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いざ、最後のお掃除です! 1

 

 その頃、リンド率いる本隊兵とは別のルートから魔物討伐に向かっていた別部隊は、港へと続く街道沿いにある町の近くに迫っていた。


「ん? 今何か聞こえなかったか……?」


 先頭を歩いていた兵が、きょろきょろと辺りを見回し首を傾げた。


「そうかぁ? 俺は何も気づかなかったけどなぁ」

「いや、でも今確かに何か向こうの方で……」


 言いかけたその時だった。


 グワァァァァァァッ!

 グギャァァァァァッ!


「おいっ! 魔物だっ。魔物が出たぞ!」

「で、でかいっ! でもなんだか姿が変じゃないか……!?」


 頭上に突如現れた大型の魔物に、兵たちが一斉に武器をかまえた。


 けれどその姿形は、これまでに見たことのないものだった。けれどその大きさからいっても、口から火を噴く様子もただの獣であるはずはない。

 

「お前たちっ! ともかく、リンド殿下とシェイラ様のお言いつけ通り対処するんだっ。パン礫を打ちつつ距離を取れっ」

「はいっ!」

「決して深追いはするなよっ。倒すのは殿下たちと合流してからでかまわんっ!」

「わかりましたっ!」


 王都を出発する直前、隊長と兵たちはリンドから命を受けていた。


 この国に今はびこっているそのほとんどの魔物は、呪術者たちが作りだしたまがいものの幻影であること。そのために普通の魔物同様に聖女の聖力で簡単に消すことは難しい。術のもとを絶たなければ、幻影は完全に消滅させられないのだ、と。


 その術を操る呪術者たちを、まずはリンド率いる本隊が捕縛する。そして幻影を生み出す術を止めてから、聖女が本物の魔物を根絶やしにする。

 よって本隊が合流するまで、町や村、主要な街道で害をなしている場合以外は下手に手出しせずともよい、と。


 その話を思い返しながら、別部隊を率いる長は目の前に現れた魔物を見上げた。


「これが……幻影、なのか……? 普通の魔物とは見分けがつかないと言っていたが、これはなんだか様子が……」


 視線の先にいたのは、これまで見たことのない姿をした生き物だった。

 鱗のようなものに覆われた黒光りする尻尾も火を噴く特性も実に魔物っぽくはあるのだが、頭や手足は鱗に覆われておらずふさふさとした長い毛で覆われていたのだ。


「まるでこれは獣のようじゃないか……。こんな魔物、見たことがない……」


 けれど相手が魔物であれ獣であれ、はたまた幻影であれ、これほど大きな体をした火を噴く生き物に真正面から戦って容易に勝てるとは思えない。


「急げっ! 急いでパン礫で攻撃しつつ、引くんだっ。引けっ!」


 幸いなことに、ここは人里からも街道からも離れている。おそらく町や村に被害が及ぶことはないだろう。


 リンドの指示通り急ぎ兵たちを撤退させながら、隊長はどこか言い知れぬ恐怖に身を震わせたのだった。

 


 ◇ ◇ ◇


 グワォォォォォッ!

 グギュウァァァァッ!


 その声は、急ぎ馬車を走らせていたシェイラの耳にも届いた。


「今の声っ……! まさか化け物が近くに……!?」


 リンドが視線を馬車の外に向けたまま、こくりとうなずいた。


「ぬぅぅぅぅぅっ……」

「にーっ……!」

「むぅぅぅんっ」


 どうやら間違いないらしい。もっちーズたちも、これまでに戦ったどんな魔物とも幻影とも明らかに違う気配に、体をふくらませて警戒している。


「いよいよ……化け物との対面、ですね……」


 ぐっと拳を握りしめながら、リンドに声をかけた。


「あぁ……。まさか最後の最後にこんな大物が待ち受けていたとはな……。まったくとんでもないことをしてくれたものだ」


 リンドの顔にも声にも、これまでに見たことがないような緊張感と不安とがにじんでいた。


 無理もない。この先に待ち受けているのは、最初に想定していたただの魔物ではない。一度も相まみえたことのない、かつて聖女が三日三晩かけて命と引き換えに倒したという恐ろしい化け物なのだ。


「大丈夫……! きっと勝てます。ちゃんと聖女が化け物を倒したって前例があるんですし、こんなにたくさんの兵たちも殿下の力だってあるんです! きっとなんとかなりますっ」

「……あぁ、そうだな」


 そうは口で言いつつも、まったくもって自信はなかった。


 よぼよぼの老女だったというかつての聖女よりは若い分体力もあるし、聖力だって進化した分どうにか持ちこたえられるかもしれない。もっちーズたちだって兵たちだって、リンドだっている。なんならパン礫だってある。

 でもそれが果たして効果があるのかは、まったくもってわからない。


 しかも無理矢理に手伝わされたのだと告白した呪術者によれば、その陣はすでに完成しており壊すことも止めることもできないというのだ。

 

 当然残りの三人の呪術者をうんと締め上げて、どうにか解決策を吐かせようとはした。けれどどうやらそもそも彼らは、端から解術する気などなかった。もしも化け物が自分たちを殺したとしても、自分たちの研究が完成すればそれでいいということらしい。


(まったく研究馬鹿もいいとこよっ! 研究さえうまくいけば、自分の命すらどうだっていいなんて頭おかしいんじゃないの!?)


 そのためどんなに締め上げても、減刑をちらつかせても何の意味もなかった。ただ恍惚と自分たちの研究が成功したことに酔いしれるばかりで、何の情報も得られなかったのだ。


(でもなんとかするしかない……。たとえその聖女みたいに命と引き換えにしなきゃならないとしても、そんな化け物がうじゃじゃいる国に平穏な未来なんて絶対あり得ないもの……!)


 聖女の責任がどうとか矜持がどうとか、そんな次元の話ではない。ひとりの民として、そんな化け物が闊歩する世界なんて真っ平ごめんだ。いつ襲われるかとハラハラしながら、のんびりパンなんてこねていられない。


(絶対に……絶対に倒すんだ……! たとえ倒れても……、命を落としたとしてもこの国を守らなきゃ……)


 心の中で悲愴な決意をみなぎらせ拳を握りしめるシェイラを、リンドがじっと見つめていた。



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