いざ、最後のお掃除です! 4
化け物の太い腕がもっちーズの体に深くめり込んだ衝撃で、力を無効化できるはずのもっちーズの体がゆっくりと傾ぎ、そして――。
「にぃぃぃぃーっ……!」
もっちーズの大きな真っ白い体は、空中で離散した。一キラキラと日にきらめく粉―ー、まるで生まれる前の小麦粉に戻ったかのように白い粉となって姿を消したのだった。
「……っ!」
目の前で起きたことが信じられず、その場にガクリと膝をつく。
「そ……そんな……、もっちーズちゃん……」
涙がふたつの目からポトリ、ポトリ、とこぼれ落ちていく。
心が引き裂かれるように痛い。聖力から生まれたもっちーズたちは、文字通り分身だった。そんな存在が一瞬にして目の前で消えてしまった。
その事実を信じられず、呆然とする。
「もっちーズちゃんが……。まさか……そんな……」
跡形もなく姿を消したもっちーズのいた場所が、みるみる涙でにじんでいく。
ポトリ……。ポトリ……。
とめどなくこぼれ落ちる涙が、地面に染みを作っていく。
「ににににに……‼」
「ぬ……ぬぬぬぬんっ……!」
「みぃーっ……‼」
その間に先に倒されもとの小さな体に戻っていたもっちーズたちが、よろよろとうめき声を上げながらゆらりと立ち上がる。相当にダメージを受けたのだろう。その体はボロボロだった。
「……もっちーズちゃんたち……、何をする気なの……? だめよ……! じっとしていて……。逃げて……! お願いっ」
嫌な予感がした。もっちーズたちは化け物を憎々しげににらみつけながら、ふらふらと頼りない足取りで化け物へと一歩、また一歩と近づいていく。
その目には、ありありと仲間が無残にやられた怒りがにじんでいた。
「お願い……! お願いだから逃げて……。あなたたちまでやられちゃう……!」
思わず大声で叫んでいた。
けれどもっちーズたちの足は止まらない。ゆっくりと、けれど確実に化け物の方へと近づいていく。
このままではまた何をされるかわからない。もはやもとの体に戻ったもっちーズたちは、化け物からしたらありんこ程度の大きさでしかないのだ。残りのもっちーズたちまで消えてしまったら――。
絶望的な、祈るような気持ちでもう一度叫んだ。
「に……逃げて……。お願い……! 逃げて……! もっちーズちゃぁんっ‼」
叫び声が一帯に響いたのと、化け物のたくましい足がゆっくりと持ち上がったのはほぼ同時だった。
「……!」
化け物がギョロリと赤い目を足元に近づくもっちーズたちへと向け、宙にぐっと上がった足がゆっくりと降りていく。その下には、もっちーズたちの姿があった。
このままでは踏み潰されてしまうのは確実だった。なのにもっちーズたちは、逃げるでも怯えるでもなくじっと化け物を見上げていた。
思わずもっちーズたちに向かって、手を伸ばした。届くはずもないのに、どうにかしてもっちーズたちを助けたくて。
けれど化け物の足はゆっくりと足元に集まったもっちーズたちの体の上に下り、そして――。
「いやあぁぁぁぁっ‼」
もっちりふわふわとした小さな体で、重い小麦粉もお水もよいしょと担ぎ上げパンこね作業を手伝ってくれたもっちーズ。
コロコロと転がるような丸みを帯びたその体で仲間たちとじゃれ合い、かわいさでいつも癒してくれたもっちーズ。
くたびれた顔をしていると、なぜか侍女と競い合うように駆け足でいつもお水や甘いものを持ってきてくれたもっちーズ。
そんなもっちーズたちの体の上に、化け物の足が覆いかぶさり姿が見えなくなった。ぶわりと立つ土埃の中に一瞬だけ見えた白い体。
ズドオオォォンッ‼
地面を震わせる轟音が聞こえた次の瞬間、もはや小さなかわいらしいもっちーズたちの姿は失われていた。大きく合体したもっちーズと同じように、真っ白い体は粉に還った。
キラキラと日の光を浴びて宙に消えていくもっちーズたちを呆然と見やり、両手で地面をかきむしる。
指先に痛みが走った気もしたけれど、そんなことどうだってよかった。
「もっちーズちゃん……。もっちーズたちが……、私の大切な……分身が……。許せない……」
ガリガリと地面を引っかくたびに指先から血がにじむけれど、そんな痛みなど感じないくらいに心が張り裂けそうだった。
なぜもっちーズたちがこんなひどい目にあわなければならないのか。ずっとずっと自分を助けてくれた、懸命にこの国を守ってくれただけなのに。
涙とともに怒りがふつふつとわき上がる。
「シェイラ……! もうやめるんだっ。手が……」
いつの間にかそばに駆け寄ってきていたリンドが、地面をかく手をぐいとつかんだ。
「うぅっ……! リンド……殿下……! もっちーズちゃんたちが……もっちーズちゃんがぁっ……‼ どうして……こんなっ!」
嗚咽をもらしながら、なおも激しい憎しみを目に宿しながらこちらを見下ろしてくる化け物をにらみつけた。
確かに化け物だって人間の都合で勝手に生み出された哀れな存在なのかもしれない。人間を憎むのも、滅茶苦茶にしたいと願うのも当然なのかもしれない。
でも――。
「許せない……。絶対に……許せない……! 私の……大切なものを傷つけるものは、それがなんだって……絶対に……!」
土と血で汚れた手をぐっと握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
「シェイラ……!? 何をする気だ……?」
何やら不穏なものを感じ取ったのか、リンドが肩をつかみ顔をのぞき込んだ。その顔を真っすぐに見返した。
「私……もう我慢できません。こんな化け物にこの国を……大切なものを滅茶苦茶にされたくない……」
「わかっている……。わかっているが……何をする気なんだ⁉ シェイラ!」
リンドの顔に不安の色がよぎったのがわかった。
でももう我慢なんてできなかった。このままではこの国は、この化け物に滅茶苦茶に踏みにじられてしまう。さっきのもっちーズちゃんたちのように。
そんなこと、絶対に許すわけにはいかない。絶対にここで化け物を倒し、二度と現れないよう完膚なきまでに叩きのめさなくては――。
「おばあちゃん聖女にだってできたんだもの……。私にだってできるはず……。こんなひどいこと、もう絶対に許すわけにはいかないんだから……!」
涙でぐしゃぐしゃな頬を、汚れた手の甲でぐいっと拭った。
きっとひどい顔をしているはずだ。けれどそんなことどうでもいい。なりふりかまってなんていられない、緊急事態なのだから。
すくっと立ち上がり、リンドを見やった。
「私……! 今から全聖力をあの化け物に放ちますっ。もう力のコントロールなんてしてられませんっ! 絶対に……、絶対にあの化け物を私が倒しますっ‼」
力強くそう宣言し、化け物を強い眼差しでにらみつけたのだった。




