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十九話 元公爵令嬢、またしても攻略対象の好感度を上げてしまう

「えっ??」


 まさか呼び止められるだなんて思っていなかったので、少し間の抜けた声が出てしまった。


 レインハルト殿下の方へ振り返る。すると、彼は真剣な顔で口を開いた。


「……君の怪我は、私のせいだ。ご令嬢の身体に傷をつけるなど……本当に、すまなかった」


 そう言ってレインハルト殿下が頭を下げようとしたので、私は慌てて止めに入る。


「おやめください! 先程も申し上げましたが、王太子であるあなたが守られるのは当たり前のことなのです。そこに男も女も関係ありませんわ」

「だが……それでは私の気が済まないんだ。しかも、今朝君に失礼なことを言ったばかりだと言うのに……」


 ____殿下は、随分責任感の強い方なのね。本当に気にしなくていいのに……。


「……それでしたら……謝罪ではなく、お礼を仰っていただけた方が、私は嬉しいです」


 そう言って微笑みかける。本当はお礼すら別に要らないのだけれど、謝罪よりはお礼の方が気持ちがいいものね。


 レインハルト殿下はそんな私を見てしばらく硬直していたが、少し経ってから表情を弛めてくれた。


「……私は、本当に君のことを誤解していたようだな。その…………ありがとう」

「ふふ、お気になさらないでくださいませ」


 素直で、根が真面目なのね、きっと。

 伯爵令嬢の私に礼を言う必要なんてないのに。


「では、私は保健室に行きますので……今度こそ、失礼いたしますわ」


 ……そうして、その場を去ろうとした時。

 パタパタと忙しない足音が近付いてきた。


「先程何か大きな音がしましたが、何かありましたか……って、本が崩れてしまったんですね……!? 申し訳ございません! お怪我はございませんでしたか!?」


 そう言って現れたのは、この図書室の司書と思われる女性だった。

 ここが部屋の隅だから、来るのにも時間がかかったのかしらね。


「あぁ、問題ない。彼女が____」

「殿下が庇ってくださいましたので、誰も怪我はしておりません。ただ……せっかくの素敵な本ですもの、綺麗に管理して差し上げてくださいませ」


 無礼だとは思いつつも、レインハルト殿下の遮って司書に苦言を呈させてもらう。

 司書の女性は、すみませんすみませんとペコペコ頭を下げてから、その場に散らばった本を掻き集め出した。


「じゃあ、今度こそ行きましょうか」

「う、うん!」


 フリージアに声を掛けて、図書室を出る。


 ……すると、なぜかレインハルト殿下も私達の後ろに着いてきた。


「あの……殿下、どうなさいましたか?」

「いや、その……もしよければ、君を保健室に連れていく役目を、私に任せてくれないだろうか?」

「え? いえ、流石にそんなことは____」

「ぜひ!! お願いします!! 私は担任の先生に事情を説明しに参りますので!!」

「ちょ、ちょっとフリージア!?」


 フリージアは先程までしゅんとしていたのに、レインハルト殿下の言葉を聞いた途端に元気になって走り去ってしまった。


 友人に取り残されて呆然としていると、レインハルト殿下が私を急に抱きかかえた。


 ____な、何が起きているの!?


 た、確かこういう運び方をお姫様抱っこと言うって、フリージアが言ってたような……。


 って、そうではなくて! 王太子にこんなことさせるなんて、ダメに決まってるじゃない……!


「で、殿下、おろしてください!!」

「君は足を怪我しているだろう。悪化する可能性を考えたら、こちらの方が良い」

「そ、それは……」


 確かにそうなのだけれども……。


 さっきよりも、こっちの方が全然痛いのよね。主に、周りの女生徒からの視線が……!


 ……まぁ、でも、諦めるしかなさそうね……大人しく運ばれることにしましょう……。

 もちろん、フリージアにはあとでお仕置きさせてもらわなきゃね。


 ***


「殿下、ベッドまで運んでいただきありがとうございます。ですが、ここからは一人で大丈夫ですわ」

「そんなわけにはいかないだろう。養護教諭が留守にしている以上、私が手当てをする方が早い」


 ____どうしてここの養護教諭は、いつも不在にしているのかしら!? これもご都合設定ってことなの……!?


 私が困惑している間に、レインハルト殿下は手馴れた手つきで私の足に包帯を巻いていく。

 手際がいいわね。勉強だけでなく、こんなこともできるなんて……。


「……殿下は、きっと相当な努力をされてきたのでしょうね……」

「……え……?」

「あっ」


 しまった、声に出てしまっていたみたい。


「す、すみません、殿下に対してこんな上から……失礼でしたよね」

「いや……少し、驚いただけだ。周りの者は私のことを『天才』と言うから、そんな褒め方をされたのは初めてで……」


 レインハルト殿下の耳は、少し赤い。本当に褒められ慣れてないんだわ、この方。


 ____でもそれって、すごく悲しいことよね。努力をしても、それが当然のように思われて頑張りを認められないなんて……。


「……殿下は、本当に素晴らしい方だと思いますわ。勉学はもちろん、このように手当ても学ばれていて……きっと、鍛えてもいらっしゃるのでしょう? それらを同時にこなすなんて、並大抵の努力じゃありません。本当にすごい努力家です」


 ……少なくとも、前世の婚約者は王太子だというのにこんなに努力はしていなかった。

 勉強が嫌いな代わりに私が語学を学び、彼を守れるよう護身術も習ったくらいだもの。


 レインハルト殿下はくしゃりと顔を歪ませながら、小さな声で呟いた。


「君は、私の欲しい言葉がわかるんだな……」

「……私も、厳しい教育を受けた過去があるので、よくわかるだけですわ」

「そうか、君は学年首席だったな。今朝負けたばかりだと言うのに、一瞬忘れてしまっていた」


 それから、殿下は今日初めて私に笑いかけてくれた。

 その笑顔はとても優しくて……不覚にも、少し胸が高鳴ってしまった。


「それに、さっきも私の顔を立ててくれたな。……今朝のこと、改めて訂正させて欲しい。セシリア嬢……君は強く、聡明で……とても美しい女性だ」


 ……どうしよう、嬉しいわ。


 伯爵令嬢が一国の王太子にこんな風に褒めていただけるなんて……中々ない機会だもの。


「……ありがとうございます。光栄でございますわ」


 私がお礼を言うと、レインハルト殿下がゆっくりと立ち上がった。


「ぜひ、君とはまた話してみたい。私は昼休み、基本図書室で勉強しているから……気が向いたら共に勉強しよう」

「は、はい。ぜひ」

「……では、私は戻るとする。君はまだ少し休んでいるといい」


 ……そう言って、レインハルト殿下は保健室を出ていってしまったのだった。


「な、なんだかズルいじゃないの……」


 ____明日も、エドナ達を誘って図書室へ行ってみようかしら……。


 少し顔が熱くなっているのを誤魔化すように、私はベッドに横になるのだった。

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