背中を押してくれるもの 4
ぱちっと目を開ければ、そこには空が広がっていた。どうやら意識を失って地面の上に寝かされていたらしい。
周囲から聞こえる戦いの音にガバリと起き上がり、皆を見やった。
「リンド殿下……! 皆……‼」
荒れ狂う化け物に、リンドと兵たちが懸命に立ち向かっていた。
空を飛び交うパン礫が、大きく弧を描いて化け物に無数に降り注いでいた。けれどそのほとんどは口から吐き出される猛烈な炎で消し炭になって、地面に落ちていく。
それでも誰ひとり怯むことなく、あきらめることなく礫を放ち続けていた。
その姿に、胸の奥がぐっとなった。
「……」
ゆらり、と立ち上がり化け物を見すえた。
魔物とも獣とも違う、異形の化け物。人間が恐怖から生み出した、呪われた化け物。
そんなものをこの国に野放しにするわけにはいかない。どんなことをしてでも、倒さなければ。
ふつふつとわき上がる決意にぐっと拳を握りしめたシェイラな足元で、砂がジャリッと音を立てた。
「私……、やらなきゃ……。絶対に……化け物からこの国を守らなきゃ。大好きな、大切なこの国を……‼」
『ひっひっひっひっ! いい面構えになってきたじゃないか。……さぁ、小娘。あの化け物に思い知らせてやんな。この国の聖女をなめるなってさ!』
「はいっ!」
威勢のいい声で答えれば、体の中の聖力が一層熱を帯びた。
ぶわり……‼
手のひらからあふれ出した聖力が、ものすごい勢いで化け物のいる方向へと向かっていく。
グワァァァァァァァッ!?
これまでとは明らかに違う聖力の気配に気がついたのか、化け物がゆっくりと振り返った。
と同時に、聖力が化け物をすっぽりと包み込んだ。
ズドオオォォォォンッ……‼
一帯に響き渡る振動と眩い光に、リンドや兵たちが驚きの顔で振り返った。
「……シェイラ!?」
リンドの声が聞こえた気がした。
自身の体に次々と降り注ぐ聖力に、化け物は苦しげに咆哮を上げのたうち回る。
「くっ……! まだまだぁっ!」
すると驚いたことに、聖力が糸のように細く長く伸びて化け物の体をぐるぐる包みはじめた。
「こ、これは……!」
「化け物の体が……」
兵たちの口から、驚きの声が上がった。
あっという間にぐるぐる巻きに拘束された化け物は、轟音とともに地面に倒れ込む。その隙にリンドが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「シェイラ! 大丈夫かっ⁉」
「リンド殿下! 遅くなってすみませんっ。大丈夫でしたかっ?」
「そんなことより、君だっ! 動いても平気なのか? それにその聖力は……⁉」
聖力が枯渇して気を失ってしまったはずなのに、なぜ再び聖力を放っているのか。少し横になっていただけで回復するとは思えない。
リンドの顔にはそう書いてあった。
「えっと……話せば長くなるんですけど、私例の化け物を倒したっていうよぼよぼ聖女と会ったんです!」
「は……⁉」
リンドの目が驚愕に見開かれた。
「いや、会ったっていうのは違うか。声を聞いただけなんだし……」
「シェイラ、君……大丈夫か? まさか聖力を使い過ぎて、頭が……?」
いぶかしげに首を傾げたリンドに、慌てて簡単に事情を説明した。
意識を失っている間、かつて化け物と戦い見事倒した老女に声をかけられ聖力をもらったこと。そのおかげで再び戦えるようになったのだ、と。
「まさか……そんなことが……?」
にわかには信じがたいといった表情のリンドに、苦笑した。
気持ちはわかる。いまだに自分だってこれが本当なのかどうか疑わしいくらいだし。けれど体の中に流れる聖力は間違いなく本物だし、自分のそれとは比べものにならないくらい強力だった。
おかげでこうして、ひとまず化け物の動きを封じることができたわけだし。
ちらと地面の上で苦しげな声を上げながら暴れ回る化け物を、ちらと見やった。
「老女の話では、あの化け物を倒せば陣の効力も同時にぶち壊せるらしいんですっ! そもそも術としてもそこまですごいものじゃないらしくって」
そんなことがわかる老女とは、一体何者なのか。リンドは老女のことを特別だと言っていたけど、何をもってして特別なのか聞いてみたい気はする。けれど今はそんな余裕はない。とにかく化け物をどうにか倒すのが先決だ。
その情報に、リンドの目がキラリ、ときらめいた。
「それは本当かっ!」
「はいっ! それに今この国にはとんでもない力が生まれつつあるみたいなんです!」
「とんでもない……力? なんだ、それは?」
首を傾げたリンドに、老女から聞いた話を伝えた。
なんでも国のあちこちで、まさに今自分たちの大切な国を守ろうと民が次々と立ち上がっているらしいのだ。
聖女に運命を委ねるのではなく、自分たちの力で国の平穏を取り戻そうと魔物たちと戦っているのだ、と。
「その思いの力と聖女の力。それが合わされば、きっと化け物を倒せるって……。それくらい、人の思いの力は強いんだって言ってました」
その強い思いと新旧聖女の力。そしてリンドや兵たち、もっちーズたちの力が合わされば、どんな奇跡だって起こせる、と。
「私たちと新旧の聖女、そして民の強い思い……か」
リンドとふたり、空を見上げた。
今この国はひとつになろうとしている。戦っているのは、自分たちだけじゃない。民もまた皆心をひとつにして、この国の平穏のために立ち上がっている。
その強い思いが不思議な力となり、奇跡が起きようとしていた。
ぶるり、と体が震えた。怖いからでも不安だからでもない。ふつふつとわき上がるあたたかな感情に、体が震えた。
「リンド殿下……! きっとやれます……。私たち」
リンドも同じ思いを感じていたらしい。力強い笑みを浮かべ、リンドもこくりとうなずいた。
けれどたったひとつだけ、問題があった。
「ただ、実はひとつだけリンド殿下にお願いがあるんです……」
おずおずと切り出せば、リンドが目を瞬いた。
「なんだい? なんでも言ってくれ。私にできることならなんでも……」
「えっと、実は聖力はもう何の問題もないんですけど、肝心の体がもう言うことを聞かなくてですね……」
自分の足を指さし、リンドに見せた。
ぶるぶる……。
ガクガク……。
情けないことに、もはや聖力を放つに足る力が体に残っていなかった。こればっかりはすでに生身の体を失った老女にも、どうにもできないらしい。
「なので、私が聖力を放つ間リンド殿下に私の体を支えててもらえないかなって……思うんです、けど……」
気恥ずかしさを感じつつもおずおずと切り出せば、リンドがこくりとうなずいた。
「……あぁ! もちろんだ。私が君を全力で支えてみせる。シェイラ! だから君は存分に化け物を倒してくれ」
その頼もしい笑みにこくりとうなずき返し、ぐっと拳を握りしめたのだった。




