二十五話 元公爵令嬢、遂に義弟を陥落させる
雨が降っていた昨日とは異なり、今日は晴天だ。
二度目の学園生活五日目を終えた私は、今日も無事に馬車で伯爵邸へ到着することが出来た。
すると……扉の前で、誰かが腕を組みながら待っていることに気付く。
間違いない、あのシルエットは____
「ギル!? 玄関まで迎えに来てくれるなんて、何かあったの?」
「……おかえり。今日はセリアに話したいことがあるから、待ってた」
「あら、奇遇ね……私もなの。その、ギルに相談したいことがあって……」
私は急いで玄関まで駆け寄って、ギルに話しかけた。
どうやら、話したいことがあるのはお互い同じらしい。
「とりあえず、ここで話すのは立ちっぱなしになってしまうから……庭のベンチで話さない? せっかくの良い天気なんだもの」
***
庭の噴水近くのベンチに、横並びになって座った。
うん、本当に天気が良いわ。春だから、花に蝶も舞っていてすごく和むし……。
これなら、会話も弾みそうね。
そう思って、早速ギルに声を掛ける。
「ねぇ、ギルの話したいことって何?」
「え、いや……その、セリアから話して。……俺から話して変な空気になったりしたら嫌だし」
「? わかったわ」
ここは姉らしく、弟に先を譲ってあげましょう……と思ったのだけど。
他でもないギルがそう言うんだったら、私から話すべきよね。
「その、ね……最近話題になっている舞台があるの、ギルは知ってる?」
「えっ、し、知ってるけど……」
なぜか、ギルが目を見開いた。
その反応が少し不思議だったけれど……知っているのなら話は早いと思い、私は話を続ける。
「その舞台をね……明日、レインハルト殿下と一緒に観に行くことになって……」
「……は?」
「でも、私なんかが本当に殿下と出掛けていいのか不安になって、ギルの意見を聞きたくて……」
「…………まじで、言ってんの……?」
「? えぇ、本当よ」
私の言葉を聞いたギルが、呆然とした表情をして固まってしまった。
その反応を見て、私の胸がチクリと痛む。
「……やっぱり釣り合ってないって思うわよね。私みたいな悪女が、この国の王太子と出掛ける、なんて……」
「そ、そうじゃない! 少なくとも、今のセリアは悪女なんかじゃないし、むしろ……」
「……むしろ?」
「な……なんでもない」
ギルがフイ、と目を逸らす。
でもなぜか耳は真っ赤に染まっているから、怒っているのかしら……?
「とにかく、セリアは釣り合ってなくなんかないから。……安心して行ってくればいいんじゃねぇの」
「ありがとう、ギル……。やっぱりあなたって優しい子ね」
ギルの言葉が嬉しくて、優しく頭を撫でた。すると、ギルは「子供扱いすんな」と怒ってしまったのだけれど……。
その顔は赤く染まっていて、満更でもなさそうだった。可愛い弟ね。
「……ところで、ギルの話って?」
私が問いかけると、ギルは少し切なそうな表情をしながら、小さな声で呟いた。
「…………俺の、話は……今さっき無くなったから」
「無くなった?」
「…………」
ギルは答えない。けれど、私は見つけてしまった。
ギルのズボンのポケットに、くしゃくしゃになった紙が入っている。
____舞台の、チケットだわ。
それも、殿下に誘われたものと同じ演目の……。
「ねぇ、ギル、ひとつ聞いていい?」
「……何?」
「もしかして……ギルも私を舞台に誘ってくれようとしていたの?」
私がそう問いかけると、ギルは心底驚いたという表情で私を見た。
「……なんで知ってんの?」
「ごめんなさい、ポケットからチケットがはみ出ているのが一瞬見えて……」
ギルがくしゃりと顔を歪めながら、口を開く。
「…………俺、ダッサ……」
「そんなことないわ!! ねぇ、ギルさえよければ私……ギルとも一緒に、舞台を観に行きたいわ」
「は? 王太子が用意したチケットの方が絶対良い席じゃん。それに、同じ舞台二回見たって楽しくないだろ」
「そんなことないわ! 舞台ってね、一緒に観に行く人で全然感じ方が違うのよ。それに、面白い舞台は何度だって観たいもの!」
明らかに落ち込んでいるギルを励ましたくて、ギルの手を両手で包み込んだ。
その瞬間、ギルがびくりと肩を揺らしたけれど、私は話すのをやめない。
「だから……私から誘うわ。ギル、私と一緒に舞台を観に行ってくれない?」
私はにっこりと微笑みながら、ギルの顔を見た。
「あんたって……セリアって、ほんとずるいよよな。そんなこと言われたら、断れるわけねーじゃん」
ギルはそう言って、控えめだがようやく笑ってくれた。
「俺のチケット、明後日なんだ。二日連続で悪いけど……。でも、絶対俺の方が楽しませる自信、あるから」
「ふふ、楽しみにしてるわね」
「……だから、明後日のデートは俺のこと……弟じゃなくて、男として接しろよ」
「…………え?」
それだけ言い残して、ギルはひと足先に屋敷の中に戻ってしまった。
私はというと……ギルの言葉の理解が追いつかないまま、しばらくベンチで呆然としていたのだった。




