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パンまず聖女の平穏 3

 

「救国の聖女人気と言えばさ! ここにくる途中大変だったんだぞ? 俺がお前に会いに王宮に行くんだって言ったら、皆お前にこれを渡してくれだの自分のことをうまいこと言っておいてくれとかさ」

「え? 何それ?」


 意味がわからずきょとんと問い返せば、トルクが意味ありげにちらとリンドに視線を移した。


「それがさー、独身の若い男どもが皆シェイラと結婚したいとか恋人になりたいとか大騒ぎなんだよな! なんたって救国の聖女だしな。パンが焼けなくてもかまわないってさ!」

「ええええーっ⁉」


 なんともあからさまな手のひら返しである。あんなに皆パンまず聖女とか言ってひどいことを言っていたのに。

 もっとも民が聖女パンに大いに悩まされていたのは本当みたいだし、まずいのは事実だから仕方ないけど。


 それでもおもしろくない気分で口を尖らせていると、リンドの様子がおかしいのに気がついた。


「どうしたんですか? リンド殿下。なんだか顔色がよくないような……」


 気のせいか、リンドの顔が青い。さっきまではなんともなかったのに、一体どうしたんだろうか。

 するとリンドは慌てふためいた様子でトルクに近づくと、肩をがしっとつかんだ。


「トルク! それは一体どういうことだっ? 詳しく教えてくれっ」

「?」


 突然に血相を変えてトルクに詰め寄ったリンドを、首を傾げ見やる。

 そんなリンドを、なぜかカイルも侍女たちも皆何とも言えない顔で見つめている。


「もともとシェイラって、実は結構人気あったんだよな。なんて言うかほら、人畜無害っていうかさ。小動物みたいで憎めない感じじゃん? なんなら、シェイラ目当てでパン屋に通ってたやつもいたみたいだし」

「くっ……! や、やはりそうなのかっ⁉」


 リンドの顔色がどんどん悪くなっていく。今にもその場に倒れ込んでしまいそうなくらいに顔色を失っていくリンドに、トルクがにやりと笑った。


「そろそろ本気を出さないと、まずいと思うんだよなぁ。俺」

「……⁉」

「ええっと、金物屋の息子はでっかい花束で、町一番でっかい農場主の長男坊からは、ピカピカのネックレスをシェイラに渡しておいてくれって言われたな」

「……!」

「あぁ、そうそう! 町長の跡取り息子なんか、シェイラが嫁にきてくれるんならすぐにでっかい家を建てるとか意気込んでたぞ」


 次々と明かされる事実に、リンドの足元がふらりとよろめいた。


「あの……、大丈夫ですか? 殿下。さっきからなんだか具合が悪そうですけど……」


 なぜ自分に贈り物を渡そうと試みた人たちの話を聞いて、リンドが具合が悪くなるのかはさっぱりわからない。これまでだってでっかい南瓜だの果物だのは、王宮にたくさん届いていたんだし。

 きっと花束だってネックレスだって、国を救った聖女への感謝の印に手渡してほしいとトルクに頼んだだけだろう。

 なのになぜ今日に限ってそんなに動揺しているのか。


 リンドはしばし頭を抱え込み、そしてようやく声を絞り出した。


「そ……それでそれをもってきたのか? シェイラに渡せと言われたそれを、まさか届けるためにここに……?」


 心なしかリンドの声が不安げに揺れている。化け物相手にも揺れなかったリンドが。

 いよいよもって様子がおかしいと歩み寄ろうとしたのだけれど。


「まっさか! そんなもん、全部突き返してやったに決まってんだろ? 自分で求婚もできないような男に、シェイラをどうにかできるもんか。だってこいつは……」


 その瞬間トルクとリンドが一斉にこちらを向いた。

 思わずこくりと息をのんで、トルクの言葉の続きを待った。


「だってこいつ、そういうことにはその辺の五歳児よりうといんだぞ? 人に頼んで贈り物するようなやつに、こいつをその気にさせられるわけないだろ!」

「……?」


 けなされているのか、認められているのか果たしてどっちだろう。なんだかとってももやっとする。

 何とも言えない顔で立ち尽くしていると、リンドがこくこくと納得したようにうなずいた。それがまたなんとももやるのはなぜだろう。


「そうか。トルク、君の機転に感謝するよ。それと君の言う通り、やっぱり真正面からぶつかるべきだよな。うん」


 さっきまでの不安げな表情から一転、リンドは何やら決意をみなぎらせた顔でトルクと顔を見合わせもう一度大きくうなずいた。


(一体何なの……? 全然わかんない!)


 とりあえずはいつもの調子を取り戻したリンドの背中を、トルクが励ますようにバンバンと叩いた。まるでずっと昔からの友人のように。


 トルクがにかっと笑みを浮かべ、リンドに告げた。


「そうそう! ま、大丈夫だよ。心配いらないって! それにもしもうまくいかなかったらさ、俺んとこに遊びにこいよ。うんとなぐさめてやるからさ」 

「あ、あぁ。ありがとう、トルク」


 何度も言うがトルクとリンドとは身分も違うし、年も離れている。決して気心の知れた長年の友人のような関係性ではないはずだ。

 けれどふたりにとっては、そんなことどうだっていいらしい。


 リンドはにっこりと微笑むと、トルクにうなずいた。


「君をがっかりさせないためにも、何よりも自分のために精一杯やってみるよ。もうずっと……ずっと長く待ち望んでいたことなんだからね」

 

 その微笑みはドキリとするほど素敵で、優しくて胸が忙しなく動き出す。

 何の話かはさっぱりわからないけれど、とりあえずはふたりの話は終わったらしかった。


「じゃっ、俺はそろそろ帰るよ! 帰って父ちゃんの手伝いをしないとさ」


 すっきりした顔でトルクがこちらを見つめ、告げた。


「俺だってさ、こいつのこと大事に思ってるんだ。お得意さんってだけじゃなく、何て言うか……ちょっと馬鹿だし頼りないけどいいやつだからさ。だからさ、こいつのことよろしく頼むよ。リンド殿下!」

「……?」


 照れ臭そうな顔でそう言うと、トルクは乱暴に鼻の下をこすった。


「あぁ、わかっているよ。トルク」


 最後にリンドとうなずき合い、トルクは手をぶんぶんと振った。


「へへっ! じゃあなっ」


 こうして嵐のようにやってきたトルクは、元気よく去っていったのだった。



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