本当の脅威 3
「特別……?」
時の聖女は、よぼよぼしわくちゃの老女だった。変わり者ですこぶる気難しく、とても聖女とは思えない振る舞いに皆手を焼いていたらしい。けれどその身に宿った聖力は相当なものだった。
国王はすぐさま聖女を塔にやり、化け物を静まらせるよう命じた。決してどんなことがあっても塔の外に化け物を出してはならない、と。
王命に従い、老女は単身塔へと向かった。
すでに化け物が繋がれていたはずの塔の上部は激しく損傷し、もとの形を失っていた。そこから聞こえる恐ろしい咆哮にも怯むことなく老女は塔の中へと足を踏み入れ、化け物と対峙した。
そして――。
「聖女が塔に入って三日後、ようやく化け物の咆哮が止み静寂が訪れた。けれど聖女は……」
その後様子を見に行った兵たちは、呪術者たちと神官の亡骸を発見した。塔内部で働いていた者たちも皆、死亡もしくは瀕死の状態で発見された。
「そ、それで……聖女は? その老女はどうなったの……!?」
とても他人事とは思えず身を乗り出してたずねれば、リンドはしぼり出すように答えた。
「聖女は発見されたよ。すでに息絶えた魔物の近くで、亡骸としてね……。おそらくは化け物にやられたのではなく、聖力の使い過ぎによって命が尽きているのが見つかったんだ……」
老女は命を懸けて化け物を倒した。けれど化け物を倒すために聖力を放ち過ぎ、力尽きたのだった。
その後先代王は自身の浅はかさから多くの尊い命が失われ、さらには時の聖女までもを失ったことで、王位を退いた。表向きは病気のためということにはなっているが、実際には化け物を生み出した責任を取っての退位だった。
「そして現国王、つまりは父が王位を継ぎ、二度とこんな恐ろしい化け物が生み出されないようにと研究に関する資料をすべて焼却処分させ、禁術として研究することも禁じた。当時研究に関わっていた者たちは皆死んでいたし、情報が外に漏れることはない――はずだったんだ……」
「でも……その禁術にこの者たちが手を出した。そういうことなんですね……」
シェイラは地面に座り込んだまま、涼しい顔で口元にいまだ笑みを浮かべた呪術者たちを見やった。そしてその中でひとりだけ、ずっと黙り込んだまま身を震わせている男へと視線を移した。
(資料も何もかも全部燃やされたはずなのに、なんでこいつらはあの本を手に入れたのかしら……。あれって当時の研究の内容を記したもの、よね? 誰かが持ち出すか何かしないと……)
シェイラは、つかつかと体を震わせている男へと近づいた。
「……ねぇ、あなたは本当はこんな恐ろしい研究やりたくなかったんじゃないの? 他の三人に脅されるかなんかして、嫌々手伝わされてたんじゃない?」
「……っ!」
男の目が大きく見開かれた。
どうやら図星であるらしい。ならば、と畳みかけるように男にずい、と顔を近づけたずねた。
「もしも何もかも知っていることを白状したら、あなたの罪は少しは軽くなるかもよ? あなたが教えてくれたことで、もしかしたらこの国は化け物にやられずに済むかもしれないんだし。そうなったら当然、他の三人よりはましな処分になると思うけど?」
本当にそうなるかどうかなんて知らない。すでに幻影を国中にばらまいただけで、重罪なんだし。でも少しは自分の冒した罪をましにはできるはずだ。
男はしばし口をパクパクさせ、ためらった様子を見せた。他の三人からの報復を恐れているのだろう。ちらちらと三人の様子をうかがい、怯えている。
ならば、と男を三人からずるずると引っ張って引き離し、もう一度たずねた。
「さ、これであいつらには聞こえないわ。ほら! さっさと何もかも白状しなさいっ。どうやって禁じられたはずの研究に手をつけたの? 化け物は本当にもう出現したの? 場所は? 倒し方は? 弱点はないのっ!?」
気が急くあまり矢継ぎ早にたずねれば、男はわたわたと慌てふためきどうにかこうにか声を絞り出した。
「お……俺はこの者たちに手伝わなければ殺すと脅されて、仕方なく……」
男はリーダー格の男を指さし、続けた。
「なんでもあの男の父親が、その研究に関わっていた呪術者だったとかで研究内容を密かに隠し持っていたらしいんだ。それを本にまとめたのが、息子のこいつで……」
「父親が……? じゃああの男の父親は、化け物に殺されたってこと……!?」
父親が化け物にやられた挙句死んだのなら、研究自体を憎むのが自然だ。なのになぜそんな化け物を再び生み出すために研究に手をつけたのか。
意味がわからず目を瞬けば、男はゆるゆると首を横に振った。
「あいつは……研究にとりつかれているんだよ。父親の仇とかそんなことは微塵も考えちゃいない」
「え……?」
「ただ未完成のまだ誰も完成させていない研究を自分の手で完成させたい。自分の手で誰もがひれ伏す化け物を作り出してみたい、という思いしかないんだ……。あいつこそが化け物なんだ……。恐ろしい、常識なんて通じないとんでもない化け物さ……」
「そんな……。嘘でしょ……」
信じられない気持ちで、背後にいるリーダー格の男を振り返った。
「……くくっ」
男の口元には、黒い笑みが浮かんでいた。その目はどこか夢を見ているようで、恍惚とした表情を浮かべている。
(化け物は……ここにいたんだ。国がどうなろうと、誰が死のうと気にしない、本当の化け物が……ここに……)
そんな化け物が、またしても新たな脅威をこの国に放ったのかもしれない。そう考えたら、いても立ってもいられなかった。
「それで!? どうやったらその化け物は倒せるのっ? 昔聖女が一度は倒したんでしょ? なら何か弱点とか倒し方があるはずよっ!」
「い、いや……そこまでは俺は知らな……」
「なんですってぇ!? ちょっと! それ、本当でしょうねっ。隠し立てするとただじゃおかないわよっ⁉」
けれどどうやら嘘は言っていないらしい。他の三人のように恐ろしい研究熱にとりつかれてはいなかったこの男には、すべての情報は知らされていないようだった。
ただひとつだけ男にもわかっていることがあった。
「さっきの赤い光を見ただろう? あれは陣が完成した証拠だよ……。もう今頃国のどこかで化け物が現れて、暴れてるかも……」
「陣を……陣を止める方法はっ!? 幻影術みたいに、術を唱えるのをやめたら陣の効力も切れるんじゃないのっ!?」
男はぶんぶんと首を横に振った。
「この陣に関しては無理なんだ……。もう一度動き出したら止まらない。次々に魔物と獣を掛け合わせた化け物が現れるように、術を組んである。それを解除する方法なんてない……」
男は「もうこの国は終わりだ……。滅亡するしか道はない……」と何度もつぶやきながら、頭を抱えたのだった。




