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背中を押してくれるもの 1

「シェイラ!? まさか君はかつての聖女と同じ運命を辿る気じゃ……? だめだっ。そんなことしたら君が死んでしまう!」


 肩をつかむリンドの手に、ぐっと力がこもった。


「約束したはずだっ! 君ひとりにすべてを背負わせるつもりはないとっ」

「でもっ! でも、もっちーズたちが束になってかかっても防御することもできないんですっ。となると、兵たちだってリンド殿下の命だって、守れないんですっ!」


 これまでは攻撃を無効化できるもっちーズたちが自分たちを守っていてくれたから、どうにか反撃できていたのだ。

 けれどそのもっちーズたちさえ、歯が立たずに消えていってしまった。


 となれば、残る道は捨て身で自分が化け物に立ち向かうしかない。


「見てください。もう兵たちだってクタクタです。パン礫だって、そのうち尽きるでしょう。そうなったら……」


 シェイラは、リンドの手を両手でぎゅっと握りしめた。

 

「シェイラ……」


 驚いた顔でこちらを見つめるリンドに、にっこりと微笑んだ。


「殿下は私が目一杯の聖力を放つ間、兵たちとありったけのパン礫で化け物に攻撃してください」

「しかし、シェイラ……! 君の体が……!」

「私はまだよぼよぼじゃないし、体力には自信だってあるんですっ! 聖力だって随分増えたし!」


 以前に比べれば、体の中に流れる聖力の量は倍近くに膨れ上がっている。

 と考えれば、全力で聖力を放ったってそう簡単に力尽きるとは思えない。


 それに――。


「殿下……。リンド殿下……」

「……なんだ。シェイラ」

「何があっても、必ずこの国を守るって約束してください。いつかきっと立派な国王になって、この国をどこよりも平穏で幸せな国にするって……!」


 リンドの顔が、くしゃりと歪んだ。


「……」


 握ったままのリンドの拳がぶるり、と震えた。


「私もきっとこの国を、化け物から守ってみせます! 死んだりなんてしませんっ。だから……私に力をください」

「……?」

「あの時みたいに、言ってください。『君ならできる』って。そうしたらきっと私、やり抜けるから!」


 そう言ってリンドに笑いかければ、リンドの口から「くっ……!」という声がもれた。


 リンドだってもうわかっているはずだ。他にこの化け物を倒す方法がないことくらい。


 おまけにこれを倒したところで、陣の効力は消えないかもしれないのだ。戦いはまだしばらく続く。

 なら今のうちに戦い方を知っておくためにも、聖女が立ち向かうしかない。


「……」


 拳を震わせたまま返事をしないリンドを見つめ、もう一度ぎゅっと手を握りしめた。


「……君なら」

「……はい」

「きっと……」

「はい……!」


 はじめて声をかけてもらった時の記憶がよみがえる。


「君なら、きっと……やれる。……私はそう……信じている……。シェイラ……」


 その瞬間、体中に熱い何かが駆け巡った。


「はいっ……。はい……!」


 リンドの潤んだ悲壮な色をたたえた目が、自分を見つめていた。

 

 きっと大丈夫だ。不思議とそう思えた。


 こくり、とうなずきにっこり笑った。リンドの顔にもぎこちない笑みが浮かぶ。


「私……、やってみます! リンド殿下、あとのことはよろしく頼みますっ。じゃあ……!」


 リンドの手を離し、化け物へと向かって走り出した。


 リンドの止める声が聞こえたけれど、立ち止まらなかった。

 そして化け物をまっすぐに見上げ、力強く宣戦布告したのだった。


「聞きなさいっ。化け物! この国は、私たちの大切な場所で守りたいものがたくさんあるのっ! 絶対にさせない!」


 ……ゴガァァァァァァッ?


「あんたなんかと刺し違えて死ぬ気なんてこれっぽっちもないけど……! でも、もしそうなったって絶対にあんたなんかに好きにさせないからねっ。もっちーズちゃんたちのためにも……絶対に……‼」


 再びじわりとにじんだ涙を振り払い、こちらに視線を向けた化け物を見やった。


「シェイラ……」

「……殿下」


 最後にちらりとリンドと視線を交わし、微笑み合った。


 不安や恐怖がないわけじゃない。リンドだって引き止めたい気持ちがないわけではないだろう。もしかしたらかつての聖女のように、これが今生の別れになるのかもしれないのだから。


 けれどもう言葉はいらなかった。

 きっとふたりの気持ちはひとつだから。この国を守りたい。大切なものを守りたい。そのために必要ならどんな強敵にだって立ち向かう。


 そんな思いを胸に、ついに化け物との全力対決がはじまったのだった。



 ◇ ◇ ◇


 その頃、国中の町や村、街道では民が魔物相手に雄々しく立ち向かっていた。


「おいっ! パンをもっと運んでこい! 絶対に町の中に入れるなよっ」

「魔物め! 俺たちの町は俺たちで絶対に守ってみせるっ。お前たちなんて一歩も入れないからなっ」


 町をぐるりと取り囲むように積み上げられた聖女パンでできた壁に身をひそめ、男たちが空飛ぶ魔物たちを見やった。

 

「皆っ! 魔物の視界にできるだけ入らないように、身を隠してパン礫を投げつけろ!」

「あぁ! 任せときなっ」

「女子どもたちは、魔物に見つからないようにパン礫の補給を頼んだぞっ!」

「わかってるよっ! 俺たち子どもだって頼りになるってとこ、見せてやるやるっ」

「あたしたち皆で大事な町を守らなきゃ! ねっ」


 普段は酔っぱらいや荒くれ者の相手がせいぜいの自警団の面々が中心となり、魔物たちの襲撃から町を守るべく町人が立ちあがっていた。

 腕っぷしに自信のある男たちはもちろん、女子どもも聖女の焼いたカチカチのパンを手にしっかりとうなずいた。


 金物屋のおかみが、空を旋回する魔物たちを見上げつぶやく。


「これまでは聖女様に頼りきりだったけど、ここはあたしたちの大事な町なんだ。あたしらがしっかり守らなきゃね!」


 それに応え、腰の曲がった老人がこくりとうなずいた。その手には補給用のパン礫がどっさり抱えられている。


「そうさな! 聖女様だってリンド王子殿下だって、今この国のために命がけで戦ってくださるんだからのぅ。わしらも、この国の民としてちょっとはいいとこ見せんとな」


 ちょっぴり小生意気そうな少年が、魔物たちに向かってパン礫を投げつけ力強くうなずいた。 


「なんてったって俺たちには、聖女様のパン礫があるんだ! これなら俺だって魔物をやっつけられるさ」


 もともと父親とともに森に狩りに入ることもある少年だけあって、コントロールは抜群だった。少年の放ったパン礫は、見事に空から町へと襲いくる魔物の口にぽいっと飛び込んだ。


「よしっ! また命中したぞっ。どうだっ! 聖女様のパンの味は⁉」


 魔物が聖女パンをごくりとのみ込んだ次の瞬間、けたたましいうめき声を上げながら暴れはじめた。


 グ……グゴォォォォォッ!?

 ギャアァァァッ!


 明らかにその様子は苦しげで、みるみる高度を落とし地面へと落下していく。


「やったぞ! また魔物を一匹倒したぞっ」


 町人たちが見つめる先で、魔物はあっという間に絶命しその体は光に溶けるように跡形もなく消え去ったのだった。


 同じようなことが、あちらこちらで起きていた。

 シェイラとリンドたちは化け物を相手に、その間民は一丸となって自分たちの平穏を脅かす魔物に立ち向かう。それはこれまでの歴史上類を見ないことだった。


 皆の心がひとつになろうとしていた。

 大好きな自分たちの国を守りたい。そのためには聖女ただひとりに運命を委ねるべきではない。人任せになどせず、自分たちも立ち上がるべきだ。


 そんな気運の高まりとともに、いよいよ奇跡が起きようとしていたのだった。



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