くなかったな。私が、君と腕を組んで歩きたいんだ。……ダメだろうか?」

「ヒュッ…………」


 ____なんだか……レインハルト殿下、ものすごくグイグイ来ている気がするのは……私の気の所為じゃないわよね!?


 思わず喉から変な音が鳴ってしまったけれど、殿下にそんなお願いをされて断れるわけもなく……。


 私はぎこちない動作で、レインハルト殿下の腕をお借りした。


 ……こんな所作じゃ……私が前世で公爵令嬢だったと言っても、絶対に信じてもらえないでしょうね。



 腕を組んで、殿下との距離が先程よりもぐっと近付いた。


 私は恐る恐る、殿下のお顔を盗み見る。


 ……そして私は、レインハルト殿下の顔がほんのりと赤く染まっていることに気付いてしまった。


 ____これじゃ、どこからどう見ても初々しいカップルだわ……!!


 恥ずかしくて消えてしまいたくなりながらも、私達は劇場へと歩みを進める。




 殿下がご用意してくださった席はVIP席だから、当然入口も専用入口だ。


 案内されるまま、ゆっくりと通路を歩く。


 そして、到着した場所は……。


 ____会場が一望できて舞台もバッチリ観ることが出来るような、完璧な『特等席』だった。


 本来、ただの伯爵令嬢の私には到底座ることが出来ないような場所。


 ____カツン、カツン……。


 そこに足を踏み入れた瞬間、周囲の視線がバッ!と一身に集まったのがわかった。


 けれど、絶対に動揺した姿なんて見せない。


 元公爵令嬢……そしてランカスター伯爵令嬢として、穏やかな笑みを浮かべながら殿下の顔を見る。


「とても素敵な席ですわ。レインハルト殿下、本日はこのような素敵な機会をありがとうございます」

「君にそう言って貰えるなら、用意した甲斐があるな。さぁ、座ろうか」

「えぇ、そうしましょう。楽しみですわね」


 ……視線から察するに、周りの席に座っているご令嬢や貴婦人は、間違いなく殿下の存在に気付いている。


 そして、私のことは……悪女として認識している人もいれば、そもそも存在を全く知らない人もいる……そんなところかしらね。


 私のことを認知していない人からすれば、私は殿下の婚約者か何かに見えているのかしら。






 …………そういえば、殿下って婚約者はいらっしゃらないのかしら……?


 このご年齢だったら、婚約者候補の一人や二人、いて当然だと思うのだけれど……。


 そう思って殿下に声をかけようとした瞬間、舞台の幕が開いてしまった。


 ……仕方ないわ、このことは舞台が終わったあとに尋ねるとしましょう。


 とにかく今は、舞台を楽しまなくっちゃ……ね!



 ワクワクしながらステージの方へ顔を向ける。

 その直後。私の手を、温かい何かがそっ……と包み込んだ。


 ____これは……間違いない、殿下の手だわ……!!!


 心拍数が上がる。


 私は気付かれないよう、チラリと横目で殿下の顔を確認しようとしたけれど……。


 同じことを考えていたらしい殿下と目が合って、それから優しく微笑まれてしまった。




 …………結局私は顔どころか耳まで真っ赤に染め上げて、舞台を見つめることしかできないのだった。


 ____もう、本当にずるい人……。

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