その先の未来へ
平穏を取り戻した国に、新しい年がやってきた。
ひんやりとした空気に身を縮こませながら、シェイラが窓から身を乗り出した。
「あっ、リンド! あれを見てっ。もう冬用のリースを飾ってる家があんなにたくさん!」
王都の家や店の軒先に同じ形のリースが飾られているのを見つけ、シェイラが指差した。起き出してきたリンドがシェイラの肩にあたたかなショールをかけ、一緒に窓の外をのぞき込んだ。
「おはよう、シェイラ。君はいつも朝から元気だね」
「ふふっ。こんなに日が昇ってから起き出すなんて、パン屋だったら大寝坊だけどね」
にっこりと笑いかければ、リンドがくすりと笑った。
リンドと結婚して、すでに半年が過ぎていた。
いまだにリンドの伴侶として振る舞うことに戸惑いはあるけれど、王宮での新しい暮らしにも大分慣れてきた。
「国中に冬用のリースが行き渡るまでに、あとどのくらいかかりそうだい?」
「うーん……。多分あと一週間もあれば、どうにかなるんじゃないかなぁ」
国中に出荷されるのを待つばかりの作り立てのパンリースの山を思い返し、リンドに答えた。
「そうか。救国の聖女様は忙しいね。季節ごとにこうして国中に配るパンリースを作らなきゃいけないんだから。毎日お疲れ様」
リンドのねぎらいの言葉に、ふへっと緩んだ笑みをこぼした。
「平気。魔物と戦うわけじゃないし、楽しんで作ってるから。せっかく聖力があるんだもの。皆のために使わなくちゃね!」
老女が言い残した通り、聖力はいまだに消えていない。以前ほど強い力ではないけれど、聖力入りの備蓄パンやリースを作るくらいの力はある。
今はその真っ最中だった。
「たかがパンだけど、それがこの国に暮らす人たちの安心につながるなら頑張らないとね。それにいつ何時何が起きても大丈夫なように、用意しておかなくちゃだし」
老女が言っていた未来が、いつやってくるのかは誰にもわからない。もしかしたら老女にはもう少し詳しい未来が見えているのかもしれないけれど、あれ以来一度も会話を交わしていないのだから用心するに越したことはない。
「でもまぁ、よぼよぼ聖女の口ぶりだともう少し先の未来みたいですけどね。しばらくはこんな穏やかな日々が続けばいいなって……」
眼下に広がる町並みを見下ろしリンドとふたりほぅ、と息をついた。
その瞬間、あっと声を上げた。
「どうした? シェイラ」
心配そうに視線を向けたリンドに、にっこりと笑みを返した。
「今、お腹がぽこんって!」
ゆったりした服の上からでも目立ちはじめたお腹をさすりリンドを見やれば、リンドの顔がぱぁっと明るく輝いた。
「本当かっ! どれどれ……」
リンドが戸惑いと喜びの表情を浮かべ、ふくらんだお腹に手と耳を当てた。
「……うーん。何も感じないな」
「ふふっ! これから何度だってチャンスはありますよ。今からどんどん大きくなるんだもの」
お腹の中ですくすくと育つ命をそっとなで、声をかけた。
「ねっ。私たちの、かわいい赤ちゃん!」
その声に応えるように、もう一度お腹の中からぽこん、と動きが返ってきた。
「ほら! 今のっ、わかったでしょう? 元気よく蹴ったの!」
「あぁ! すごいな……。本当にこの中で私たちの子が育ってるんだな……」
リンドが愛おしそうにお腹をなでた。その少し遠慮がちなおずおずとした手つきに、笑いがこぼれた。
季節がいくつか過ぎる頃には、この子は大きな産声を上げることだろう。そのつぶらな澄んだ目に、この国はどんなふうに映っているだろう。
いつか老女の言う危機はきっと訪れるだろう。けれどそれを未然に防げるか否か、最小限の被害に食い止めることができるかどうかはきっと自分たちの働きにかかっている。
この子の目にどんな国の姿が映るかも。
「頑張ろうね。リンド。この子のためにも、この国のためにも」
「そうだね。責任は重大だけど、それが私たちのなすべきことだ」
立派な王妃になる自信も、立派な親になる自信だってあるわけじゃない。いつだってなんだって手探りだ。時に悩んで落ち込んだり、弱音を吐いたりもする。
それでも、大切なものを守るためには立ち上がらなきゃいけない時はきっとやってくる。その時のために少しでも心を強くたくましく日々を積み重ねていかなくては。
自分にそう言い聞かせるように、小さくうなずき朝日に照らされる町並みを見下ろした。
それからしばらくして、王宮に元気な赤子の産声が響き渡った。同時に、赤子の誕生を祝うように真っ白でふわふわもちもちとした小さな生き物が同時に生まれ出た。
「もっちーズちゃんっ……⁉」
「もっちーズ……だと⁉」
出産を終えたばかりのシェイラと出産の時を今か今かと待ち構えていたリンドが驚きの声を上げた。するともっちーズたちは、跳ねるように躍るようにいそいそとシェイラと赤子の世話を焼きはじめた。
きれいな布でシェイラの額ににじんだ汗を拭ったり、まだ小さく頼りない赤子をあの手この手であやしたりして。
「もしかして……赤ちゃんが生まれて大忙しになるから、私たちをお手伝いしにきてくれたの!?」
目を瞬いて問いかければ、もっちーズたちは当然だとばかりに胸を張ってみせた。そのかわいらしくも頼もしい仕草に、シェイラの目にじわりと涙がにじんだ。
「ありがとう! もっちーズちゃんたちっ。見てちょうだい! この子が私とリンドのかわいいかわいい赤ちゃんよ。どうぞよろしくね!」
リンドとふたり、腕の中の小さな赤子をもっちーズたちに紹介すればもっちーズたちが部屋の中を嬉しそうに飛び回った。
その後、もっちーズたちは赤子の世話にシェイラの手伝いにと甲斐甲斐しく働いてくれた。この時を待ってました、といわんばかりに。
そして不思議なことはもうひとつ。
夜中に赤子がふにゃふにゃとぐずり出すと、どこからともなく老婆の笑い声が聞こえるようになった。
どう考えてもそのしわがれた笑い声は恐ろしく聞こえるのだが、なぜか赤子はきゃっきゃと喜びの声を上げるのだった。まるで、声の主が自分を優しく見守ってくれているのが理解できているように。
それからさらに数年が過ぎさらに王宮がにぎやかになった頃、国にいくつかの異変が起きはじめた。
けれどそれをいち早く察知した若き国王と王妃とが、すぐさま動き国を守り受難を免れたという。
それにまつわるお話は、また別の機会に――。




