糾弾ですか? 受けて立ちます! 2
その言葉に、謁見室が水を打ったように静まり返った。
するとリンドが凛とした声で国王に声をかけた。
「陛下、私からひとつ提案がございます!」
「提案とはなんだ? リンド」
静かな、けれど確かな威厳を漂わせる国王の声に、皆が息をのむ。
リンドは口元に小さな笑みを浮かべ、続けた。
「此度の一件は、決して聖女シェイラの責などではございません。ですが、いまだ魔物を制圧できないどころか日に日に脅威が高まっているのは事実。しかも今回は王都までが狙われたとあっては、もはや一刻の猶予もございません」
リンドの目がちらとこちらを向いた。
それは、いよいよ芝居が大詰めに入るという合図だった。
周囲には気づかれないよう小さくこくりとうなずき返せば、リンドが再び国王に向き直った。
「かくなる上は、魔物の脅威からこの国と民を解放すべく私と聖女とがともに魔物制圧に出ようと考えておりますっ! どうかその許可をいただきたいのですっ」
瞬間、観衆から大きなざわめきが起きた。
それを気にも留めず、リンドはさらに続けた。
「ですが先ほどゲルダン侯爵が言った通り、もしも私の身に万が一のことがあれば国の未来にも関わる事態となります。そのために、この場でゲルダン侯爵の子息ミルトンをいざという時の王位継承者とする、との表明をしておいた方がよろしいかと」
「……!」
その瞬間、ゲルダンとミルトンが顔を見合わせほくそ笑んだのが見えた。
ざわり……!
ざわざわ……!
さざ波のように観衆のざわめきが場に広がっていく。
皆の顔には、大きな困惑と失望、そして不安が一様に浮かんでいた。
ゲルダン侯爵とミルトンの悪評は皆の知るところだった。そんな人間がゆくゆくこの国の王位につくかもしれない。もしもそんなことになったら、この国は一体どうなってしまうのか、と皆憂慮しているのだろう。
国王はリンドに静かな声でたずねた。
「王子自ら危険を覚悟で、魔物と対すると言うのか……? 聖女の潔白と存在意義を証明するために、命を賭すと?」
こくり、とリンドがうなずいた。
「聖女とともにこの国の魔物を見事一掃し、聖女とともにこの国に平穏を取り戻してみせる……とな?」
「もとより、私自身の命もシェイラの命も守り抜く所存です。けれど万が一――、もし私の身に万が一のことがあればその時には、ミルトンを王位継承者としてお据えください」
リンドの言葉に、観衆から一斉に反対の声が上がった。
「王子殿下自ら魔物討伐するなど、前代未聞ですっ! いくらこの国に平穏を取り戻すためと言えども……」
「そ、そうですともっ! 殿下のお命はこの国の未来も同然なのですぞっ? もしものことがあったらどうするおつもりですかっ」
「聖女殿が討伐に出向かれるのは仕方ないとしても、殿下までそんな危険な目にあわせるわけには……! 殿下の命に替えなど……」
その言葉を、リンドがさえぎった。
「聖女シェイラの命も、私と同じかけがえのないものです。いや、神託を得たという意味では、私以上にこの国に必要な人間です! よって聖女だけにこの国の未来を託し、犠牲を強いるわけにはいきません」
凛としたリンドの声が、場に響き渡った。
「し……しかし……、殿下の身に万が一のことがあったら……この国の未来は……」
再び場に静けさが訪れた。それを破ったのは、ゲルダンだった。
「……陛下! 発言をお許しいただいても?」
国王がこくりとうなずいたのを見て、ゲルダンはその腹の上とも胸の上ともつかない位置に手を当て恭しく頭を下げた。
「ただいま殿下が我が息子ミルトンを次期王位継承者に、とのお話がございましたが、私は当然リンド王子殿下の御世がくるであろうことを信じて疑いません!」
一度言葉を切り、ゲルダンの目がちらとリンドへと向いた。
「ですがリンド殿下のご立派なご決断もまた、臣下のひとりとして感服いたしました!」
わざとらしい芝居がかった身ぶりで、ゲルダンは続けた。
「となれば、我々も喜んでその意向に従う所存です! 万が一の事態など起きるはずもございませんが、私もミルトンも喜んでこの国の一助となるべく心づもりはいつでもできております!」
国王の厳しい目が、ゲルダンとその隣に立つミルトンへと注がれた。
「……つまりそなたは、もうひとりの王位継承者であるそちの息子ミルトンを、万が一の際には玉座につける覚悟がある、と言いたいのだな?」
「はい!」
隠し切れない喜びをにじませた顔で、ゲルダンが高らかに宣誓した。
しばしの沈黙ののち、国王がリンドにたずねた。
「……覚悟の上、なのだな? リンドよ」
国王の視線がリンドからゲルダンに、そして名が挙がったばかりのミルトンへと向いた。その重々しい問いに、リンドはこくりとうなずいた。
「はい……! 必ずや聖女シェイラとともに魔獣を討ち果たし、無事に帰ってくるとお約束します。ミルトンの件はあくまで万が一を考えてのこと。ご懸念には及びません、陛下」
国王の口から、小さな吐息が漏れた。そして――。
「相わかった。そなたの覚悟、しかと聞き入れた。……では、ミルトン」
「は……、はいっ!」
国王に声をかけられ、ミルトンの肩が大きく跳ねた。
「そなたはこれより、王宮内で暮らすよう申しつける。リンドにもしものことがあった場合に備え、しかるべく教育に励むがよい!」
「はっ!? 教育……ですか? い、いや。しかし……」
「何を驚くことがある? ゆくゆく為政者となる可能性を考えれば、今からありとあらゆる知識と経験を積むのは当たり前であろう」
「え……?」
「もちろん、リンドが魔物制圧で不在の分の公務も、そなたに任せる。よいな?」
「……」
有無を言わさぬ強い言葉に、ミルトンは言葉もなくうなだれた。
「そしてゲルダン侯爵。そちも同様に王宮で今後に備えるがよい。何せ為政者となる者の親ともなれば、さまざまな変化もあろうしな」
「えぇっ!? わ、私もでございますか? い、いやぁ。私は別に……」
「これは王命だ。……よいな? ゲルダン」
ギロリと強い眼差しで見据えられ、ゲルダンは渋々と頭を垂れた。
そして今度は――。
「聖女シェイラよ」
国王からの呼びかけに、シェイラは慌てて背筋を伸ばしひざまずいた。
「は……はい!」
「そなたは、リンドとともに魔獣討伐に向かう覚悟はあるか?」
国王からのその問いかけに、こくりとうなずいた。
「はい……! もちろんですっ。難しいことはわかりませんけど……、聖女として、リンド殿下とともに国を守るために戦いますっ」
「うむ! では、リンドよ。そなたに聖女シェイラを預ける! すぐに出立の用意を」
この日を境に、リンドの目論見通り事態は大きく動き出した。
ゲルダンとミルトンの身柄はすぐに王宮に留め置かれ、一歩も外に出ることは許されなくなった。
玉座を餌に罠にかけられたことをふたりが知るのは、リンドと聖女とが王宮を出立してしばらくのことだった。




