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パンまず聖女、町へ出る 2

 ふたりおそろいの鼠色の外套を羽織った姿で、町をそぞろ歩く。

 行き交う人たちが時々ぎょっとした顔で通り過ぎるのにも、大分慣れてきた。


「あ、あそこの屋台がすっごく人気なんです! 行きましょうっ」

「何が人気なんだ?」

「えーと、一番人気はお肉と野菜を組み合わせた、ちょっとピリ辛の串焼きですね」


 途中お気に入りの店や屋台に立ち寄り、買い食いしながら町を歩く。


「これは……なかなかうまいな! 少々濃い目の味つけだが、この甘いジュースと相性抜群だ」

「そうなんですよっ! あ、あそこのお店はたっぷりのクリームを挟んだお菓子がおいしいんです。さぁっ、売り切れないうちに買わなくちゃ!」

「あ、おいっ! そんなに走らなくても……」


 リンドとの町歩きは、想像以上に楽しかった。

 町のことをよく知らないリンドにあれこれと教えながら、おいしいものに舌鼓をうつ。そんなごく他愛もない時間だけど。


 ちらと隣を歩くリンドを見やり、そっとはにかんだ。


(なんだか不思議な気分。王子様とただのパン屋の娘の私が、一緒に町を歩いてるなんて……)


 リンドには、心から感謝している。

 聖女としての務めは確かに大変だけど、専属侍女たちや衛兵たちも皆いい人たちばかりだし食事もおやつもとびきりおいしい。

 与えられた自室には、両手でも抱えきれないくらい大きなぬいぐるみまである。

 

 それも全部、リンドが家族と離れて寂しくないように、と用意してくれたものだと聞いた。そんな心遣いが泣けるほどに嬉しい。だから頑張ろうという気にもなる。


(王族や貴族の人たちってもっと怖いと思ってた。平民なんて相手にしてくれないんだろうなって……。でもリンド殿下はすっごく優しいし、ちっとも気取った感じもなくて気楽におしゃべりしてくれるし……)


 こっそり気づかれないように、リンドの横顔をのぞき見る。


(きれいな顔だなぁ……。陛下よりも王妃様似、かな。あ、でも目元がキリッとしてる感じは陛下に似てるかも)


 こんなことでもなければ、間近で顔をまじまじと見る機会なんてない。ここぞとばかりに観察していると、リンドの顔が薄っすら赤らんでいくのに気がついた。


「あまりそうジロジロと見られると……、歩きにくいんだが」


 小さな声でつぶやかれ、慌てて視線をそらした。


「あっ!? すすすすすっ、すみません! 滅多にない機会かなと思って、つい……」

「人を珍獣扱いするな。一応は君と同じ普通の人間だ」


 そうは言っても、王族なんて何かの式典の折にものすごく遠くで手を振っている姿を見るのがせいぜいだ。あとは町で売られている絵姿くらいでしか、まじまじと顔を拝む機会なんてない。

 好奇心を抑えきれなかったのも、無理はないと思う。


 けれど確かに顔をじろじろと見られて嬉しい人はいないだろう。憮然とした様子に、慌てて頭を下げた。


「いや、いいんだ。ちょっと気恥ずかしくなっただけだから……」

「え?」


 リンドは何やらもごもごと言い淀んだのち、こちらをちらと見た。


「でも私は、たまたま王家に生まれただけの君と同じ人間だ。君と何も変わらないよ」

「でも、リンド殿下は国中で立派だと評判ですもん。未来の国王陛下にぴったりだって、皆言ってますし」


 実際、リンドの人気は絶大だった。


 現国王と王妃の間には、他に子はいない。他にも王位継承権を持つ人がいるらしいけど、次代の玉座にもっとも近いのはリンドであることに変わりはない。

 そんなリンドがこんなふうに気さくに接してくれるなんて、といまだに信じられない気持ちだ。


「それに比べて私はせっかくパン屋の娘に生まれたのに、まともなパンひとつ作れなくて……。本当に嫌になっちゃいます。へへっ」


 どうにか笑みを浮かべ、リンドを見やった。

 するとリンドが複雑そうな表情を浮かべ、口を開いた。


「……君は、パンを作るのは好きか?」

「へ? そりゃあ、もちろん好きですよ。なんたってパン屋の娘ですもん」


 幼い頃からずっと両親が毎日パンを作っているのを見てきた。


 大量の小麦粉があっという間にこねられ、もっちりとしたパン種ができあがる。それがふっくらと膨れて発酵したら、色々な形に成形して窯で焼き上げる。


 真っ白だったパン種がみるみる黄金色に焼けると店中に香ばしい香りが漂って、たまらなく幸せな気持ちになるのだ。


「それに! 焼きがったばかりのパンに耳を近づけると、パチパチパチパチ音がするんです。それがまるでおしゃべりしてるみたいで楽しいんですよ」


 どんどん焼き上がる大量のさまざまなパンを店先に並べれば、焼き上がりを待ちかねていた客たちがにこにこと嬉しそうにそれらを買っていく。

 その光景を見るのが、小さい頃から大好きだった。


「なんていうか……、おいしいものでお腹が満たされるのってとっても幸せじゃないですか。その幸せのお手伝いをしているみたいで、とても幸せな気持ちになるんです」


 けれど、残念ながら自分にはパン職人の道は向いていなそうだ。とっくにわかってたけど。


 へらり、と笑って、目尻ににじんだ涙をごまかした。


「でも私には無理だってあらためてわかりました。あんなまずいパンじゃ、誰も幸せになんてできないですもん」


 聖女としては、パンをこねて聖力を放てている以上自分の働きは無駄ではないのだろう。でも肝心のパン屋を継ぐという夢は立ち消えてしまった。


「いいんです! 店はきっと弟が継いでくれるから安心です。弟は私より六つも年下なのに、もう色んなパンを上手に焼けるんですよ! すごいでしょ? だからきっと大丈夫……」


 ごしごしと外套の袖で、乱暴に目元の涙を拭った。

 それをリンドはじっと見つめ、つぶやいた。


「今度、私めた君の作ったパンを食べてみよう。実はまだその機会がなかったんだ」


 慌てて首をぶんぶんと横に振った。


「だめですよ! 殿下がお腹でも壊したら大変ですっ」


 パンがマズいという理由で、叱られてはたまらない。これ以上は落ち込みたくもないし。

 けれどリンドは引き下がらなかった。


「立場上、幼い時から色々な毒に耐性を付けてきているからな。おそらく問題ないだろう。心配はいらない」

「……」


 まさか私のパンが毒と同じ扱いで語られる日がくるなんて思っても見なかった。

 リンドに悪意がないのはわかっているけれど、いささかショックを拭えない。


 でもリンドの気遣いがあたたかくて、少しだけ気持ちが軽くなった。


「そんなことより! よかったら、私のとっておきの場所に行きませんか?」

「とっておきの……場所?」


 きょとんとした顔で問いかけたリンドの手を取り、こくりとうなずいた。


「さ、行きましょ! こっちですっ」

 

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