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8/11

お目付け役は王子様 1

 


 あくる日の王宮にて――。


「……どうですか? 気分が悪いようなら、本当に無理しないでくださいね?」


 無言でちぎったパンを咀嚼するリンドを、恐る恐る見つめる。リンドは小難しそうな顔をしたままパンを飲み込み、そして。

 

「むぐっ……!」


 リンドの口から、なんとも言えないくぐもった音がした。


「リンド殿下!? 大丈夫ですかっ?」


 嫌な予感にふと顔をのぞき込めば、みるみる顔面蒼白になり白目をむいたリンドの姿があった。

 異変に気がついた侍女たちが、大慌てで水と胃腸薬を手にかけ寄ってくる。


「ゴホッ! ケホッ! うっ……」


 先日の町歩きの際、リンドは自分もパンを試してみたいと申し出てくれた。その意気込みはどうやらその場しのぎの思いつきやなぐさめではなかったらしい。


『シェイラの作ったパンを食べてみたい。用意してくれるか?』


 そう言って、さっそく訪ねてきてくれたのだったのだけれど――。


(やっぱり……だめ、だよねぇ。はぁ……)


 今にも卒倒しそうな顔をしたリンドを目の当たりにして、深くため息を吐き出した。


「いいんです、殿下。やっぱり私には、パン作りの才能がないんですよ……。でも大丈夫ですっ。どうにか強く生きてみせますからっ! だからもうそれ以上はっ……」


 リンドの気持ちは嬉しい。けれどもしも王子の身に何事かあったら、パン職人どころか命さえも危うい。

 慌ててリンドにそう告げれば、引きつった笑みが返ってきた。


「まぁ、慣れの問題もある。毎日少しずつ摂取していけば、そのうち体が受け付けるように……」

「殿下、私のパンは、別に毒じゃないので……」

「しかし……」

「鍛錬の末、摂取するようなものでもないです……」

「……」


 マズいのは今にはじまったことじゃなく、とっくにわかっていたことだ。両親だって、どうして同じ作り方をしているのに同じ味にならないのか、と困り顔で首を傾げていた。


 でも、両親はこうも言ってくれた。


『きっとお前にはパンを作る以外に、神様がくれた何かがあるんだよ。だからパン作りにこだわらず、なんでもこれと思うものをやってごらん』

『そうよ、シェイラ。あなたには素晴らしいところがたくさんあるわ。きっとあなたにしかできないことがあるはずよ。誰かをとびきり幸せにできる、特別な何かがね』と。 


 その言葉を思い出し、心を奮い立たせた。


「きっと私には別のやるべきことがあるんですよっ。パンを作るんじゃなく、もっと何か他の」

「他の……やるべきこと?」


 リンドの問いかけに、こくりと大きくうなずいた。


「だから今はひとまず聖女として頑張って、一日も早くこの国に平穏を取り戻せるように頑張りますっ! その先の人生は、そのあとでじっくり考えますっ!」

「シェイラ……。まったく君は……」

「え?」

「君が今代の聖女で、本当によかった……。シェイラ。きっと君ならどんな人生だって素晴らしく生き抜けると思う」


 リンドの顔がふわり、とやわらかく解けた。その顔があんまりにも優しくて、大きく胸が跳ねた。


(何なのっ!? 今の顔っ! あんな顔されたら、なんだかもうっ……)


 なぜリンドと一緒にいるとこうも胸が騒がしいのか。勝手に胸がドキドキと反応して、体中の熱がぶわりと高くなる。

 自分の中で起きている変化に、心がついていかない。けれど不思議と心地よくもあって――。


 不思議だった。昨日まではあんなに落ち込んで、もう聖女なんてやめてやるって逃げたい気持ちでいっぱいだったのに今は違う。


「ええっと……! あの……いや、へへっ。でもまぁ今のところあんまり魔物を退治できてないみたいで! でもこれからもっともっとパンをこねてこねてこねまくって、一日も早く魔物をやっつけてみせますっ!」


 たまらなく照れ臭くなって、へらりと笑いながら声高に宣言してみせた。

 けれどその瞬間、なぜかデジレの表情が曇った。


「……そのことなんだが、君は少し頑張り過ぎなように思う」

「へっ?」


 思いも寄らない反応に、思わずおかしな声が出た。


(あれ……? てっきり『よろしく頼む』とか『国のために大いに励んでくれ』なんて言われると思ってたんだけど? え?)


 リンドは厳しい表情を浮かべ、部屋の隅に控えていた侍女にちらと目配せした。


「は、はい……!」


 侍女がそそくさと何かを手に近づいてくる。その手の中にあるものを見た瞬間、はっとした。


「あ……、それってもしかして……」


 間違いない。自室のベットの下に隠し持っていた、パンこね道具一式だった。


「何で、それがここに……?」


 目をぱちぱちと瞬き、リンドを見やった。


「君がよく目の下にくまを作っているのを、侍女が心配してね。寝心地でも悪いのかとベットを調べたらこれが隠してあったと……」


 リンドはパンこね道具一式をすっと目の前に広げ、こちらをじっと見た。


「えーと……それはその、眠れない時なんかにちょこっとこねたりしてるだけで……。あの……」


 実は、侍女たちから強く念押しされていたのだ。ただでさえ一日中休みなく頑張っているのだから、夜はよほどのことがない限りはしっかりと休むように、と。


(そう言えば、リンド殿下にきつく命じられているから、もし無理をしているとわかったら自分たちが怒られちゃうって皆言ってたっけ……。すっかり忘れてた……)


 自分の気まぐれのせいで、侍女たちが怒られるようなことになったら大変だ。いつも恐縮してしまうくらいによくしてくれているのに。


 慌ててリンドを真っすぐ見すえ、これ以上ない真剣さで頭を下げた。


「あの……! これは私が勝手にこっそりしたことで、侍女さんたちは誰も悪くないんですっ。たまにこのままで本当に魔物を一掃できるのかなって焦っちゃって……、それでつい……」

「……」

「……ごめんなさい。無理をしてるつもりは……なかったんだけど……」

 

 消え入りそうな声であやまれば、リンドの困ったようなため息が聞こえた。



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