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糾弾ですか? 受けて立ちます! 3

 翌日から、王宮内は蜂の巣をつついたように慌ただしくなった。


 シェイラとリンドは、王都襲撃の責任を取るべく国内の魔物を一掃するための出立の準備に追われていたし、未来の玉座につく可能性がにわかに高まったミルトンはと言えば――。


「おいっ! 何もこう急ぎ足であれこれと詰め込まずとも……! これでは息をつく間もないじゃないかっ」


 渋い顔で不満を漏らすミルトンを、未来の為政者になるべく必要な教育を施す者たちが取り囲んだ。


「ですが万が一ということもございますゆえ、急ぎ為政者にふさわしい教育を施すようにとの陛下の命にございます」

「何せ国王となられる方には、ありとあらゆる知見が必要にございますので……」

「さぁ、ミルトン殿。さっそく授業に入りましょう。時間の余裕はあまりありませんのでな」


 ミルトンを待ち受けていたのは、まるで牢獄のような日々だった。

 食事とわずかな休憩と寝る時間以外は、ひたすらに小難しい教育を施され、息をつく間もない。


 おまけに与えられた公務は、さっぱりわけがわからないときている。


「こ、こんなはずでは……。ただ椅子に座ってふんぞり返っていればいいんじゃなかったのか……?」


 生来の怠け者のミルトンにとって、国の平穏や民の幸せなどどうだっていいことだった。ただ玉座に座り皆に傅かれたかっただけだ。

 にもかかわらず、こんな地獄のような苦労をする羽目になるとは考えてもいなかった。


 けれど当然王命に背くわけにもいかず、逃げ出そうとしようものなら余計に拘束が厳しくなるばかり。

 たったの数日でげっそりと頬のこけたミルトンは、深いため息を落としたのだった。


 一方、父であるゲルダンも大して変わらぬ状況に陥っていた。

 大臣たちにせっつかれるように、今のうちにあれをやれ、これをやれと命じられる日々に、すでに我慢の限界を迎えていた。


「くそっ! これでは何の自由も与えられぬ囚人と変わらぬではないかっ。どうにかして外へ出て、あやつらたちと接触せねば……」


 うっかりつぶやいたゲルダンに、大臣のひとりがたずねた。


「何ですかな? 何か急ぎ連絡を取らねばならぬ方でも……?」


 はっとした顔で、ゲルダンは慌てて頭を振った。


「いや、何でもない! 何でもないのだ……!」


 実のところ、ゲルダンとミルトンの周囲を固めていた者たちは皆その苛立ちの理由を知っていた。一体誰に、何の目的で会おうとしているのかも。


 大臣は慌てふためき、額ににじんだ汗を拭うゲルダンを見やりほくそ笑んだ。そして思った。


 もうまもなくすれば、呪術者たちの身柄はひとり残らず捕獲されるだろう。リンドと聖女シェイラの手によって。その結果、幻影も魔物とはこの国から姿を消しゲルダンとミルトンの命運も尽きる、と。

 

 その時は、目前に迫っていた。



 ◇ ◇ ◇


 ついに出立の時がやってきた。シェイラはごくりと息をのみ、リンドを見やった。


「いよいよですね。リンド殿下……」


 ぐっと拳を握りしめ、これからはじまる大捕物に思いを馳せた。


 表向きは国中にはびこる魔物たちを倒しに行くという体ではあるけれど、まずはその前に呪術者たちを捕獲しなければならない。魔物たちの討伐は、それからだ。


「あぁ。怖いかい? シェイラ」


 リンドの心配そうな眼差しに、笑顔で首を横に振った。


「いえ、全然! だってリンド殿下が一緒ですからっ」

「えっ? ……そ、そうか! な、なら何よりだ……」


 一瞬にしてリンドの顔が赤く染まったのを見て、慌ててうつむいた。


(思わず口から出ちゃったけど、今の言い方ってまるでリンド殿下と一緒ならどこにだって行ける、みたいに聞こえないっ!? いや、まぁ別に嘘じゃないんだけど……)


 実際、これという不安はなかった。リンドの思惑通りに事が運んだことでより一層リンドへの信頼が増したせいもあるし、さらには自分の力がぐんと進化したせいもある。


 幻影との戦いに自信がついたせいだろう。ムクムクと大きく膨れ上がったやる気とともに、なぜか聖女としての力がぐんと進化した。

 何が何でもこの国を守りたいという一念に応え、天が手助けしてくれたのかもしれない。


 おかげでパンこねなしで聖力を自在に放出できるようになったし、もっちーズも大量に生み出せるようになった。

 もっちーズたちの力も格段に上がった気もするし。なんなら大型の幻影魔物だってどんとこい、なんて気にすらなる。


 けれどやっぱりリンドと一緒だから、という理由は大きい。はじめて対面した時も、聖女としての重責に押しつぶされそうになった時も、聖力を使い過ぎて倒れてしまった時もいつもリンドがそばにいてくれた。

 どんな時も優しくあたたかく、時に厳しく励ましてくれた。


(きっとリンド殿下がそばにいてくれなかったら、ここまでやってこれなかった……。不安に負けて家に帰りたくなってたろうし……)


 不安がないはずがない。家族と引き離れされてたったひとりで見知らぬ人たちの中に放り込まれて、突然に聖女になれなんて言われたって、はいそうですか、と受け入れられるはずもない。本当は投げ出したかったし、泣きそうな日もたくさんあった。


 でもそんな時いつもリンドがいてくれたから、ここまでやってこれたのだ。


(それに、なんでかリンド殿下と一緒ならなんだってできる気がするのよね。心が強くいられるっていうか、前を向けるっていうか……。どうしてかな……?)


 ちらと隣に立つリンドの横顔を見やった。


 ふわりと額にかかったやわらかく波打つ薄茶色の髪。すっと通った鼻筋に凛々しく引き結ばれた口元。顔全体の作りは母親似なのかやわらかい印象だけれど、顎の辺りは国王によく似て意志の強さが漂っている。


(あ……、まつ毛長い。きれいな目だなぁ。すっとしてるのに、でもどこか優しくて……。好きだなぁ。殿下の目)


 心の中でそうつぶやいて、はっとした。


 今のはきれいな目が好きという意味で、決してリンドのことが好きという意味じゃない。じゃあ嫌いなのか、と言われればもちろんそんなことあるはずはないけれど。


(……もしかして私、リンド殿下のこと? ううん。まさかそんなはず……。でも……)


 自分の胸の内に生まれはじめたはじめての思いにシェイラは戸惑い、なぜかぎゅっと苦しくなった胸をそっと押さえたのだった。


 こうしてシェイラは、リンドとともに兵たちを引き連れ、呪術者の捕縛、並びに魔物討伐へと旅立ったのだった。


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