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糾弾ですか? 受けて立ちます! 1

 

 翌日シェイラは、国王と王妃、重鎮たち、さらにはこの国の有力貴族たちが居並ぶ謁見室で厳しい視線にさらされていた。


 ごくり……。


 注がれる視線の鋭さに、思わずシェイラの喉が鳴った。


 どう見ても、場の空気はいいとは言えない。それもまぁ致し方のないことではある。


 今回の魔物の襲撃から王都をどうにか守り切れたとは言え、シェイラが王都の片隅で懸命に聖力を放ち続けていたのも、大きな魔物と立ち向かい倒した白い生き物が実は聖女の分身たるもっちーズであることは皆知らないのだから。

 リンドや兵たちが体を張って戦っている間、聖女は一体何をしていたんだと文句のひとつも言いたくなって当然だ。


(でもなぁ……。私だってそれなりにちゃんと頑張ったんだけどなぁ……。もっちーズのことを今はゲルダンに隠しておかなきゃいけないから、皆知らないのは当然だけどさー……)


 謁見室に呼ばれた理由は、まさに今の国の置かれた状況について聖女にあれやこれやと問いただすためだった。

 というのは表向きで、本当のところは違う。


 昨日リンドが自分に持ち掛けた内緒話。それは、国王や重鎮たちも皆グルになってゲルダンとミルトンを罠にかけるための芝居を打ってみよう、というものだった。

 

 今回はどうにか魔物を撃退することができたものの、いつまた同じようなことが起きるかわからない。それを食い止めるためにゲルダンたちの身を拘束し、その間に呪術者たちを捕まえてやろう。――というのが、このお芝居の目的だった。


 とは言え、謁見室に集まった皆からの視線は想像以上に冷たいものだった。さすがにしょんぼりと肩を落としていると、さっそく聖女を糾弾する声が飛んだ。


「聖女殿、これは一体どういうことでしょうな? 魔物が消えるどころか王都にまで魔物の大群が押し寄せるなど、言語道断っ。聖女としての責任をどうお考えかっ!」

「え……。あの、それは……」


 ある貴族の一声を皮切りに、他の貴族たちも一斉に声を上げはじめた。


「此度はリンド殿下の機転でどうにか王都を守りきれたが、もしまたこんなことが起きたら……。これまでの聖女ならばとっくに魔物を撃退できているはずだ! 一体どういうことかっ」

「だから、それはその……」


 リンドと打ち合わせした通り、あえて反論はせず身を縮こまらせた。その様子に調子に乗ったのか、今度は別の貴族が歩み出た。


「噂によれば、シェイラ殿はリンド殿下に取り入って、随分とぜいたくをしているとか。さては王宮でちやほやされて調子に乗っているのではないかね?」

「ええっ? ご、誤解です……。私はそんなこと……」

「私も聞いたぞ! 日がな一日魔物討伐をするでもなく遊び呆けている、と。まったく歴代の立派な聖女たちに恥ずかしくないのかっ!」


 ざわり……。

 ひそひそ……。


 次々と上がる糾弾の声に、観衆の目が一層厳しさを増していく。


「私……、私はちゃんと毎日パンをこねて、魔物を……」


 うつむき肩を震わせながらつぶやく。

 きっと観衆には、聖女が自身の怠慢を指摘され震え上がっているように見えるだろう。


 でも実際のところは、まったくもって違った。


(リンド殿下の言ってた通り! あの人もこの人も、今発言した人も皆ゲルダン派の貴族だもの。きっとゲルダンは、自分の取り巻き連中を使って私と殿下の責任を追及するつもりなんだ!)


 リンドが予想した通りの展開だった。


 ゲルダンが呪術者たちに命じて幻影に王都を襲わせたのは、きっと自分と聖女の責任を追及して王位継承者の地位から引きずり下ろすつもりだろうとリンドは言っていた。

 そのために取り巻きの貴族たちを使って、聖女を糾弾してくるだろうとも。

 

 だったらそれを逆手に取って、ゲルダンとミルトンを罠にかけようとリンドは考えたのだった。

 よってすべての計画は、すでに国王と王妃、重鎮たちも皆知っている。知らないのはゲルダンたちの悪事や幻影の真実を知らない者だけ。


(さぁ、聖女の糾弾が済んだとなれば、次はいよいよ黒幕の登場ね……)


 シェイラは、ちらと謁見室の端にいるでっぷりとした腹をしたゲルダンとその隣に立つどうにもしまりのない顔つきをしたミルトンを見やった。


「まぁまぁ、皆さんそう強く言わずとも……。所詮はシェイラ殿はパン屋の小娘に過ぎぬのです。そう皆で責め立てては酷というものだ」


 ゲルダンが一歩前に歩み出て、取り巻きの貴族たちをたしなめた。


「シェイラ殿とて慣れない王宮暮らしで、聖女の務めをうまく果たせなかっただけのこと。確かに此度の一件は看過できることではないが、そう責め立てては……」


 ミルトンも続いた。


「そうですとも。きっとシェイラ様はシェイラ様なりに魔物退治に励んでおいでなのでしょう。ただちょっと力不足なだけで。くくっ」


 でっぷりとした腹を揺らし、ゲルダンがこちらをちらと見た。


「ですがまぁ、確かに聖女としての責がないとは言えませんでしょうなぁ。私たちは偶然王都を離れていて難を逃れたが、万が一大きな被害でも出ていれば国の存亡にも関わりますからなぁ……。その辺り、リンド殿下はいかがお考えですかな?」


 リンドの目がゆっくりとゲルダンに向いた。


「噂では、殿下は随分とシェイラ殿と大切にされていると聞き及んでおります。国を救うべく聖女なのですから、お気持ちはわかります。ですが……」


 ゲルダンの顔に、なんともいやらしい笑みが浮かんだ。


「ですが、殿下とてこの惨状をもう見過ごすわけにはいきますまい? ともすれば、殿下の責任も追及されかねませんぞ?」


 リンドの目が鋭く光った。


「……それはどういう意味だ? ゲルダン侯爵」


 リンドに強い眼差しで見据えられたゲルダンの口元に、にやりと笑みが浮かんだ。


「此度の襲撃では、殿下自らが兵たちの陣頭指揮を取ったと聞き及んでおります」

「……それがなんだ?」

「結果的に殿下の身に何事もなかったからよかったものの、もし万が一のことがあればただでは済まなかったと申し上げておるだけで……」


 どうやらゲルダンは、未来の国王となるかもしれない立場にありながらあまりにも軽率過ぎはしないかと言いたいらしい。


(ふんっ! 王都に魔物がきたのも、魔物がいつまでたっても消えないのも、全部あなたたちのせいじゃないのっ)


 心の中で悪態をつき、じろりとゲルダンとミルトンをにらみつけた。


「つまり貴殿は、この国の未来を担う立場の人間としての責任も足りないし、国が危機に瀕している責も私にあると言いたいのか?」

 

 冷ややかな目で答えたリンドに、ゲルダンが取ってつけたような笑みを浮かべ頭を振った。


「とんでもございません! リンド殿下のおかげで王都は見事守られたと聞いておりますゆえ、そのようなことは微塵も……。ただ……」


 そう言って、ゲルダンはちらとミルトンを見やった。


「……ただ、何だ?」


 リンドの問いかけに、ゲルダンの口元が弧を描いた。


「ただ、いざという時の備えは整えておいた方がいいのでは、と思った次第で……」


 ゲルダンの含みのある言葉に、一瞬ミルトンの口元にも下卑た笑みが浮かんだ。


「……私に万が一のことがあった時のために、そなたの息子ミルトンの立場を明らかにすべき、とでも言いたいのか? ゲルダン侯爵」


 そう告げたリンドにゲルダンはこくり、とうなずいたのだった。



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