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聖力が進化したようです 2

 ほどなくしてリンドはやってきた。

 元気を取り戻した様子に安心したのだろう。リンドの顔に安堵の色がうかがえた。


「よかった。無事に回復したみたいだね」


 その笑みがあまりにも優しくて、胸がドキリと音を立てる。


「えっと……、この度は大変ご心配をおかけしました……。へへっ」


 なんだか小麦粉だらけの顔で会うよりも照れ臭いのはなぜだろう。なんなら今すぐパンをこねて、気恥ずかしさをごまかしたいくらいだ。


 だらしない顔で笑えば、リンドがポケットの中から何かを取り出した。


「実は、君に伝えたい話があったんだ。これをよくよく調べた結果、とんでもないことがわかってね」


 リンドが取り出したのは、カチカチに乾燥した聖女パンだった。


「パンがどうかしたんですか?」

「聖力がこめられた武器としての効果は今回の戦いで実証されたが、他にも便利な使い方があることがわかったんだ」

「便利な……使い方?」


 きょとんと目を瞬けば、リンドがこくりとうなずいた。


「このパンには、魔物にとって毒になる以外にも魔除けの力があることがわかった。レンガのようにこうして積み上げ町や村の周囲に壁を作れば、魔物は近づけない」

「魔物が……近づけない?」


 リンドはあれから、聖女パンを使って色々と試してみたらしい。その結果、聖力入りのパンにはさまざまな効果があるとわかった。


 そのひとつが、町や村の周囲を取り囲む防御壁としての効果だった。ひとつひとつは非常に軽く衝撃には弱いが、聖力の匂いを嫌う魔物は容易に近づけないのだ。


「聖力の匂い? へぇーっ。じゃあ町や村のまわりにぐるっとレンガみたいに積み上げておけば、魔物は近寄れないんですね!」


 リンドはにやりと笑ってうなずいた。


「普通に壁を作るより扱いが容易だし、軽くて持ち運びも積み上げも簡単だからな。老人や子どもでもできるのもいい」


 確かに国中の町や村に防御壁を作るには、膨大な時間も労力も、頑強な力のある人手だって必要だ。でも乾燥したパンなら、小さな子どもだって手伝える。


 しかも、雨風にさらされて土に還ったあとも聖力が土壌に染み込んで、しばらくは魔物避けの効果は続くらしい。


「幸いパンは山ほど残っているからな。それを王都はもちろん、各町村に配って魔物避けの城壁を作ればある程度の守りにはなるだろう」

「ほうほう……。なるほどぉ……」

「もし仮に防御壁を突破されても、パン礫で攻撃すれば兵たちが到着するまでの時間稼ぎにはなる。町や村それぞれで、自衛ができるというわけだ」


 もはや何の役にも立たないとあきらめていたパンが、実はすごい力を秘めていたと知りなんだかむずがゆい。


 すでにリンドは、国中の町や村に聖女パンを使った自衛方法に関する通達を出したらしい。おかげで国中あちこちで、聖女パンの壁が出来上がりつつある。


「パン礫用の投石機も、すでに各地に配置済みだ。民たちもこれなら自分たちの大切な町や村を守れる、と意気込んでいると聞く」


 リンドの顔に、希望の色が差していた。


「へぇーっ! 私の作ったパン、すごいじゃないですかっ。食べ物としては全然だけど……」


 パン屋の娘としては、喜んでいいのか迷うところではある。だが自分のこねたパンがごみにもならず、皆の役に立てるのなら何よりだ。


「ようし! こうなったら私もじゃんじゃんパンをこねなくちゃっ」


 誰にも食べてもらえないままにどんどんとパンの山を作るのは、なかなかに悩ましい。

 けれどカチカチになったパンにそんなすごい力があるのなら、話は別だ。


「ついでにとっとと呪術者たちのアジトに乗り込んで、例の術をぶっ壊しちゃいましょうっ! 殿下」


 いくら自衛手段が見つかったと言っても、幻影がこんこんと湧いてくるのではきりがない。

 まず先に、幻影を生み出している術を壊すのが先決だ。


 鼻息も荒く詰め寄れば、リンドが苦笑した。


「あ、あぁ、だがそれは君の聖力が充分に回復してから…」


 言いかけたリンドの言葉を、笑顔で遮った。


「そのことならもう完全復活です! 侍女さんたちの甲斐甲斐しいお世話のおかけで、元気いっぱい……」


 たっぷり休息を取ったおかげで、やる気も満タンになったらしい。なんなら体中がふつふつとして、熱いくらいだ。


「ん……?」


 その時はた、と体の異変に気がついた。


「どうした? シェイラ。具合でも……?」

「いえ。なんか急に体中の聖力がふつふつとみなぎってる感じがして……」


 突然に体中を熱いものがぐるぐるとかけ巡り、手のひらがぐぐっと燃えるように熱くなった。


「なんか手がむずむず……?」

「むずむず?」

「はい。それに体中も突然ぼうぼうして……」

「ぼうぼう?」


 こくりとうなずいた次の瞬間、手のひらからまばゆいばかりの光があふれ出た。


「シェイラ!? こ、この光は……聖力、か……?」

「えっ⁉ あ、あれっ? うわっ!?」


 聖力が勝手に手のひらからあふれ出て、部屋の中が聖力でふわりと明るくなった。

 さらには――。


 ポンポンッ! ポポポポポポンッ‼

 しゅたっ! すたんっ! しゅたたたたっ!


「ふえっ!? も、もっちーズちゃんっ!?」


 聖力とともに、次から次へともっちーズたちが現れはじめた。


「ええええっ⁉ なんで? パンもこねてないのに!?」

「これは一体……? 何が起きて……⁉」


 ふたりともあんぐりと口を開いたまま、目の前の光景を見やった。

 気がつけば、部屋の中には数えきれないほどのもっちーズが楽しげに飛び回っていたのだった。


「これは一体……。シェイラ、これは何が起きたんだ? なぜこんなにもっちーズが……?」

「さ、さぁ……? 私にも一体何がなんだかさっぱり……」


 なぜパンをこねてもいないのに聖力が手のひらからあふれ出たのかもわからないし、なぜこんなにたくさんのもっちーズが出現したのかもさっぱりだ。


「ただ……」

「ただ?」

「国中が今頑張って魔物に立ち向かおうとしてるんだって思ったら、急に体がぼうぼう熱くなって……。やる気がぐぐぐっとわき上がったと同時に、つい聖力が出ちゃったみたいなんですよね……」

「やる気が……? ということはもしかして、君……」


 信じられないといった顔で、リンドがたずねた。それにこくりとうなずき返した。


「どうやら私、進化しちゃったみたいです……!」

「……!」


 信じられないことに、ここにきてどうやら力が格段にアップしたらしい。聖力の量もぐんと増えたようだし、わざわざパンをこねなくても聖力を自在に放出できる。


「まさかここにきてそんな進化を遂げるとは……。シェイラ!」

「は、はいっ⁉」


 急に大きな声で呼びかけられて、思わずしゃんと背筋が伸びた。

 何事かとリンドを見やれば、その口元にはなんとも不敵な笑みが浮かんでいた。


「な、なんですかっ? 殿下」

「ふふふふっ。いいことを思いついたぞ。シェイラ!」

「いいこと?」


 ごにょごにょごにょごにょ……。

 ひそひそひそひそ……。


 リンドの耳打ちに、思わず目をぱちくりと瞬いた。


「……ということだ。どうだ? やってみる価値はあると思わないか?」


 リンドが耳元でささやいたこと、それはこの国を魔物の危機から救うべく大芝居の提案だった。


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