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パンまず聖女、出陣! 3

 バアァァァァンッ!


 岩陰に身をひそめるシェイラの視線の先で、勢いよく扉の開く音がした。


「お前たちっ! 幻影の呪術を用いて、この国を危険にさらした罪で拘束するっ。大人しく投降しろ!」


 同時に、凛としたリンドの声が響き渡った。驚き慌てふためく呪術者たちの声も続く。


「なっ、何事だっ!?」

「くそっ! なんでここがばれたんだっ!?」

「逃げろっ! って、窓の外に何か白いものが張り付いてるっ!?」


 ぎゃあぎゃあとわめく男たちの声。


「すでにゲルダン侯爵、並びにミルトンとお前たちが通じていることは明らかになっている! これ以上罪を重ねたくなければ、大人しく観念しろっ」


 リンドや兵たちの勇ましい声とは対照的に、どうやら呪術者たちは激しく動揺し慌てふためいているらしい。まさか自分たちの居所がばれるとは想像だにしていなかったのだろう。


「くっ……! まさかゲルダンめ、裏切ったのか……!?」

「やはりあんな男、信用するのではなかったわ……」

「お、俺は関係ない……! この者たちに無理やり加担させられただけで……」

「何だとぉっ!? この期に及んで自分だけ罪を逃れるつもりかっ!」

 

 ガシャン、ドシン、と荒々しい物音と武器のぶつかるような音がしたと思ったら、今度は呪術者たちのものらしいうめき声が聞こえた。


「ぐおっ……! む……、く、苦しいっ。何だこれは……、!?」

「にーっ!」

「なんかもちもちしたものが顔の上に……。息が……息ができない……!」

「ぬんっ!」

「やめてくれっ! 離せっ。髪を引っ張るなっ! あいててててっ‼」

「にゅーっ!」


 どうやらもっちーズたちも大捕り物に参戦しているらしい。呪術者たちのものらしい悲鳴に、もっちーズたちの声が交じっている。


「よしっ! いいぞっ、もっちーズちゃんたちっ。さすがね!」


 となればきっとそろそろ呪術者たちの身柄を取り押さえられた頃だろう、とすっくと立ち上がった。そして意気揚々とボロ屋に近づき、中をのぞき込んだ。


「……ん? 何かしら、この気配……?」


 呪術者たちが今まさに捕えられようとしている部屋に足を踏み入れたその時、ざわり、と感じたことのないひどい悪寒が全身を走った。


「なんかすっごく嫌な感じがするんだけど……。この気配、一体どこから……?」


 部屋の中をきょろきょろと見渡せば、床の上には青白い光を放つ陣が描かれているのが見えた。けれど嫌な気配はそこからしているのではない。

 もっと別の場所から、何か悪い力が放たれているのを感じ取った。


「……? もしかして、あれかしら?」


 つい今しがたまで術をかけていたであろう幻影を生み出すための陣は、すでに力を失いはじめていた。

 けれどそれとは別にもうひとつ、この部屋には陣があった。


「なんで陣が……天井なんかに?」


 不思議なことに、天井いっぱいに真っ赤な光をぼんやりと放つ大きな陣が描かれていた。毒々しいその赤い色はまるで血のようにも見えて、不気味だった。


「リンド殿下! この陣……なんかまずいかも……!?」


 思わずリンドに大声で呼びかけた。


 体の中を流れる聖力が反応していた。これは幻影などではなく、本物の魔物に類する何かの陣だと。しかもとんでもなく邪悪で恐ろしい効力のあるもの。


「まずいって……どういうことだ? おいっ! お前たちっ、これは一体何のための陣だ! 言えっ!」


 リンドが呪術者のひとりにつかみかかった。男の口元に不気味な笑みが浮かんだ。


「くくくくっ……! 誰が教えてなどやるものか……」

「何……!? 命と引き換えでも、口を割らないつもりかっ!」


 リンドに胸倉をつかまれても、男はまったく動じなかった。それどころか小さく不気味に笑いながら天井の陣を見上げ、目を輝かせた。


「くくくくくっ! くだらぬことを……」

「……?」

「ゲルダンの話に乗ったのも、幻影もただのくだらぬ茶番に過ぎぬ。我々の目的は、端からそんなものにはない」

「それは……どういう意味だ?」


 リンドの眉がぴくりと反応した。


 どうも呪術者たちの態度がおかしい。

 ひとりをのぞいた三人の呪術者たちが一様に天井の陣を見上げ、あやしい笑みを浮かべている。その姿はどう見ても罪人として捕えられることに怯えているようには見えなかった。


 ざわざわと聖力が騒ぐ。まるで何かを必死に訴えかけるように、体の中で聖力が騒いでいた。

 一体何を訴えようとしているのかわからず、ただわけのわからない恐怖にぶるりと体を震わせた。


「この陣は……、何のためのもの……? 幻影じゃない……。魔物の気配がする。でも普通の魔物とは違う……。これは一体何!?」


 シェイラは震える声で、四人のうちおそらくはリーダー各であろう男に問いかけた。

 

「ん……? ほぅ、お前……まさか聖女か。ふん……。聖力で何か勘付いたか。さすがは魔物を倒せる者だけのことはあるな……。くくっ!」


 男は顔にぞっとするような笑みを浮かべ笑った。


「……」


 男の目が、天井の陣へと向く。それを見つめたまま、男は告げた。


「この陣を成功させることこそ、我々の長年の望みなのだ……。それを見届けられるのならば、命など惜しくもない!」


 他の呪術者たちも同じ笑みを浮かべ、うなずいた。


「その通りだ! 所詮ゲルダンはこの術を完成させるための金づるに過ぎぬ。あんなまやかしなど、何の価値もないわ」

「ははははっ! 我々を捕えようと、もはやこの国はおしまいだ。あんな幻影やら小物の魔物など、何の脅威でもない。本当の地獄はこれからはじまるのだからなっ!」


 本当の地獄とは一体何のことだろう。幻影でも魔物でもない、脅威とは?


 シェイラは天井の陣を見上げ、しばし考え込んだ。

 そして同じ気配を漂わせるものがこの部屋に他にあることに、ふと気がついたのだった。


 ぐるりと部屋の中を見渡し、その出所を突き止めようと探し回った。


「どうした? シェイラ!」


 リンドの問いかけに、目的のものを探しながら答えた。


「天井の陣と同じ気配のものが、どこか他にあるはずなんですっ! この部屋のどこかから……。あ、あった! これだわっ!」


 それは一冊の古ぼけた分厚い本だった。



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