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過去と今、そして未来 2

 目を開ければ、見慣れた天井がそこにあった。


「……っ!」


 どうやらベッドに寝かされていたらしい。窓の外はすでに真っ暗だった。


「私、まさか気を失って……?」


 確かリンドとあの丘にいたはずだ。なのになぜ自室のベッドで寝ているのだろう。きょとんと目を瞬き、ようやく記憶が戻ってきた。


「確かリンド殿下と丘の上で話をしてて、昔会ったことがあるって……。それから、リンドが私にお願いがあるって耳元で……」


 耳元に感じた吐息の感覚を思い出し、一気に顔から火が噴き出した。


「うわぁっ……。まさか私、あんな話の最中に気を失ったとか⁉ ありえない……!」


 気恥ずかしさと嬉しさと困惑とで、頭を抱え込んだ。

 だってあの時リンドは――。


 その時だった。突然頭の中に、聞き覚えのあるしわがれた声が響いた。


『ふえっへっへっへっへっへっ!』

「うわあぁぁぁっ! その声、まさか……よぼよぼ聖女⁉」


 思わず叫び声を上げれば、老女がムッとしたようにうなった。


『やれやれ、よぼよぼ聖女とはひどい言いぐさじゃないか。この小娘!』 

「な、なななななんで……⁉ もういなくなったんじゃなかったのっ」

 

 驚きのあまり声を上げれば、老女はおかしそうに笑った。


『ふんっ。あんたがこの先ちゃあんとやっていけるか心配でねぇ。また出てきちまったよ。……で、そろそろ覚悟はできたかい? あの王子に言われたんだろ?』

「覚悟……?」


 きょとんと問い返せば、老女があきれたように鼻を鳴らした。


『今日お前さん、あの王子に言われてたじゃないか。この国の未来の王妃になって、自分と一緒に国を支えてほしいってね。その覚悟は決まったのかって聞いてんだよ、あたしは』


 顔からぽんっと火を噴いた。


(な、ななななななっ! なんで、それを知ってるのっ……⁉)


 けれど言われてみれば、この老女には肉体がないのだ。となれば、どこにいようと何をしていようと筒抜けなのだろう。こうして頭の中で会話までできるくらいだし、多分聖女同士の何かの力が働いて、共鳴しているに違いない。

 正直、傍迷惑な気もするけど。


 そんな心の声が聞こえてしまったのか、老女は鼻を鳴らし告げた。


『いいからお聞き。あたしはあんたに大事な話があってきたんだよ』

「大事な話って?」


 魔物も化け物も倒した今、伝説級の聖女に手助けしてもらう必要のあることなんてないはずだ。その老女が言う大事なこと、とは?


 首を傾げ、老女の言葉を待った。


『実はあたしにはね、この国の未来がちょっとだけ見えるのさ。その未来で、この国は滅亡の危機に見舞われることになるんだよ』

「はっ⁉ 滅亡って……どういうこと? だってもうこの国は平穏になったんじゃないのっ?」


 魔物はきっといつかまた現れる。でもそれはこれまでだって起きてきた、いわばこの世界の周期的なものだ。滅亡なんて物騒なレベルの話じゃないはず。


『いいから、まずは落ち着いてよくお聞き。その未来が必ずくると決まったわけじゃない。でもその未来を変えたけりゃ、今この国に生きている者の力が必要なんだよ。だからあんたにこうして未来を託しにきたんだ』

「未来を託すって、……私に?」


 ぱちくりと目を瞬けば、老女がこくりとうなずいた。


『ま、あんたじゃ大分頼りなくはあるけどね。でも少なくとも今この国にいる人間の中ではあんたが一番見込みがあるからさ』

「でも私が聖女でいられるのなんて、きっとあともうちょっとで……。聖女じゃなくなった私には、何も……」


 老女はそれを、カラリと笑い飛ばした。 


『ひっひっひっひっ! あんたはこれからも聖女のままさ。もっとも聖力が残るって言ったって魔物を倒せるほどの力じゃないし、魔物が現れた時にはちゃあんと別の聖女が現れるから心配しなさんな』


 思いもよらない言葉に、あんぐりと口を開いた。


「聖力がなくならないって……、それ、どういうことっ⁉ じゃあ私は一生このまま聖女として王宮にいるってこと⁉」


 夜中の部屋に響き渡るような大きな声を上げてしまい、慌てて口を覆った。

 

 そんな話、聞いたことがない。歴代の聖女は皆、魔物を倒し終わってまもなく聖力がきれいに消えてなくなったと聞いている。そしてもとの暮らしに戻っていったと。

 ならば自分も近いうちに王宮を出て、ただのパン屋の娘シェイラに戻るはず。


 そう思いかけてはた、と固まった。


(あれ……? でももしもリンド殿下のお嫁さんになったら、それは未来の王妃様になるってことで……。となったら、当然このまま王宮暮らしが続くって、こと?)


 丘の上で、リンドはこう言った。

『シェイラ、私は君と人生をともに歩んでもらいたいと願っている。私には君が必要なんだ。伴侶としても、国を支えるかけがえのない信頼に足るパートナーとしても。だから私と結婚してくれないか』と。


 けれど肝心の返事をする前にあまりの衝撃で卒倒してしまい、話は宙ぶらりんのまま何の返事もしていないのだけれど。


(もしもリンド殿下と結婚したら、当然王宮暮らしだよね……? いや、でも身分だって違い過ぎるしパン屋の娘と王子が結婚だなんて、まさかそんな……)


 一気に全身から汗が噴き出した。


 そんなことあり得ない。こんな何の取り柄もない平凡なパン屋の娘、しかもまともに食べられるパンもろくに作れない自分がリンドのお嫁さんになるなんて。まして未来の王妃になるなんて。


 すると老女が、またしても何もかも見透かしたように鼻で笑った。


『まぁだそんなくだらないことで悩んでるのかい。いいかい? この国の未来で起こるその出来事に太刀打ちできるのは、あんだだけなんだよ。あんたとあの王子とが手を携えてこの国を守らなきゃ、この国は死ぬ』

「……っ!」

『そういう未来が、あたしにはちゃんと見えてるんだよ! だからこそ、あんたにはっぱをかけにきたんだよ。さっさと覚悟を決めて、あの王子と結婚しちまいなってね!』

「ええええええーっ⁉」


 わたわたと慌てふためき、老女に問いかけた。


『あんたと王子とが力を合わせてこの国を守れば、きっと未来はいいものに変わる。だけどその道は決して平坦じゃない。その時がきたら、きっと相当に苦労するしくじけそうにだってなるだろう。だがね……』


 老女の声が、ふわりとやわらかくなった。


『だけどあんたたちなら、きっとやり遂げるさ。あたしがこうまで見込んだんだ。今はまだ頼りなくとも、きっとこの国の未来をあんたたちなら守っていける。そう信じられたから、あたしはあんたのところにきたんだよ』

「……」


 老女は、だからさっさと王子の求婚に答えろと何度も念を押してまたしても消えていった。その時がきたらまた手を貸してやるから、と言い残して。

 そしてあとひとつ、奇妙な予言も残していった。


『なぁに心配はいらないよ。あんたが助けを必要とした時には、またきっと力強い助っ人が姿を現すだろうからね』

「助っ人?」

『あんたがようく知っているものだよ。だから安心して、幸せにおなり。あんたは皆にこんなにも愛され必要とされているんだからね。しっかりやんな。この国を頼んだよ』


 老女の声が消えた部屋の中に、気づけば爽やかな朝日が差し込みはじめていた。 



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