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本当の脅威 1

「何だ、それは? 魔術書……か?」


 本を手に取ってパラパラめくっていると、リンドが近づいてきた。次の瞬間、リンドの顔がにわかに険しくなった。


「それは……まさか! なぜこんなものがここに……‼」


 リンドの顔に浮かんだ驚愕と困惑の色に、シェイラは首を傾げた。


「この本から天井の陣と同じ嫌な気配を感じるんです。ごく微量ですけど……。多分この本があの陣と関係があるんだと……。リンド殿下、この本のこと何か知ってるんですか?」


 リンドは呆然としながらも、こくりとうなずいた。


「これは……」


 リンドが本を奪い取り、中を調べはじめた。表情がみるみる強張っていく。


「リンド殿下、これは一体……?」


 リンドが静かに口を開いた。


「これは……もう何十年も前にこの国で行われた、魔物に関する魔術書なんだ。いや、研究記録を綴ったもの、と言った方がいいか……。研究そのものはまだ未完成のまま、研究が打ち切られたからな」

「打ち切られた……? って、なんでです?」


 リンドの指先が、とあるページに描かれた絵の上で止まった。

 そこには天井に描かれたのとよく似た、というよりほぼ変わらない陣が絵が描かれていた。


「この陣の絵……、じゃあ天井にあるのは、その未完成の術のための陣なんですか?」


 リンドがこくり、とうなずいた。


「あぁ。だがおそらくは……」


 言いかけて、リンドがすでに縄でぐるぐる巻きに拘束された呪術者たちの方を向いた。


「お前たち……まさかこの研究を完成させたのか? あまりにも危険すぎるために研究することを王命により固く禁じられた、この術を……?」


 その問いかけに、先ほど本当の地獄がどうの長年の研究がどうのと言っていた男がにやりと笑った。その笑みに漂う何とも言えない不穏さに、ぞくりと肌が粟立った。


「禁じられたって……どういうこと!? あまりにも危険って……?」


 なんだかとても嫌な予感がする。もしかして本当の脅威はまだまだ終わらないのだろうか。幻影さえ生まれないようにしてしまえばこの国から魔物を一掃できる日も近いと胸をなで下ろしていたのに。


 シェイラは、呆然と男たちを見やった。


「くっくっくっくっくっ……。ゲルダンとミルトンの企みなど、所詮はお遊びだ。国を騒がせてお前たちの立場を悪くすれば金をやると言われたから、ちょっと手を貸してやっただけのこと」

「……」

「じ、じゃああなたたちが本当にやろうとしていたことって……、まさか他に……?」


 シェイラの問いに、男たちは顔を見合わせそして天井を向いた。その顔に、満足げな歓喜の表情が浮かんだ。


「おぉ……! 見ろっ。ついに陣が動き出したぞ……!」

「本当だっ……! ついに……ついに陣が完成したのだ……」

「生まれる……。ついに生まれるぞ……! いよいよ最強の化け物が誕生するぞ……!」


 三人の呪術者たちはそう言って目を輝かせた。


(どういうこと……!? 最強の化け物って何!? この魔術書に書かれている術って、一体……)


 天井の陣は、先ほどよりもさらに光を増していた。まるで陣そのものが生きているかのように、ゆっくりと拍動しながら赤い光を放っている。


(気持ち悪い……。何なの、これ。魔物の気配は感じるのに、でも魔物とは違う……。もっと別の何か悪いものが息づいている……!?)


 声にならない恐怖に身を震わせていると、リンドが厳しい声で告げた。


「とにかくここを出るぞ! お前たち、男たちを外へと引きずり出せっ。絶対に逃がすなよっ」

「はいっ!」


 リンドの指示に従い、兵たちが男たちをボロ屋の外へと連れ出した。その間も男たちは取りつかれたように恍惚とした表情を浮かべ、天井の陣を見つめていた。

 ただひとりをのぞいては。


 そして外へと呪術者たちを皆連れ出したところで、異変が起きた。


「みゅーっ‼」

「ぬぅーっ‼」

「なーんっ‼」


 そのけたたましいほどの声にはっともっちーズたちの視線の先を向けば、もっちーズたちはボロ屋を見つめぴょんぴょんと飛び跳ねていた。そのただならぬ様子に困惑していると、ボロ屋の窓や玄関からぶわり、と赤い光があふれ出した。


「な……何!? この光……! これってまさか、あの陣の光なんじゃ……!?」


 赤い光はどんどんと強さを増してボロ屋を包み込み、大地を赤く照らした。まるで血に染まったかのようなその光に、皆言葉を失っていた。


「一体何が起きて……?」


 呆然とつぶやき、そしてはっとした。


「まさかこれって、陣が発動したってことなんじゃ……!?」


 そう言えばさっき呪術者のひとりが言っていた。いよいよ陣が完成した、と。この赤い光はまさしく天井に描かれていたあの陣のものだ。ということは、あの陣がついに完成し術が動き出したということなのかもしれない。


「リンド殿下! これってもしかしてまずいんじゃ……?」


 あの陣が何の陣なのかはわからない。けれど男たちの口ぶりからして、とんでもない脅威となる術であることは間違いないだろう。


「くくっ……!」

「ふっ……!」

「ふはははっ……!」


 赤く照らされた地面に乱暴に横たえられた呪術者たちが、低い声で笑い出した。その不気味な笑い声に、リンドがはっと視線を向ける。


「ほうれ、動き出した……」

「あれが、ついに目覚めの時を迎えた……」

「ついに我々の努力の結晶が形に……」


 不穏なそのつぶやきに、リンドがリーダー各と思われる男の胸倉をぐいとつかんだ。


「まさか……お前たちは、まさか本当にあれを……!? あれを生み出したというのかっ!」


 不気味に笑い続ける呪術者たちを見下ろすリンドの赤く染め上げられた横顔には、見たこともないほどの険しい色が浮かんでいた。


 

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