パンまず聖女の平穏 1
「さて、まずは此度の働き皆ご苦労だった。よくぞこの国の平穏のため危険を賭して戦ってくれた。礼を言うぞ」
国王のねぎらいの言葉に、リンドにならい深く頭を垂れた。
謁見の場には、多くの貴族や神官たちが集まっていた。中には先日の吊るし上げで散々に言ってくれたゲルダン派の面々も見える。が、その者たちが担ぎ上げようとしていたゲルダンとミルトンの姿は、ここにはない。
今頃は薄暗くじめじめと冷え切った牢獄で、自分たちの冒した罪の大きさに深くうなだれている頃だろう。同じく、歪んだ研究欲にかられてこの国を危機にさらした呪術者たちとともに。
「さて、聖女シェイラよ」
国王の視線がつとこちらを向いた。
「は、はいっ!」
しゃきんっ、と背筋を伸ばし国王をちらと見た。
圧倒されるような圧を全身から漂わせつつも、玉座から注がれる眼差しはどこかあたたかい。最初はなんて威圧的で怖い空気を漂わせている人だろう、と思ったりもしたけれど、いざすべてを終えて対面してみると少し印象は違っていた。
(そうだよね……。陛下だって昔は、リンド殿下みたいに若かった頃があるんだもんね。たくさんのことを乗り越えて、こんな立派な国王様になったんだもの。ただ怖いだけなんてあるはずない)
いつの日かリンドも、こうやって玉座から臣下たちを見下ろす日がくるのだろう。そんな光景を想像すると、なんだか不思議な気持ちがする。
ちらりと国王の隣に座する王妃に視線を移せば、にっこりと優しい微笑みが返ってきた。慌てて顔を伏せれば、ちくりと胸の奥が痛んだ。
(そっか……。ってことはいつかリンド殿下の隣には、こうして王妃様が座るんだわ。素敵な人……なんだろうなぁ。どこかの立派な貴族のご令嬢で、賢くてきれいでどこに出ても恥ずかしくないような素敵な……)
いつかリンドの隣に座る令嬢をぼんやりと思い浮かべれば、ますます胸が痛くなった。ぎゅうぎゅうと締め付けられるように痛い。
(もう忘れよう……。何もかも終わったんだもの。聖女としての務めを無事に果たせただけで、リンド殿下と一時一緒に過ごせただけで満足しなきゃ……!)
自分に言い聞かせ、国王の言葉を待った。
「そなたには礼を言っても言い尽くせぬな。見事化け物を倒し魔物を一掃してくれたこと、心より感謝する。色々と苦しい戦いであったろうが、よくぞ耐え抜いてくれた」
「は、はいっ……! ありがとうございますっ」
恐縮して、床に頭をすりつける勢いで頭を下げた。
「さて、リンド。そなたの去就についてだが、此度の悪事を働いたのがゲルダン侯爵とその息子ミルトンの仕業と判明した以上、そなたがあとを継ぐということで異論はないな?」
国王の言葉に、一瞬貴族の間からざわめきが上がった。けれどそれもほんの一瞬のことだった。皆口をつぐみ、リンドの反応を待つ。
「はい。必ずやこの治世にも負けぬ平穏で豊かな国とすることを、私のすべてを賭けて誓います!」
凛とした力強い宣誓に、大きな拍手が巻き起こった。ゲルダン派の貴族たちも、渋々とながらそれに続いた。
「ゲルダンとミルトンについてだが、すでに悪事の数々の証拠も裏付けも取れている。国を乱し危機に陥れたその罪は重い。よって近々刑に処されることが決まった」
国王の言葉に、謁見室がしんと静まり返った。
次代の王位を欲するあまり、ゲルダンとミルトンが犯したすべての罪は白日の下にさらされた。
すでに消滅したはずの魔物を、幻影を使って復活させたように見せ国を混乱に陥れたこと。その責を聖女に押しつけようとしたこと。
聖力をもってしても平穏を取り戻せなかった失態をもとにリンドを失脚に追い込み、息子ミルトンを次代の玉座に据えようと画策していたことも、すべて。
そして呪術者たちもまた、国と民を脅威に陥れた罪で同じく処されることになった。
ともかくも、こうして国を大きく揺るがした一連の危機は、ついに去った。
もはや魔物はこの国には存在しない。またいつの日にか人々を恐怖に陥れる日がくるのだろうけれど、それはきっとまだまだ先の話。
よって聖女は国に無用の存在となり、聖力もまた自然と消えてなくなるはず――だった。
けれど謁見が終わってしばらくがたったある日の王宮では。
まぜまぜまぜまぜ……。こねこねこねこね……。
ポスンッ! ベチンッ!
こねこねこねこねこねこねこねこね……。
ビタンッ! バチンッ!
「シェイラ様! 本日のおやつは料理長特製の特大プリンだそうでございますよっ」
「使っている新鮮卵と付け合わせのフルーツは、聖女様への感謝の印にって民から王宮に届けられたものだそうですわ!」
侍女たちの明るく弾んだ声に、粉だらけの顔で笑みを返した。
聖力は、なぜか今も消えていない。よって未だに聖女としての役目を果たすため、王宮で暮らしている。
もちろんもう倒すべき魔物はいない。ならば何をしているのかといえば、備蓄用のパンや魔除けや害獣除け用のアイテムを作るためだ。
手元にある作りかけのパンリースを持ち上げ、しげしげと見つめた。
もちもちとしたパン種を器用に編み込んで、切り込み細工なんかを施したかわいらしいリースである。
パンでこうした飾り用のアイテムを作るのは、珍しいことじゃない。でもこうもたくさん作ったのは、当然なことながら生まれてはじめてだ。
コキコキと凝り固まった肩を解しつつ、ふぅ、と息をついた。
正直大変ではあるけれど、これもこの国の民の安心と平穏のためと言われれば仕方ない。それになんと言ってもこれは、国王直々の王命なんだし。
(きっともっちーズちゃんたちがいたら、楽しそうににぎやかに手伝ってくれたんだろうなぁ……)
かつてもっちーズたちがすやすやとお昼寝をしていたクッションの山を見やり、小さく微笑んだ。
最後の戦いのあと、残っていたもっちーズたちも皆いなくなってしまった。いくら聖力を放とうと、もうもっちーズは現れなくなったのだ。
理由はわからない。でももしかしたら、もっちーズたちはこの国の危機を察して自分を助けるために現れてくれた気がする。
その危機も去った今、もう助けはいらないはずと眠りについたのかもしれなかった。
(せめて、お別れだけでもちゃんと言いたかったな……。目一杯ぎゅって抱きしめて、たくさんお礼を言いたかったのに)
けれど仕方がない。もっちーズちゃんたちが、今は安眠できているのだと思えば、それはそれで喜ばしいことなんだから。
寂しさをぐっと押し込めて、再びパンこねを再開しようとしたその時だった。
バアァァァァンッ!
勢いよく部屋の扉が開き、トルクが飛び込んできたのだった。




