パンまず聖女、出陣! 2
朝日が昇るにはまだ早い、けれど夜がそろそろ明けようとする頃、シェイラは例のボロ屋を見渡せる岩陰に身をひそめていた。
(ついに……ついにこの時がきたんだわ。これでもう、幻影に悩まされずに済むんだ……!)
すでに幻影は国中いたるところに出現していた。
ここにいたるまでの道でもすでに数体の幻影を退治済みだ。
聖女パンの効力に気がついたリンドの慧眼と進化した聖力のおかげで、以前に比べれば容易に倒せるようにはなった。
でも術そのものをどうにかしないことには、この先もいたちごっこは続く。
となれば、なんとしても呪術者たちを捕まえ術をやめさせる必要があった。
(そのためにも、絶対に失敗は許されない。ゲルダンたちが身動きできない今が、絶好の捕獲チャンスなんだから……!)
シェイラはごくりと息をのみ、足元にいたもっちーズたちに声をかけた。
「いい? 一号ちゃん、二号ちゃん。あなたは西側の小窓から中を確認してちょうだい。でも、絶対に呪術者たちに気づかれちゃだめ。わかった?」
こくり、こくり。
わかったとばかりに力強くうなずいたもっちーズ一号、二号を見やり、今度は三号と四号の方を向いた。
「三号ちゃんと四号ちゃんは、扉の鍵穴に体を差し込んで解錠できるかどうかやってみて? でももし気づかれそうなら、無理はしなくていいからね」
三号と四号も、負けじとこくりこくり、とうなずいた。
「リンド殿下。もっちーズちゃんたちが偵察に行っている間、私たちは逃げられないように周囲を固めておきましょう!」
「あぁ、わかった」
そろそろと小さな体を草に隠しながら静かに近づいていくもっちーズたちを見送り、リンドは兵たちに指示を出した。
それに従い、兵たちが呪術者たちの潜伏しているボロ屋を静かにけれど確実に取り囲んでいく。
すでにもっちーズは二手にわかれて、指示通り配置についていた。
体がやわらかくもっちりとしたパン種でできているせいだろう。
一号と二号は、ボロ屋の外壁にぴたっと張り付きながら窓のそばへと登っていく。
三号と四号もまた、しゅるしゅると体の形を器用に変えながら鍵穴を探索中だった。
その様子を遠目でうかがっていたリンドが、ぽつりとつぶやいた。
「なぁ、シェイラ。本当にもっちーズたちは鍵穴なんて開けられるのかい?」
にわかに信じられないといった顔でもっちーズたちの動きを見つめるリンドの問いかけに、シェイラはにんまりと笑って見せた。
「ふっふっふっふっ! もちろんですっ。なんといってもあの子たちは変幻自在ですからねっ。鍵穴に体を突っ込んで解錠するくらい、お茶の子さいさいです」
とは言ってもその事実に気づいたのは、ただの偶然だった。ひとりの侍女がちょっとした箱の鍵を失くして困っていた時に、もっちーズがパパッと解錠してみせたことがあったのだ。
「なるほど……。それはまた、もっちーズの力は底が知れないな……」
驚き感心するリンドの視線の先で、すでにもっちーズたちは任務を粛々と実行中だった。
(でも本当、もっちーズちゃんたちってば最強よね! かわいい上にスゴ技の持ち主なんて、完璧過ぎる! さすが私の分身ちゃんたちっ)
我ながらすごい分身たちを生み出したものである。
えへん、と胸を張ってみせればリンドが小さく笑った。
「さて、あとはやつらに気づかれずに中に忍び込めればいいんだが……」
ボロ屋とはいっても、中は数部屋にわかれている。そのうち明かりがもれているのは、高い位置に小さな窓のある部屋だけ。
できることなら、呪術者たちが実際に術をかけている現場を押さえたい。そのための解錠だった。
じっと息をひそめ、皆でもっちーズたちの動きをじっと見守った。
するとしばらくして、一号と二号に動きがあった。
真っ白な手をぶんぶんと振って、こちらに懸命に合図を送っている。
「殿下! どうやら二号ちゃんが中にいる呪術者たちの動きをとらえたようですっ。……ふむふむ。なるほど」
二号からの思念を読み取り、リンドに伝えた。
「中にいるのは四人で、床の上に描かれた陣を取り囲んでいるそうです。陣が青く光ってるって言ってるので、きっと幻影を呼び出している真っ最中かと」
「あ、おい! 今度は三号と四号が……」
リンドに言われ、玄関の方を見やれば三号と四号もこちらに合図を送っていた。
「あっ! 鍵も無事解錠できたみたいですよっ。すぐにでも中に入り込めるって言ってます!」
なんとも迅速で完璧な仕事ぶりに、リンドが感嘆の息をもらした。
「そうか! さすがはもっちーズだなっ。……よし! では皆、打ち合わせ通りに頼むぞ!」
「はいっ!」
ついに幻影とおさらばする時がやってきた。
ふんっ、と鼻息をもらし、シェイラも立ち上がった。
けれどその肩をぐい、とリンドが押さえ込んだ。
「シェイラ、君はここに隠れていてくれ」
「えっ⁉ なんで?」
ここにきてなぜ自分だけのけ者なのか、と声を上げれば。
「仕方ないだろう。君は聖力を放てる以外は武器だって扱えないんだからな。魔物やら幻影じゃなく、相手は生身の人間なんだ。頼むから、ここはじっとしていてくれ」
「そんなぁ……」
けれど確かにリンドの言う通り、パンチのひとつも繰り出せない自分が呪術者たちの前にしゃしゃり出たところで邪魔になるだけだ。逃げられでもしたらそれこそ目も当てられない。
しょんぼりと肩を落とし、うなずいた。
「大丈夫。必ず我々でやつらとひっ捕らえてくるから。ちゃんと捕獲したら、その時は君もやつらにパンチのひとつもお見舞いしてやるといい」
「はい。そうします! じゃあ、いってらっしゃい。リンド殿下! 皆さんっ!」
そしていよいよ、待ちに待った大捕り物がはじまったのだった。




