二十一話 元公爵令嬢、義弟をさらに悩ませる
「雨ね……」
「雨だねぇ……セシリア様、傘もってる?」
「今日は持ってきてないのよ。まぁ、校門まで行けば迎えが来るから……」
昇降口に着いたのはいいものの、外は結構な雨が降っていた。
……正直、傘を差さないでこの雨の中を歩くのは……足の傷が沁みそうね。
でも、忘れてしまった私が悪いんだもの、仕方ないわ。
「私は大丈夫だから、フリージアは先に寮に戻りなさい。寮長に心配されてしまうわよ」
「うぅ……私が傘持ってればよかったのに……。ごめんなさいセシリア様……気をつけて帰ってね……!」
申し訳なさそうに寮へ向かうフリージアを笑顔で見送る。
さぁ、私も帰りましょうか。
____あら、よく見るともう馬車が迎えに来て…………って、え?
校門に止まっている伯爵家の馬車を眺めていると、丁度馬車の扉が開いて、中から人が出てきたのがわかった。
あの髪色、品のある歩き方……。
遠目だけれど間違いない、ギルだわ!
……でも、どうしてここに?
私が混乱して立ち尽くしている間に、ギルはいつの間にか私の目の前まで来ていた。
それから、ギルが差している傘とは別に、もう一本の可愛らしい傘を私に差し出してきたのである。
「……セリア、傘持って行ってなかっただろ。だから、迎えに来た」
「えぇ!? そんな、今日も勉強やレッスンで忙しかったでしょう……? ノエルや他の侍女に任せてくれて良かったのに……」
私が驚きながらそう言うと、ギルはフイ、と横を向きながらぽそりと呟いた。
「……俺が来たかったから、来ただけ。いいから、早く馬車に乗るぞ」
____な、なんていい子なの!?
本当に、こんな弟をいじめていたなんて……セシリアのことは本当にわからないわ。
それに……私のことをセリアと呼んでくれるのも、とても嬉しい。
「ありがとう、ギル!」
「……早く来ないと、置いていくからな」
「もう、少しくらい待ってくれてもいいじゃない?」
そう言いながら、急いで傘を開いてギルの隣を歩く。
「セリア、あのさ……」
「? ご、ごめんなさい、雨音がすごくて……今何か言ったかしら」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……! 今度よかったら、俺と……」
____ダメだわ、何を言ってるかさっぱり聞こえない。
そう思って、私は傘を畳みながらギルの傘に入る。
その瞬間、ギルは驚いたように目を見開いたけれど……こうしないと声が聞こえないんだもの。
「せっかく私の傘を持ってきてくれたのに、ごめんなさい。でも……雨音でギルの声が聞こえないのは寂しいから、同じ傘に入れてくれないかしら?」
「…………」
ギルが突然歩みを止めて、黙ってしまった。
まずいわ、怒らせてしまったかしら……。
「ギ、ギル……? どうしたの…?」
「……な、な、な……」
「やっぱり……だめかしら……?」
「……なんでなんだ……せっかくポイント稼ぎに来たのに、なんで俺の方がドキドキさせられてんだよ……」
……?
ポイントって、何の話かしら。
それに、なんだかギルの顔が赤いわ。
「……確かに、雨の日ってちょっとドキドキするわよね?」
「…………そういうわけじゃないけど、まぁ、それでいいよ……」
……勘で喋ってみたけれど、違ったみたい。
でも、ギルが笑ってくれたから、私も嬉しいわ。
「そういえば……さっき何を言いかけていたの?」
「……今度、また言う。今言ってもなんか……負ける気しかしないから」
…………私達……なにか、勝負でもしていたかしら?
ちょっと不思議だけれど、今度教えてくれると言うのなら、その時を待つしかないわね。
「ほら、馬車に乗るぞ。……ん」
「あら、エスコートしてくれるなんて……大人ね」
「……俺はセリアと一個しか変わらない、男なんだけど」
「ふふ、そうだったわね。ありがとう、ギル」
ギルの手を取って、馬車に乗る。
正直足が少し痛かったから、助かったわ。
「セリア、その包帯……足怪我してんの?」
「あぁ……馬車に座るとやっぱりわかっちゃうわよね。ちょっと殿下を守ったら怪我してしまって」
私が答えると、ギルの眉がぴくりと動いた。
「殿下……? 殿下って、男だよな……?」
「? 当たり前じゃない。この包帯も、殿下が巻いてくれたのよ」
……ちょっとドキドキしてしまったことは、流石に内緒にしておくことにするわ。
「……嘘だろ……なんでこんな早くライバル増えてんの……意味わかんねぇ……」
ギルが頭を抱えながらブツブツと何かを呟いている。
何か、深刻な悩みでもあるのかしら?
「ギル、何か困ったことがあったらいつでも言ってちょうだいね! お姉ちゃんが助けてあげるわ!」
「……あんたのことで悩んでんだけど……まぁ、いいか……」
そう言って脱力したような顔で笑うギルと穏やかな会話をして、学園生活四日目は無事に終了したのだった。




