十四話 元公爵令嬢、無意識に義弟の好感度を上げてしまう
「前世……? セシリアが元公爵令嬢……? 二人とも転生者……? い、意味わかんねぇ……」
「まぁ、そうなるわよね……」
ギルの圧に負けて大まかな経緯を話したのはいいものの、流石に理解が追いつかなかったらしい。
頭を抱えながら、私達が話した内容を繰り返しブツブツと呟いている。
ちなみに……ギルにはここが『乙女ゲーム』の世界だということは伏せて伝えている。
それを伝えちゃうと、なんだか……すごくややこしいことになりそうな気がしたから……。
ギルはしばらく唸っていたが、突然ハッとしたように目を見開いた。
「つまり……俺に散々嫌がらせしてきたセシリアと、今のあんたは別人ってことだよな!?」
「うん、さっき説明したわよね……?」
「改心したと思ったら、そもそも中身が違ったたのかよ……! はぁ、道理で可愛っ…………」
「かわ……?」
「か……か…………川みたいだなって」
「意味がわからないのだけれど!?」
ギルは顔を真っ赤に染めながら、私から目を逸らす。
川みたいって、何……? それは褒め言葉なの……?
困惑している私に向かって、珍しく静かに成り行きを見守っていたフリージアが「鈍感すぎるセシリア様も……イイ……!!」と感激していた。
私、結構鋭い方だと思うのだけれど……?
ギルがコホン、と咳払いをする。それから唐突に、私に顔をズイッと近付けてきた。
「ど、どうかしたの?」
「……あんたの名前、教えろ」
「え? セシリアだけれど」
「ちげぇよ、前の名前」
「あぁ……前世のことを言っているなら、セラフィーナよ」
「……ふーん」
ギルは言葉こそ素っ気なかったけれど、心做しか少し嬉しそうにも見える。
私の名前、そんなに面白かったのかしら……。
「なぁ……これからはセラフィーナって、呼んでもいいか」
「え?」
ギルからの提案に、思わず面食らった。
……正直な話、私の中でセラフィーナの人生はもう終わったと思っているのよね。
それに……私を「セラフィーナ」と呼んでいたのは、殿下だけだったから。
あまり、良い思い出はない。
ギルには申し訳ないけれど。ここは丁重にお断りさせてもらうことにした。
「……ごめんなさい、私はもう、セシリアとして生きていくと決めたの。だから……セラフィーナの名前は、忘れてくれると嬉しいわ」
「……じゃあ、なんて呼べばいい?」
「え?」
「あんたは俺を愛称で呼んでんだから、俺だってあんたをセシリア以外の呼び名で呼ぶべきだろ。……姉弟なんだから」
____な、なんて可愛いの!?
思わずキュンとしてしまった。流石、攻略対象の破壊力ね……!!
なぜか正面に座っているフリージアは「照れてるギルバート様とセシリア様のスチル……! 最高すぎるぅ……!!」って悶えているし。
そもそも、スチルって何なの……?
……って、いけない。今はギルにちゃんと返事をしないとね。フリージアの様子がおかしいのなんて、いつものことなんだから。
「そうね……それなら、セリアはどうかしら?」
「……その呼び名、俺以外に使っている奴いんの?」
「いいえ、いないわ」
「なら、セリアって呼ぶ。……俺以外には呼ばせんなよ」
「? よくわからないけれど……ギルが言うなら、わかったわ」
私がそう言うと、ギルが満足そうに笑った。
……ギルの笑顔を見るのって、これが初めてかもしれない。
だって、セシリアは今まで散々、ギルに酷い態度を取っていたから……。
その時、ふと大切なことに気付いた。
____私、ギルにちゃんと謝れてないじゃない!
それなのに、ギルは私の話を信じてくれて、愛称で呼んでくれて……。
こんなに良い弟なのに、私は一体何をしているの!?
そう考えたら急に申し訳なさが襲ってきて、堪らずギルに思いっきり抱き着いた。
「っ!? な、ななななな、なにしてっ……」
「ギル! 私、今まで本当にごめんなさい……! こんな謝罪で許されると思ってないけど、これからちゃんとギルに向き合うから……!」
「ちょ、まっ、はなせって、また胸当たって……! おい!」
ギルに無理矢理身体を引き剥がされる。
それからギルはふらふらと蹲って、顔を膝の間に埋めてしまった。
そ、そんなに嫌だったのかしら……。自業自得とは言え、流石にちょっとショックだわ……。
「ギ、ギル、ごめんね……? 嫌いな私に抱き着かれるなんて、嫌だったわよね……」
「……いや……嫌いだったのは前のセシリアで、セリアのことは嫌いじゃない。むしろ……」
「むしろ?」
「……なんでもない! ……から、今ちょっと放っておいて……」
「え!? 具合でも悪いの?」
「そうじゃない、そうじゃないけどさぁ……」
そう言いつつも、ギルは顔を上げない。
きっと、よっぽど具合が悪いんだわ。もう、ギルったら強がりなんだから……!
そう思って、ギルの頭を掴んで少し強引に顔を上げさせた。
「えっ、な、なに」
「ほら! 顔が真っ赤じゃない! ちょっと失礼するわね」
そう言いながら、ギルの額に私の額をコツンと当てる。
……熱は……ないみたいね? こんなに顔が赤いのに……。
「も、もういい! 本当に大丈夫だから! 俺のことは放っておけ!!」
ギルは立ち上がって、真っ赤な顔で叫んでから走り去ってしまった。
「な、なんだったのかしら……」
「セシリア様って、ほんと鈍いよね……。でも、そういう所も好き〜!!!」
……フリージアを見ていると、なんだか落ち着くようになってきたわね。
私もこの子に随分毒され……いえ、慣れてきたってことかしら。
相変わらずニヤニヤしているフリージアが、楽しそうに口を開く。
「ねぇ、セシリア様とギルバート様って、血は繋がってないんだよね?」
「えぇ、ギルは養子だもの」
「だよねぇ〜! あーもう、ドキドキしてきちゃった!!」
……なんだかよくわからないけど、この子が笑っているのならまぁ、いいわ……。
____こうして、フリージアとの初めてのお茶会は幕を閉じたのだった。




