表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/65

本当の脅威 2

 リンドは地面に転がる男たちを強い眼差しで見下ろし、問いかけた。


「あの禁じられた……悪魔のような化け物を、お前たちはこの国に放ったというのか……。それがどんな結果をもたらすか知っていて、お前たちはあの陣を完成させ研究を完成させたというのか……」


 リンドの声ににじむただならぬ圧に、リーダー各の男が顔から笑みが消えた。

 

「……」

「あんなものを野に放てば、あっという間にこの国は滅茶苦茶になるだろう。魔物や幻影どころの騒ぎではない……。魔物でも獣でもないあんな呪われた化け物を……本当にこの国に生み出したというのか……!」



 リンドの声はかすかに震えていた。そこににじんでいるのは、怒りだけじゃない。怯えも見て取れた。

 あのリンドが怯えるほどの化け物とは一体何なのか。


 シェイラと兵たちが見つめる先で、リンドは男たちを真っすぐに強い眼差しで見下ろし続けた。すると男がようやく口を開いた。


「……ふん。それがどうした?」

「何だと……!?」


 男は小さく鼻を鳴らし、あきれ顔でリンドを見やった。


「我々は純粋に未完成のままうち捨てられていた研究を完成させたまでのこと。知性を持つ人間ならば、未知のものを明らかにしたい、見たこともないものを生み出したいと願うのは当たり前のことであろうが?」


 男の言葉につられたように、他のふたりも声を上げた。


「その通りだ! 我々はただ魔学者としての本分に従ったまでのこと。特段驚くようなことではあるまいに」

「見事研究は完成し、未知の化け物が生み出されたのだ。その結果がどうなろうと知ったことではない」


 もうひとりはただじっと体を震わせ、首を小刻みに横に振っている。思えば最初からこの男だけは他の三人と態度が違っていた。ひとりだけ立場が弱そうというか、消極的というか。


(もしかしてこの人だけ、研究に乗り気じゃなかった……とか? なんだか無理やり手伝わされてるみたいな感じだけど……)


 ともかくも、一体この者たちが言うところの化け物の正体がどうにも気になる。

 呪術者たちと対峙するリンドに、おそるおそる声をかけた。


「……リンド殿下。この研究って一体どんなものなんです……? もっちーズちゃんたちが騒いでいるのって、まさかその化け物とやらがどこかに現れたからってこと、ですか……?」


 リンドはしばし沈黙し、こくりとうなずいた。


「……この研究は、もとは他国からの侵略に対抗するための兵器開発のためだった。他国が到底敵わないような対抗手段があれば、もはや脅威に怯える必要はないから、と」


 リンドはぽつりぽつり、と話しはじめた。

 この本に書かれた研究が一体どんな代物で、どんな経緯で禁忌とされたのかを。


 男たちが持っていたあの本は、もはや誰の目にも触れないようすでに燃やされ処分されていたはずのものだった。けれど男たちは何らかの方法でそれを手に入れ、未完成のままだった研究をついには完成させたのだ。

 その研究とは、生物兵器の開発だった。


「この研究が行われたのは、先代王の時代だ。当時この国は他国と激しい戦闘を繰り返していてね……。国を守るには強大な力を持つ兵器が必要だと考えた先代王は、とある研究を呪術者と神官たちに命じたんだ」

 

 それは、大型の獣と魔物とを掛け合わせ、人間の言うことを聞く生物兵器の開発だった。


「生物……兵器? でも魔物が人間の言うことなんて聞くはず……?」


 魔物は決して人間に馴れ合ったりしない。まるで端から人間への憎悪や怒りを持って生まれたかのように、人間を憎んでいる。だからこそ周期的に現れる魔物を、聖女が倒す必要があるのだ。

 なのにその魔物をわざわざ獣と掛け合わせ、人間の意のままに操ろうだなんて無理に決まっている。


 その当然と言えば当然の問いに、リンドもうなずいた。


「そうだ。君の言う通り、端から無理な研究だったんだ。だが先代王は他国からの侵略を恐れるあまり、そんなあり得ないことを呪術により現実にしようと考えた。研究はごく一部の人間たちにしか知らされないまま密かに進められた。そしてついに、試作の化け物が生まれた……」


 生み出されたそれは、確かに化け物と呼ぶにふさわしいものだった。


 人間よりも知能が低いゆえにある程度は餌で手懐けられる獣の特性。それと、獣よりは知性が高いものの決して人に馴れ合わない凶暴性と高い攻撃力を併せ持つ魔物の力を呪術で増幅させて生まれたそれは、想定していたよりもはるかに強力な力を持っていた。


 おそらくは呪術の力が魔物がもともと持つ魔力と掛け合わさった結果なのだろう。


 研究に当たっていた呪術者たちは歓喜に沸き、そして神官たちは震えあがった。こんな化け物を国に放てば、他国を追いやるどころかこの国自体が滅亡しかねない、と。

 それほどまでに、生み出された化け物の力は驚異的だった。


「それで……その化け物はどうなったんですか?」


 けれどそんな化け物が国を荒らしまわったなんて話は、これまで誰にも聞いたことがない。過去の研究とは言っても、そこまで大昔の話ではないのだ。もしもそんな化け物が国に現われたら、当然人々の記憶にも強く残っているはずだ。


(なのに一度もそんな話聞いたことがないということは……?)

 

 リンドはぐっと唇を強く噛み締め、吐き出すように続けた。


「いくら獣の血も交じっているとは言っても、そんな化け物が人の意のままに操れるはずはなかった。生まれたその化け物は、研究棟の中で大暴れしてそして――」


 結果は惨憺たるものだった。


 研究に関わっていたのは、呪術者五名と神官三名。そして研究に使われていた研究塔で働いていた者たちを合わせると、総勢二十一名が化け物が誕生したその場に居合わせていた。


 その者たちの見つめる先で化け物は突然暴れ出し、手足に繋がれていた鎖を驚異的な力で引きちぎった。

 そして人間の何倍もあるその巨体で、その場にいた呪術者たちや神官たちをなぎ倒した。


「……ひっ!」


 声にならない悲鳴が、口から出た。


「化け物は目の前にあるものすべてを破壊し尽くし、口から吐き出す炎で一帯を焼き尽くした。その破壊力を前に、中にいた者たちはなす術なく……」


 塔から聞こえる凄まじい轟音と炎は、二日間止むことはなかった。

 このままでは化け物が塔の外へと放たれ、国が壊滅しかねない。恐れをなした先代王は、すぐさま時の聖女を呼び出した。


「聖女を……? でもそんなことしたって、聖女にそんな化け物どうにかできるはず……」


 純粋な魔物ならばともかくそんな呪術による獣と魔物のハイブリッド生物なんて、いくら聖力があったところで倒せはしないだろう。


 けれど、その時代に神託を受けた聖女は特別だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ